そして…ある日クマさんに出会った。

ティルスガルの街から旅立ち、数日が過ぎた。

ここまでの道中は、遠くても朝出発すれば最悪でも夜には次の村にたどり着けた。

大した事件もなく、天気も良く、順調そのものである。


ただ不思議なことがある。


朝、目が覚めた俺は…なぜか亀甲縛りになっていた。

無様に転がる俺は、よくコレで寝れたもんだ…と自賛する。

…何がどうしてこうなった?



たまたま昨日出発した村から次の村へは少し距離があり、森に挟まれた山道を超えなければならない。

その両脇に続く森は俺の知っている常識など通用しない。

日の当たらない森の奥まで俺の首元の高さほどの草が生い茂っている。

俺の知らない原理で育つ植物もあるんだなぁ…、ま、そりゃそうか…。


村で聞いた話によると『精霊が多くて少し厄介な森』らしいが何があっても慌てなければ大丈夫とのコトなので…精霊とやらが絡んでいるせいなのかも知れない。

まぁ無理矢理入り込んだりしなければ平気だろう。


山の中腹にさしかかり日も暮れてきたのだが、この辺りは魔物などは限りなく少ないらしく、出没しても臆病な獣などのいわゆる野生の動物くらいだと言うので、

少し開けた場所を見つけて麓の村で買った『長時間火が消えない薪』で、獣避けの焚き火をしながら野営を始めた。


俺達の事である。

騒いでいれば動物たちも寄っては来ないだろうと浅はかに考え、もちろん宴の始まりだ。

なんだかんだで最近はありがたい事に宿に泊まれていので、久しぶりの野営にテンションも上がっちゃう♪


やがてリアの昔話はティルスガルで会ったユリィさんの話になり、コレは子供には聞かせることは出来ないな…と、お腹いっぱいになって目をグジゅグジゅしているエイナをテントの中で寝つかせる。

俺もそのまま寝れば良かったのだが、ユリィさんの話も気になって……

テントから出た所を捕縛された…。


ケタケタ笑うシュミカの不気味な笑い声…

ノリにノッてきたリアは…


『あの娘もこうされるのが好きだったのよぉ~う、ふふぅ~♪』


と、ひっくり返らされた俺の口元に、右の人差し指と中指をあててその手のひらに少しずつ酒を垂れ流す…その細長い繊細な橋梁を伝う中でその酒は極上の美酒に昇華されて俺の口内に流れ込んでいく…。

『ああ…!コレがリア様の味…?』


よし!そこまではハッキリと覚えているのだが…。

まさか…その美酒に酔って、つい気を失ってしまったのか…?

だとしたら…リア様とシュミカは何処に!?


動ける範囲でジタバタキョロキョロしたところ、

まだ消えずに萌えている心の炎…いや、燃えている焚き火の向こうに酒瓶を抱きしめて寝ているリアがいた。

居ないシュミカはちゃっかり地べたよりは寝心地の良い馬車の中か?

…キャンプというものを解ってないな…。

ならば声を掛けるのは…


俺「お~い、リア~~!リア様~~!

  流石にコレは血行に良くないから解いてくれよ~。」


…完全に爆睡していらっしゃる…。

その無邪気な寝顔を見ていると、コレまで無意識に考えないようにしていた何かが芽生える。


考えてはいけない。

ソレは考える程に深みにハマってゆく衝動…。

でも…もうどうにも止められない疼きが身体の奥から湧き上がってくる!

言葉にして表すとしたら、もう一つしか思いつかない…

漢字で二文字に集約される人間…いや、生物全てが持っている本能!


『尿意』である!


俺「おーい!あのぉ!事件です!これから事件が起こりそうです!

  リア!リアさまーー!」


く…ここは肩の骨を外してでも…!

って出来ねーし、出来ても両手も縛られてるし!

…などとジタバタしていると…俺に天使が舞い降りた!


エイナ「…アサヒ…何をしているんだい?

    なんかの遊びかな~?

    ボクも混ぜてよ♪」


遊びなら尚更絶対に混ぜるわけには行かない!


俺「いや違うんだ!

  リアお姉ちゃんが縄抜けの訓練中に寝ちゃったんだよ!

  おトイレ行きたくてさ!ちょっとこの縄千切ってくれないか!?」


エイナ「あぁ~…、そぉなんだ~…♪」


…と、上から見下ろすエイナの表情には…確実にシュミカの面影が!

ひ…ひぃぃっ!


エイナ「…どうだった?今の顔、元気になれた~?

    あ、これ切ればいいんだね。よいしょ…ふっ!」


力任せにぶつぶつと縄を切りながら…


エイナ「今の顔ね、アサヒが困ってる時にしてあげたら…

    きっと元気になるよってシュミカお姉ちゃんが教えてくれたんだ♪」



あいつ!いつかひどい目に遭わせてやるぞ!

自由になった俺はエイナに礼を言い、茂みに飛び込んで良さそうな場所を探す。

おかげで幸いまだ幾許かの時間的余裕も生まれたし、あまりお行儀の良い事では無いので出来るだけ奥の方へ…。

先の方に草の少なそうな場所がありそうなので急いで向かって最後の草をかき分けると…。


とてもキレイな桃がありました。  

ええ、サッと布の中から現れたその桃は…ストンと地上スレスレまで下降した後に、それを支える白い柱の間から小川のせせらぎを奏で始めました……。


思わず「あ…」と声を発してしまい…死を覚悟した!


バッ!と振り返ったその悪魔と目が会った俺は…目を逸らすべく、伏せる…。

…状況は悪化した。


シュミカ「ん!んんんんん……ああああああああぁぁっぁっぁあああ!!」


俺「ああああっ!ごめん!本当にわざとじゃないんだ!

  い…いや、あの……と、とてもキレイだよ♪」


何を言っているのか、俺!?


シュミカ「んー!あっち行けぇっ!!ぅわぁーーーーん!!」


颯爽と踵を返し、そろそろ限界が近い俺も手頃な場所を…

まあ、茂みだからどこでも良いや…と用を足し始めると…例の方向から…


「んっ!んーーーー!…きゃんっ!!」


…と叫び声が!


俺「おい!どうしたシュミカ!?」


シュミカ「…ん…んんんん…!ま、まだ近くにいる!?

     大丈夫!早くどっかいけぇぇぇぇ!

     あ…後で覚えているがいい!死ぬほど忘れさせる!!

     あなたを殺して僕が喰う!」


弱肉強食っ!?


…さ…流石に…何かが有ったとしても、ちゃんと返答もあったし…。

多少心配も残るが潔癖のシュミカがナニソレが終わった場に俺が居たとなると、俺がこの世に居なくなる。

とにかくダッシュで戻って、リアかエイナを向かわせよう!


まぁ…何事も無いならシレっと戻ってきて俺がひどい目に遭うのだろう。


それで大切な家族のリスクが少しでも減るのであれば…ただの早とちりした俺が笑われるなんてのは最高のご褒美だ!


おかしい…全力で走っているのに…なぜ道に出ない?方角を間違えたのか…?

このままじゃ…下手すると、最悪はシュミカのナニを覗いてバレて逃亡したアレではないか…。


俺「エイナーー!助けて!エイナ!」


エイナ「助けるよ♪

    あはは!どしたのさ?アサヒは無事だよ?」


…?


俺「…なんで?まだ山道も見えないのに…。

  あ、そうだ、シュミカが!」


キョトンとしている俺にイイコイイコしてくれるエイナ…ふと目を上げると…あれ?

野営地に着いている…。


エイナ「…幻覚見てるね…。この森の精霊のイタズラかな…?

    シュミカお姉ちゃんがどうかしたの?」


どんな状況だ?幻覚?…いつから…?

じゃ、あのキレイな悪魔の実もそうか?


俺「ちょっと奥の方で…おトイレしようとしたら…

  シュミカが先に居て、かち合っちゃってさ…。

  そうだ…悲鳴をあげたんだ!」


リア「……そりゃ悲鳴は上げるでしょうよ!」


背後からの声にビックリした!…リアも起きたのか。


俺「いや、そじゃなくて…ちゃんと謝って俺が離れた後に悲鳴が上がってさ!

  大丈夫か?って聞いたんだけど、心配でさ…戻ったら殺される…。

  最悪の場合…下半身丸出しで倒れてたら…とか!

  …でも大丈夫って怒鳴られて…。

  もし何かあったのなら大変だし…。」


…俺は…何を喋っているんだ?


リア「…錯乱してるわね…。

   お姫ちゃん、馬車にシュミカは?」


エイナ「居ないよ~。

    アサヒが見たのは本物かも…。大丈夫かな…?」


リアは俺の額に額を当ててユックリと諭すように話しかける。


リア「さぁ…あんたはウソは言えないわ…。

   精霊さん…シュミカはどの方角かしらぁ?」


と、俺の手を操らせて方角を指ししめさせる。

   

そして…全員がその方向に目をやると…


「この娘の仲間の人達だよね?

 驚かせるから出てきたくなかったんだけど…。

 あのままじゃ危険だと思ったから…。」


と、シュミカを抱きかかえた大きなクマが立っていた。


   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る