チェンジ

トロロうどん

第1話 ハッピーバースデー

割れたグラスは元に戻らない。

でも朝は夜になり、夜は朝になる。

矛盾してないって誰が言える?この世界は最初からどこかおかしかったのかもしれない。


みんなは私を頭のおかしい狂った女だと言うだろう。

確かにそうかもしれない。身の回りで起きた不思議な出来事、それそのものを証明できる方法なんてないし、1番しっくりくる説明があるとすれば、神様にはめられた、陰謀に巻き込まれた、高次元の知的生命体が生み出したバーチャルリアリティの世界で、滑車を回すハムスターみたいになってる、とか。

どれも心のお医者さん直行の急病患者だ。


始まりはこうだった。私は、多分ひどく疲れてたんだと思う。

思うっていうのは、酒に酔ってて記憶が曖昧だったし、基本的に慢性的な厭世感みたいなものに支配されてたからだ。

つまり毎日疲れてた。何がどうってわけじゃないんだけど、太宰治の言う「ただ、ぼんやりとした不安」とかその類のものだと思う。

仕事帰りにコンビニへ行き、惣菜とビールを買った。

その後は、アパートでぼんやりと惣菜をつまんで、ビールを飲んでた。映画を観ながら・・・。

ここからが怪しい。

急に夜風にあたりたくなってベランダへ出たんだ。ひんやりした風が頬に当たって気持ちよかったのははっきり覚えてる。

その後は・・・。

気づいたら、高校の卒業証書を受け取ってた。

昔やったお絵かきのなぞり描きみたいなものだ。

つまり2度生きてることになってた。


無駄に甲高い周波数を出す、母のぶつぶつ呟く声で目覚めた。

アメリカのぬいぐるみが喋る番組で、そのぬいぐるみの吹き替えの声にそっくりなのだ。

そして、もう何度見たか分からない、猫のキャラクターがプリントされたトレーナーが目に飛び込んできた。

え?まだそれ着てんの?と内心引いたのもつかの間、母の顔が、目の前に飛び込んできた。

「麻衣?気がついた?」 

私の名前を呼ぶ母は何故か若く見えた。

リアルさの塊である自意識の外に存在している、違和感だらけの世界に気分が悪くなり嘔吐した。

「大丈夫!?ちょっとあなた!娘が大変」

母が必死に看護師さんに訴えかける。

「佐々木さん?今お医者さん連れてきますからね」

「大丈夫ですから、水ください、あと職場に連絡しなきゃ、今何時!?今度こそ首切られちゃう」

母は首を横にふりとても不安そうな顔をしていた。

「麻衣・・・」

「麻衣ちゃん、心配しなくていいからね、あなた気絶してたの、だから今お医者さん来るから少し待ってて」

看護師さんはそう言うとパタパタと病室から出ていった。

「そうだ!麻衣、あんたすごかったんだよ」

母は私が嘔吐して汚くなったシャツを脱がせながら言った。

「せっかくの晴れ舞台なのに急に倒れちゃったんだもん、幸いなんともなかったけど、本当に心配したんだから、まあ無事で良かったけど」

「なんのこと?冗談でも笑えない」

「分かる、突然倒れたから記憶が曖昧なんだよね、お医者さんも言ってたよ、目が覚めたらしばらくは何がなんだか分からなくなるって」

何か嫌な予感を感じながらも、このおかしな世界のモザイクが徐々に薄れていくのが自覚できた。

就職活動がうまくいかず、自暴自棄になった頃、自分で自分を傷つけたことがある。その腕の傷がなくなっていたのだ。


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