そして…今夜の宴の前に。

水だ…今はとにかく水が欲しい!


この重さはエイナの重みでは無い…間違いなく自分自身の身体が重い…。

起き上がる事が出来ない…。

目を開く事すら億劫だ…。


重度の二日酔いである…。


何もない事が分かっている宙に手を伸ばし、もしエイナが気づいてくれるなら…

この手に水の入ったグラスを…


グラスを…グラスが……ピタッと…この手に…。


なんて良い子だ!この天使!


このままでは飲めないので、その逞しい手を身体の下に滑り込ませて起き上がらせてくれ…グラスを持つ手をそっと口元まで運んでくれる。


俺、この子のお嫁さんになります!


ちょびちょびと口内に流れ込む水を堪能しながら、少しずつ頭が覚醒してゆく。

逞しく鍛え上げられた肉体に抱き起こされた俺は、さらなるもう一杯の水を求めて目を開く。


…大きく逞しく…立派なイケメンに育ったな、エイナ…。


…エイナ?


「はぁ…はぁ…これよ!いいわぁ…素晴らしい絵面よ…。」


「ん…やれば出来る男!…眼福である…。」


「あはは!アサヒ、赤ちゃんみたい!」


「ほ…本当にこの様な事だけで…良いのか?」


…遠くに聞こえる喧騒の中、聞き覚えのあるそれぞれの声を聞き分けながら状況を整理すると…。


ベッドに横になっている俺を、傍らに腰掛けたカディスさんが抱き起こし…おかわりのグラスを俺の口元へと運んでいる最中だ。


カディス「おお!ちゃんと気がついたか!

     さぁ、慌てずユックリと飲むが良い。」


屈託のない成人男性の笑顔に…ときめいたりしてはダメだ!俺!


勢いよく二杯目の水を飲み干し、なんとか自分の力で身を起こす。


俺「…何?これ…」


…說明された内容を簡単にすると、


・レイヴンには守護竜の影響で、壮大な魔力を秘めた希少な魔石の鉱山がある事。

・それらを巡っての争いが絶えない事。

・それを憂いて力の有るカディスの兄であるブレムが戦争を起こし、

 やがて王国を巨大な帝国にまで成した事。

・諸国で魔石の扱いに対する条約(精霊を介してのものなので

 違反すると本当にヤバイ)が結ばれた事。

・それでも財を求めて魔石の密輸を続ける組織があり、

 その拠点の一つを探る為にあのような場所でカディスが野営をしていた事。

・この宿がそのアジトである事。

・昨日、俺とエイナがダンジョンに潜っている間に、

 密かに頼まれていたリアとシュミカがいろいろと探っていた事…。

・ここが夜明け前に制圧された事。


…等々、二日酔いの寝起き一発で情報過多も甚だしい。


カディス「いや、騒がせてしまって申し訳なかったな、アサヒ殿。」


立ち上がり、笑って見せるカディス…これは…、恋!?

…なんてことはもちろん無く、一つの心配が…。


リア「あぁ…、あの二人を気にしてるのねぇ…。

   大丈夫よぉ。

   夜中にちゃんと尋問して本当にただの運び屋だったから、

   今回はそいつに頼んで逃してあげたわぁ。」


カディス「もちろん暫くは見張りをつけたがな。

     本当にただの運び屋なら、逆に護衛にもなって良いだろう。

     ハハハ!」


…よかった…。

短い時間、共に旅の中での関わりしかない二人だが、

いつかどこかで再会出来たら…その時は幸せであって欲しいな。

あ…


俺「じゃあ、リア…ユリィさんは…?」


その名を出すとカディスは青ざめて…


カディス「あの女まで絡んでいるのか!?」


と、悲しい表情をリアに向ける…。


リア「ちょっとちょっと…知ってるでしょう?

   あの娘とはもうそういう関係じゃ…」


カディス「そうではない!あの女は…お前に捨てられてから…」


リア「人聞きの悪い言い方するんじゃないわよ!

   落とすわよ!」


首を閉められたカディスは必死にペチペチとリアの腕をタップする。


カディス「ちが…ちょ…!やめ……ないで…。」


シュミカ「ん…リア、密着しすぎ…このバカは喜ぶだけ…。」


と、シュミカが二人を引き剥がす…。

呼吸を整えながらも少しガッカリしているカディスは…


カディス「…あの女はアチラに付いた…。

     我らの最大の懸念だ…。

     アサヒ殿まで知っているとは…もしやこの街にいるのか!?」


手短に昨日の出来事を說明すると、


カディス「…状況は芳しく無いな…。

     あの女は悪人ではないが…

     自分の欲望以外のことには興味が無いからな…。

     もともとはリアをめぐっての我の天敵なのだが…。

     雷帝に魅入られたか…逆に心配であるな…。」


…大事に巻き込まれない様にせねば!


カディス「まあ、その件は本国に報告しておくとして、

     今の我らにどうこう出来る事でもない…。

     とりあえず今回の仕事は終わりだ。

     捕らえた者達はすぐに運ばせるが…、

     我はこの街のギルドでの手続きが有るから今日はこの宿を使う。

     あの沼地も元の居住者達に返さねばだしな。

     

     で…お前たちは今夜は時間はあるのか?」


リア「まあ…特に急ぐ目的は無いわよ…ねぇ?」


シュミカ「ん。

     自由気ままに悠々自適な旅。

     目的は有るけど急いではいない…。」


昨日聞きそびれたその目的について詳しく!


エイナ「ボクはもっといろいろ見たいから早く行きたいけど…。

    あのダンジョンの先も気になるし、一日くらいは平気だよ♪」


一日であのダンジョンを調べ尽くす気か!?


俺「まぁルキリ姉さんとの約束もありますし…今日くらいは。

  あ、エイナが喜びそうな所を教えてくださいよ。

  本当にノープランなので、次にどこを目指すか…。」


カディス「そうか、考えておこう。 

     ダンジョン探索をするのであれば、ダトスとガトスを貸そう。

     あの二人も相当ストレスが溜まっているのでな…。

     発散させてやりたい。

     ルキリは我と居れば大人しくしていよう…。

     …我のストレスは溜まるのだが…。」


リア「姉さんを邪魔者みたいに言うんじゃないわよ!

   引っこ抜くわよ!」


カディス「だから角はダメだって!痛い痛い痛い!」


そんなやり取りの後、カディスは現場の部下たちの仕切りに。

俺達は朝食を取りに街に出る。


適当に済ませた後は果物等を買い込むリアに同行して厩舎に向かい、すっかり存在を忘れていた馬のギルに会いに行ったり、シュミカについてこの街の教会でお祈りをしてみたり…

なんだかんだで昼を過ぎ、ランチを済ませた後はギルドに向かう。

今度はエイナの番、ダンジョン探索だ。

昨日より時間が有るとはいえ、このメンバーでは全員がエイナのお荷物である。

すっ飛ばした階層を調べて十九階層へのヒント探しだけにしようと言うことで

エイナには納得してもらった…。


あとついでに、受付嬢にユリィさんの事を訪ねたが、今日は来ていないらしい。

竜の幼生の羽を入手する目的は果たしたのだし、国に帰ったか…街なかでリアを探して徘徊しているか…。


俺としてはもう一度…あの素晴らしいわがままボディを拝みたかったのだが…。

仕方がない。

俺がもっとダンディな紳士のような姿であったら…

「おしりの具合はいかがですか?」とでも訪ねて、頬を赤らめて照れる彼女の姿を堪能出来たかも知れない!


…とりあえずエイナにズドン禁止は徹底させなくては…。


受付嬢「あ、そう言えば…アナタ方をお待ちの方が…。」


…と、目線の先を見ると…ソファにもたれ掛かって待ちくたびれて寝ている二人の男性…ダトス、ガトスだ。


いやいや、本気だったなら待ち合わせの時間とか決めてくれれば良かったのに!


リア「…起きなさいなぁ!アンタ達ぃ!」


と、リアが叫ぶと…ソファに沈み込んでいた二つの緩い肉体は、

鋼鉄の柱の様に立ち上がり、それぞれ方角が定かで無いながらも敬礼して叫ぶ!


二人「いえ!自分たちは寝てなどいません!

   自分たちが寝る時は死ぬ時です!

   自分たちが死ぬ時は姉御を守る時だけです!」


少し間をおいて…リアの大爆笑が始まる…。

目覚めたばかりの二人は状況が把握出来ていないようだ…。


リア「…ひぃ…あ、アンタ達…まだそんなの引きずってたの…!?」


ようやく状況を把握したらしい二人はコチラに気づいて慌てている。


ダトス「い…いや、だって…。」


ガトス「姉御の調教受けたら誰でもこうなるっすよ~!」


大声で調教とか言うんじゃない!

ほら見ろ…受付嬢様の…俺…俺!?を見る目が!!


受付嬢「ちょ…調教なんて!うらや…汚らわしい!

    子供の前でなんて事!!」


『うらや…』って言ったな?お前!


受付嬢「もう!ココで騒がないでください!

    他の方々もいるんですから!

    クエスト探しですか?ダンジョンですか?

    それとも~…


    『自害』ですか!?」


自害では無いです!


俺「ダンジョンでお願いします!」


そして…ガイドブック十五階層のランダム転移の記載漏れを指摘してもう一度ダンジョンに挑む。

受付嬢曰く…「あ~、オチがつまんないので、謎にしてるんですよ~。」


…度し難いな!

  

     



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