第83話 問答授業


 それからしばらくの間はドームによる授業が行われた。


 とは言ってもそれは普通の授業とはまた一味違った内容でもあった。

 

 問答になったのはラインだった。


「いつも思ってるんですけど、あんな戦術の勉強が役に立つんですか? 」


 ラインが不思議そうに尋ねるがドームは優しく笑う。


「どうして、そう思うんだね? 」

「だって、周りの先輩の大半が『あんな授業役に立たない』って言ってるし、実際、戦闘に入ると全然違うことやり始めるし、授業で成績が良くても初陣で即死する奴も多いし、何か学ぶ意味がわからないんですよね……」


 納得いかない微妙な顔で尋ねるラインだが、ドームは微笑んで答えた。


「それはそれで間違っていない。確かに授業で学んだ内容が実戦で役に立たないことが多い」

「だったら、そういうのは必要ないんじゃ……」

「でもそれだと、『できる人だけ』が出来るようになるだけで、そうでない人は出来なくなるんじゃないかい? 」

「?????? そんなの当たり前じゃないですか? 」


 ドームの言葉に不思議そうなライン。


「戦場で一番重要なのは何だい? 」

「そんなの知恵と勇気ですよ! 」

「なるほど。では千騎の晶霊と一騎で戦ってみるかね? 」

「……へっ? 」


 言われてきょとんとするライン。

 だが、すぐに言い返した。


「そんなの……いくら何でも勝てるわけないじゃないですか! 」


 どんなに鍛錬した空手家でも素人が千人も襲ってきたらなすすべがない。

 仮に異能を持つと言っても、よほどのことがない限りそれだけで倒せるわけでは無いだろう。

 ドームはうんうんうなずく


「君が思っているほど簡単に晶霊士が居るわけでは無い。人材とは常に限りがあるんだよ。『できる人間が現れるのを待つ』というのは将としていい加減な対応なんだ」


 よく『代わりの人間はいくらでもいる』と言い放つ阿呆はいるが、現実には人口に限りがあるのでそんな簡単に人が増えたりしない。


「はっきり言うと、君のやり方では部下がどんどん減って最後には負ける。『教育』とは人材を増やすために行うことなのだよ」


 教育の力を甘く見る奴は多いが、現実には大きい。

 後進国ほど犯罪に走る者は多いが、ソマリアで起きた海賊問題も日本の寿司屋が『俺が魚買ってやるよ』と言うだけであっさり海賊が居なくなった。

 犯罪に走る理由は簡単だ。


 犯罪だと知らないし、知っていても『まともな職』に就けない。


 今の日本でも一定以上の学力が無いとできない職業も多々ある。

 医者の中には『学校の勉強なんて社会に出て役に立たない』と言い放つ奴も居るが、それが本当ならそんな医者に体をいじらせる馬鹿な患者は居ないだろう。


 教育に起きる人材の育成効果はそれだけではない。

 ドームが面白そうに話す。


「そして教育によって人材が増えると何が起きると思う? 」

「???????」


 ラインが不思議そうにすると、髪の毛揺らしながらオトが嬉々として答えた。


「競争でしょう? 」

「その通り」


 オトの答えににっこり微笑むドーム。


「さて、ここで問題。競争が起きると次は何が起きる? 」

「えーと……技術の向上? 」

「その通りだ」


 今度は瞬が答えたのでさらに機嫌が良くなるドーム。


「言うなれば戦術や戦略がさらに複雑化する。そのため、将とは常にオリジナルの戦法を考え、相手の戦略の上をいかないと勝てない。そのためには何が必要かな? 」

「なるほど! 」


 ライコウが納得する。


「つまり、今使われている戦法の上を行くために戦術を学ぶ必要があるってことだな! 」

「そういうことだ。つまりは二重の意味で教育が大事なのだよ」


 ドームが微笑みながらうなずく。


 要はそう言うことである。


 現実世界でも競争は常に激しい。

 競争に勝ち抜くためにも常に新しいやり方を模索し続けなければダメなのだ。


 目の前の仕事を片付ければそれで終わりではない。


 そして重要なことはもう一つある。


 ここで初めて刀和が手を上げた。


「あのう……そうなると相手の上へ行ったとしても、相手がさらに上へ行くって可能性もあるんじゃ……」


 それを聞いて3人がきょとんとする。

 数分後で何が言いたいか気付いたようだ。

 一方、ドームは興味深そうに尋ねた。


「どうしてそう思うんだい? 」

「僕の友達に英吾ってやつが居るんですけど、常に先生を出し抜いて悪戯してましたから……」


 それを聞いて瞬は苦笑した。

 彼は常に先生や先輩を出し抜いて悪戯していた。


「そういや、先生がどんな対抗策打ち出しても、常にその上を行っていたわねぇ……」


 懐かしそうに腕組みして笑う瞬。

 常に危険視された英吾は監視が鬼のように付いていた。

 だが、常にそれをかいくぐって馬鹿な真似ばかりしていた。


「どんなに頭叩かれて立ち上がってくる奴だったわ……」

「本人は不可能を可能にする男って言い張ってたけど……」

「可能が不可能な男でもあったよねぇ……」


 型破りすぎて、普通のことが出来ない男でもあった。

 良くも悪くも型破り過ぎたのだろう。

 懐かしそうな二人の姿を見て興味深そうに目を見開くドーム。

 ダンディなおじさんでもあるドームだが、子供のように目を輝かせた。


「……ふむ……その子と会ってみたいのだけど、どこに居るんだい? 」


 それを聞いてどんよりと顔を曇らせる二人。

 二人とも地球の日本から来ているし、二人の中では英吾達は日本に居る。

 どう頑張っても会えそうにないのだ。


「その……とっても遠くに住んでいるので……」

「……絶対会えないです……」


 その言い方に不思議そうな顔のドームだが、オトが慌てて弁明する。


「彼らはその……相当遠いところから来てるので……とても会うのは無理なんです! 」

「ふむ……よくわからないがそう言うことなんだろうね」


 何となく空気を読んでそれ以上は聞かないドーム。

 そして、深くため息を吐いた。


「彼なら私のこの現状をどうにかできるかもしれないと考えたんだけどねぇ……」


 そう言って家の中を見渡すドーム。

 

 最低限の物が置いてあるだけの生活で明らかに生活に困っている。

 こうなっているのも彼が流人となっている現状と関係している。


「私が迂闊に彼らに歯向かったばかりにこんな結果になってしまった……家族には辛い思いをさせ、シラミネ上皇も南海へと追いやられたと聞く……」


 ドームはシラミネ上皇の御代で共に傾いた皇国を改革していった人物でもある。

 だが、結果としてドームは西海に、シラミネ上皇は南海へ左遷された。

 シラミネ上皇の方はまだ太宰としての官職はあるが、ドームに至っては左遷とは名ばかりの流刑である。


「この家も官邸として与えられていてね。ツツカワ様が来られるまでは日々の食料にも事欠く有様だった……」


 少しだけ目を潤ませながら呟くドーム。


 ドームは太宰府に赴任したが仕事は無く、給料も無い。

 だが、他の所へ行くことも許されず、ここで無為の生活を過ごしている。

 言わば飼い殺し状態なのだ。


 そんな現実に泣きそうになるドームだが、ツツカワが気を利かせて声を上げる。


「さて、そろそろ行こうか? 次の仕事があるのだろう? 」

「左様でございます」


 アント郡司がそう言ってうなずく。


「ドーム殿。今日はありがとうございました。あなたのお陰で彼らもより一層勉学に励むことでしょう」

「いえいえ、こちらこそ若者と話せてよい気晴らしになりました」


 互いに大人の挨拶を交わす二人。

 ツツカワ親王とアント郡司が礼をして外へ出て、それに4人続いて出ようとした。

 すると、ドームが急に声を上げた。


「おっと忘れていた。シュン君だったかな? 」

「は、はい! 私です! 」

「君にだけ話したいことが少しあるんだ。他の者は先に外へ出てくれないか? 」


 言われて4人共きょとんとするが、すぐにオトとラインが察して刀和に促す。


「先に出ようぜトワ」

「う、うん……」


 言われるがままに外に出るラインと刀和。

 それに倣うように外に出るオト。

 後に残されたのはドームと瞬だけだった。

 瞬が少しだけ緊張するとドームが声をあげた。


「君の心の傷について聞いておきたいんだ」


 それを聞いて瞬は泣きそうな顔になった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る