本編3-4 出会い

 ラディフェイルが王として立ってから、半月。彼のもとにはたくさんの人々が集まり、ここに『エルドキア解放戦線』は成った。彼は副官をヴィアン・カーディスに定め、少しずつ自分の部隊の体制を整えていった。

 そんなある日のこと。

 偶然訪れた山、珍しい薬草があると聞いて、今後のために薬草を採りに行った森の中で、

 ラディフェイルは、見たのだ。

 全身から血を流して倒れる、金色の少年の姿を。

 その姿はボロボロで、洩れる息は今にも途絶えそうなほど弱々しかった。ラディフェイルはその少年を抱えあげた。彼の身体に少年の血が付いたが、そんなことを気にしてはいられない。彼はとっさに、この少年を助けなければ、と思ったのだった。この際薬草採りなんて後回し、助けられる命を助けることの方を優先するべきだろう。

 抱えあげて、ラディフェイルは気づいた。

「こいつ……アシェラル、か?」

 その背中に妙に浮き上がった二つの塊は、切り落とされた翼の残骸か。

 ラディフェイルは思い出す。最近あったらしい異種族狩り、アルドフェックによる本格的な侵略を。

 近いうちアルドフェックから「対エルドキア軍」なる部隊が来るという話をラディフェイルは小耳に挟んだが、だからこそ彼は思う。この異種族狩りは、これから始まる大きな戦いの、前哨戦なのだろうか、と。

 ラディフェイルは腕に抱えた少年を見た。まだ幼さの残る顔、そして不思議なくらいに軽い体重。

――こんな、少年が。

 こんな少年が、こんな目に遭うなんて、と、彼はアルドフェックに対する憤りを感じた。

「……とりあえず、拠点に運んでいくか」

 ラディフェイルは、少年の傷に障らないように慎重に彼を運んでいく。

 彼は知らない。少年は、ただの不運な少年ではないことを。少年はある意味、自ら望んでこの場にいるのだということを。そして少年の背負った大きな罪のことも、彼が大きな立場にいるのだということも、何も知らない。

 ただ、助けたかったから。

 ラディフェイルの動機はそれだけだった。

 こうして二人の運命は、絡みだす。


  ◇


 ラディフェイルは、少年の傍にいた。少年の傍に寄り添って、少年が目覚めるのを待っていた。

 あの後。事情を説明したラディフェイルは、「折角助けたんだ、目覚めるまで傍にいる」と皆に言い、周りの者もそれを承諾した。全身ボロボロだったアシェラルの少年は手当てを受け、今は清潔なベッドに寝かされて安らかに寝息を立てている。切り取られた翼を治すことはできなかったが、体調は少しずつ回復しつつあるようだ。

 ラディフェイルが少年を助けてから一週間後。そんな少年はついに、目を覚ました。

 目を覚ました少年は、今にも泣きそうな顔をしていた。

 その顔を見ると、自分の中に不思議な感情が湧きあがってくるのをラディフェイルは感じた。

 初対面のはずなのに。

 まるでこの少年が、出会うことを運命づけられた、宿命の半身であるかのような――。

 少年の唇が、動いて言葉を紡ぎ出す。

「……ただいま」

「お帰り」

 初対面のはずなのに。少年のその言葉に、自然と返したラディフェイル。

 うるむ瞳で自分を見つめる少年に、ラディフェイルは不器用に笑いかけた。するとその笑みにつられるようにしてエクセリオは笑った。笑って、笑って、笑った。嬉しそうに。心からの歓喜をその顔に滲ませて。

 その顔はとても晴れやかだった。

 傷だらけの少年は、掠れた声で、名乗る。

「僕は翼持つ民アシェラルの族長、エクセリオ・アシェラリム」

 ラディフェイルは、知らない。少年が「族長」を自称できるようになるまで、どれほどの悩み苦しみがあったかなんて、知らない。

 そんな少年に、ラディフェイルは堂々と、誇り高く名乗ったのだった。

「俺は神聖エルドキアが王、ラディフェイル・エルドキアス」

 少年は、知らない。ラディフェイルの「王」という名乗りに、どれほどの思いと祈りが込められているのかなんて、知らない。

 ラディフェイルは少年に手を差し出した。少年はその手を握った。

 握った手から、感じたお互いの体温、温かさ。

 そして、安心感。

 出会うべき相手に、ようやく出会えたのだということから生まれる、安心感。


「初めまして、若き族長」

「初めまして、若き王様」


 笑い合えば。穏やかな空気が二人の間に広がった。


 エクセリオの意識は、現実へと戻された。


  ◇

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