そして…あいつは現れた。
さて、今更ではあるが…本当に…
俺の名前は狭間 旭。
ハザマ アサヒである。
最後までオレ君で通せるほど俺は器用では無い。
冒頭で記したとおり、大した特徴もなく能力もない。
故にこの様な状況にたどり着いた訳だが…これを幸運と捉えるかそうでないかは意見の分かれるところだろう。
自分的にも元々の退屈な日常に嫌気がさしていて、こんな経験をしてみたいと願ってはいた。
一般的な良識と若干の悪意を持て余している、いわゆる普通の人であり、ゲームやアニメ等で「異世界」などというキーワードに縁のある者であれば尚更の事だろう。
しかしやはり、どの様な世界でも生きるためには働き、そのためには仕事を得る。
そしてその仕事を成し遂げるだけの能力は必要なのだ。
「異世界に来た。」
それだけで自分自身の潜在能力が目覚め、実力が飛躍的にあがったりすることも無ければ、こちらに来た恩恵で強大な力や魔力を身につける…などという事も無い。
中にはいるらしいが、それらは例のこの世界を遊び場にしている精霊とやらの気まぐれで起こる事変らしく、殆の場合悲惨な結果が待っている…とのことだ。
そんな一か八かの力なんていらないので、出来るだけ目立たずに細々と生きながらえて行きたいと切に願う。
…なぜこの様な思考になっているかというと…、実はこの足元に纏わりついてキャンキャンと唄う子犬の様に俺を引きずり回すお姫様に会った辺りから、とんでもない倦怠感に襲われている。
体力も無い自分が、登山…と言う程の標高では無いにしても荷物を背負い、山を超えて知らない環境…しかも王様などと会い、その娘、
お姫様の相手をするなど…全てにおいて、そろそろ限界だ。
頼りとしてカウントしてはいけない仲間二人については…
リアはこの城に預ける事になる馬車や馬ついての扱いを事細かに説明するためにこの場を離れている。
てか、ほんの少しの付き合いしかないのに…その心遣いの数分の一でいいからこちらにも回していただけないものだろうか…?
シュミカについては、この後行方をくらませる事は決定済み。
今は俺の後ろでたまにタイミングを図っては、お姫様に振り舞わされている俺の足の裏を蹴り上げて今以上の混沌を作り上げようと試行錯誤している…。
ここまでの流れの中である程度の言葉を交わし、多少の情報交換も済ませた所でお姫様が提案してくる。
姫「ね!アサヒって呼んでもいいかな?
ボクの事は、皆、エイナって呼んじゃっていいからさ♪
この街では身分なんて関係無いんだ。
皆がそれぞれに大切な役割をこなしてる。
僕たちはたまたま王族の役割をしているだけなんだ。
お客人を持て成すことはあっても、自分達だけで贅沢な生活をしたりなんて
絶対にしない!
それこそが僕たち王家の誇りなんだ♪」
それが本当に全ての人達に共通している感覚なら…素晴らしいんだろうが…。
俺「あ…もちろんいいですよ、おひめさ…エイナ、様…。」
すると、頬を文字通りプーっと膨らませてポカポカと叩いてくる。
意外と痛い。
姫「もお!様はいらないんだよ!わかってないなぁ!」
とは言え…元の世界ですらそれ程親密に友人関係を築いたことのない俺には…言っている事はわかるが、踏み出せないところである。
俺「いやぁ…自分はなかなかそういうのに慣れていませんで…。」
シュミカ「そう、ヘタレ小僧。」
くっ!この世界では先輩だがお前よりは確実に長く生きてるんだぞ!
俺「…取り敢えず…エイナ…ちゃん…からでもいいですかね?」
お姫様は少し腕組みをして考える素振りを…すぐにやめ、ニパっと笑みを浮かべるというより放ち言う。
姫「うん、いいよそれで♪
じゃあ街を楽しもう♪」
そうしていると、用事を済ませたリアが駆け寄ってきた。
リア「おまたせ!ごめんなさいね!
ああ!お姫様!
このお城は全ての対応が最高だわ!
あなたもとても可愛いし!」
ギュッとお姫様を抱きしめて頬ずりしているリアを制して話を先に進める。
俺「街を楽しむのはいいけど、まずはこの街のギルドへの登録だ。
姫…エイナ…ちゃん、案内してもらって…いいですかね?」
姫「もちろんだよ!
とりあえず街へ降りよう♪」
そうして、お姫様…エイナちゃんは俺の手を引き、城門をくぐる。
その後に続く二人は心ここにあらず。
欲望に忠実に、そしてそれに応える準備を整えているであろう街並みへと心躍らせていた。
取り敢えずギルドへの登録、ライトな観光をすませ適当なグルメスポットで腹も満たし終え、よくある街の中心地あたりにある大げさな噴水のある公園にたどりつく。
姫「あっはっは♪楽しいね~♪」
この国のお姫様とこの街を行ったり来たりしているはずなのだが…
何かしら人々から距離を置かれてる感覚がある。
それは置いておいて、未だに体調が優れない…。
シュミカ&リア「さてさて。」
何だ?おい。
シュミカ「ん…これからはとてもプライベートを尊重すべき時間。
それぞれの単独行動を提案する。
城への帰還までに万が一遭遇した際には僕はあなたに対して確実に命
を奪う処置を決行しなくてはならなくなる。」
こわ!
リア「あはは…☆
私達二人は目的があるのよ、自由時間でいいわよね?
あなたも可愛らしいお姫様と楽しい時間を過ごしてらっしゃい♪」
まあ異論はないし、どちらかと言うと観光よりも早く休ませてもらいたい。
そのためにも確実な邪魔者達が自ら遠ざかると言うのだ。
ありがたいにも程がある。
俺「ああ、わかったよ。
俺は少し休みたいし…この街を楽しむのは仕事が終わってからにするよ。
いいかな?おひ…エイナ…ちゃん。」
…と、声をかけようとしたのだが、先程まで傍らでくるくる回っていた彼女は少し離れた所で子どもたちと戯れていた。
本当に王族とか平民とかの身分の違いなんて少ない国なんだな。
リア「お姫ちゃーん、私達ちょっと別行動を…」
…とリアが声を上げる中でそれは起きた。
姫にジャレつく子供たち。
子供「あれやってー♪」
っとワイワイと騒いでいる。
姫「えー…しょうが無いなあ…。」
と、一言言うと、スカートをたくし上げ、楽しそうに逃げ回る子供たちを追いかけ始める。
姫「ほ~ら、ちんちんだ~♪」
子供達「きゃ~♪ちんちん姫だ~♪www」
回りの大人たちが、やれやれ…とした空気を漂わせているので、これもこの街の日常なのであろうが…てか男の娘だったのかよ!?
で、ばふん!
…と音を立ててテンションが上ったらしきシュミカさんへの警戒心も
維持しなくては…。
リア「…あ、あら、男の子だったのね? あ…でも可愛らしいから…」
エイナ「ボクはね、可愛らしい服を着るのが大好き!
出来れば女の子みたいな扱いをしてもらいたいんだ♪」
俺の知ってる女の子はスカートをたくし上げて子供を追いかけ回したりしない。
エイナ「驚いてくれた?へへ…
改めて自己紹介するけど、
ボクはエイナード=クルセイト、立場上はこの国の第三王子なんだけど…
事実上この国のお姫様さ♪」
事実と立場が逆だろう…。
エイナ「ゴメンね、ちょっと気晴らしをしたかったんだよ~…♪」
明るく振る舞ってはいるが、多少の闇を感じる。
エイナ「…あの…、そこまでじっと見られたら…恥ずかしい…かも♪!」
シュミカ「ん…そう?じゃあせめてパンツくらいは履いておくべき。」
その前にスカートをたくし上げるのをやめろ!
リア「イマジネーション!
行くわよシュミカ!」
シュミカ「ん…おっさんと美少年のリアルなカップリングも気になるけど…。」
そして二人は街の中にきえて行った。
その後、これからどうするか考えていると、
複数の兵士が走り寄って来た。
兵士「姫様~!こちらにおいででしたか~!
…実は…王様がお呼びでして…。」
エイナ「え~…?
まだまだ全然遊び足りないよ~…。」
と、お姫様?は言いながら可愛らしく頬をプクッっと膨らませ、手を組んでくるくる回りながら不平を漏らしているのだが……正体を知ってしまった今となっては微妙な気持ちだ。
このくるくる回るのは…アレだな、
浮いたスカートの中が見えるか見えないかのところを楽しんでるに違いない…変態め!
俺「あ…エイナちゃん、実はさっき言いかけてたんだけど…、俺…ちょっと体調が
優れなくて…。
出来れば今日は少し休ませて貰おうと思ってたんだ…。」
エイナ「え~、そうなの~?」
俺「観光は今回の仕事が終わってからにするよ。」
と、言いながら少し立ちくらみを起こした。
一人の兵士が心配そうに俺の顔を覗き込み言う。
兵士「大丈夫ですか?かなり顔色が悪いですよ…。」
すると傍らでエイナが、中でも一回り体格の良い兵士に耳打ちしている。
「お任せください、姫様!」と彼はうなずきスッと近寄ってきて俺の肩に腕を回して俺を抱きかかえた。
公衆の面前でお姫様抱っことかやめてーー!…とも思ったが…正直、今はそれどころじゃない気分だ。
どんどん具合が悪くなってくる。
ここは彼に身を預けよう。
俺「すまないね…、ちょっと恥ずかしいけど…よろしく頼むよ…。」
すると兵士はキリッと笑みを浮かべ、
兵士「いえ、お気になさらず!姫様もあなたを気に入ってらっしゃるようですし…。
何より、あちらから来たお客人はこの国の文化の恩人ですからどうぞお任せ
ください。」
どうやら熱っぽくもなってきた。
本当に急にどうしたんだ?
そんな俺をエイナが心配そうに見上げている…。
エイナ「大丈夫かい…?ゴメンよ、疲れさせちゃったかな…。」
無理やりにでも笑顔をつくり、大丈夫…と表現して見せると、ぴょんぴょん跳ねながら他の兵士の元へ何の呼び出しなのか不平を漏らしに向かう。
俺「そう言えば…あんた達は姫様って呼ぶんだな。
皆に名前で呼ばせてるって言ってたけど…?」
すると俺を抱えながら兵士はキラキラとした笑みを浮かべて言う。
兵士「はい、我々は姫様のファンですから!
あえてお願いして、姫様と呼ばせて頂いております!」
…あ~、そうですか…としか思えなかったが、その様な思考もあちらから来た先人が持ち込んだこの文化のせいだと考えると多少心苦しくも有る。
などと考えていると…そのうち俺は気を失ったらしい。
次に気がついた時、俺はどうやら客室なのだろう…豪華なホテルの一室のような部屋の一人で寝るには大きなベッドの中にいた。
…割と贅沢してんじゃん…。
まだ体調は優れないが…何とか半身を起こし傍らのテーブルを見ると水の入ったデキャンタと伏せられたグラスがあり、その横には何かが書かれたメモが置かれている。
…とは言え俺はまだこちらの文字を読むことが出来ない。
まぁ状況から考えれば、ゆっくり休んでとかそんな類の言葉が書いてあるのだろう。
落ち着いたら簡単な読み書きくらいは覚えないとな…。
そんな思考を巡らせていると、コンコン…と扉をノックする音が室内に響く。
俺「あ…起きてます、どうぞ。」
と、扉の方に目を向けると、その男は既に部屋の中にいた。
ビックリした~!
男「具合はいかがですか?」
俺より少し上くらいの年齢だろうか…人懐こそうな笑顔を浮かべた男はテーブルに置かれたグラスに水を注ぎ、俺に手渡す。
俺「あ…はい、まだ少しアレですが…だいぶマシにはなったと思います。」
男「あ、私は立神 零也(たてがみ れいや)と申します。
零也と呼んでください♪」
すると零也は椅子ではなく、ベッドの縁に腰をおろす。
うわ~、近いなぁ…。
零也「実は私も少し前にこちらに来た、多分あなたと同じ世界の出身なんですよ♪
もしよろしければ、今のあちらの話を聞いてみたくて…お時間、
よろしいですか?」
と、キラキラした目で零也が俺の手を取った処で…
バタン!と遠慮のない音を立てて扉が開き、シュミカが顔をのぞかせる。
シュミカ「ん…今際の際と聞いて…。トドメが欲しいか聞きに来た。」
すると、零也と目があったらしい…少ししてこちらに目を移し、ニヤァっと嫌な笑みを浮かべる。
シュミカ「ん…良いものを見せてもらった。お邪魔はしない…ごゆっくり…。」
パタンと扉を締め、パタパタと足音を響かせて去っていった。
…嫌な予感が押し寄せてくる…。
零也「…今の方は…。たしかそちらのパーティの神職の…?」
俺「あ、はい、神職のシュミカと言います。神の前に”邪”が
付きますがね…。
あまり近づかない事をオススメしますよ…。」
零也「いえいえ、とても魅力的な方だと思いますよ♪」
この男も危険人物かも知れない…。
取り敢えず、俺にわかる範囲で元の世界の話を伝えると思ったよりもお互いの時代に差がある事がわかったが、驚く程ではない。
元の世界に戻る方法があるのかとも聞いたが彼自身は一度も帰りたいと思った事がないらしく、調べたことすら無いそうだ。
なんでも、趣味で剣道や居合抜き、その他様々な武術をある程度まで体得していて、それらを使いまくれるこの世界にどっぷり浸かってしまったらしい。
ちなみに頭もいいらしく、先程の俺が読めなかったメモにはエイナから…
(ボクはお父様に呼ばれているからそばに居れないけど、遠慮はいらないからユックリ休んでね。
あと、よく寝れるように少し強めのお酒を置いておきます。)
と、書いてあるらしい事を教えてもらった。
あぶな!
一気飲みする所だったわ!
と、テーブルにグラスを戻す。
零也「あはは♪冗談です、水ですよww」
…やはりこいつも警戒対象だ…。
すると、少し真面目な表情を作り零也が話し出す。
零也「エイナ…あの子、いつもくるくる回ってて可愛いらしいでしょう?」
たしかにそれはわかるが、邪悪な趣味の先にある行為だと思うと賛同しかねる。
零也「実はあれでも少し前まではかなり塞ぎ込んでいたんですよ…。」
塞ぎ込んだ次のテンションがアレってどんなサイコパスだ。
零也「いや、ほんとにね…。
流石に時間がたったのと、今回ギリアさんが異世界の客人、つまりあなたを
連れて来ると聞いてから少しづつ…ね。」
神妙だが、何か仕掛けられないように警戒だけはとくなよ、俺!
俺「例の事故で何かあったんです?」
ふぅっと、表情を曇らせて零也が語り出す。
零也「あの子がまだ今より小さかった頃から、我々と同じあちらの世界から来た方
がお世話係に付いていましてね…。
それはもう、とても良く懐いていました…。
二人の実の兄以上に…。
おにいちゃん♪おにいちゃん♪…ってね。
実は…今回の依頼、事故の件についてはある程度ご存知かと思いますが、
巻き込まれた一行の中にその方がいまして…。
今でも事故の話を耳にする度にパニックを起こしたり、夜中に突然泣きわめ
きだしたりする事も有る始末でして…。
…それでも、あなた達が来てくれたおかげで…あんな笑顔を見せるのは本当
に久しぶりなんですよ…。」
俺「それって逆に俺を見てその人を思い出すんじゃ…?」
零也は軽く首を振り、続ける。
零也「あの子もわかってはいるのです。
いつまでも塞ぎ込んでいてはいけないと。
故人はとても明るい性格の方でした。
我々、この城で働く者も
出来るだけ早く立ち直っていただき、彼の為にもエイナには精神的に
成長してもらいたいのです!」
まぁ…テンプレだが、わからない話でもないな…。
異常な程の明るさも、どこまでどうかわからないが…少しは空元気の部分もあったのだろう。
いや、そうであって欲しい。
考えてみれば、会って一日も経っていないのだ。
あの子なりに心のバランスを整えるのに必死なのだろう…。
この世界の時間感覚はまだよくわからないが、見た感じだと10歳前後くらいだろうか…?
なにせ、ちんちんが許される幼さなのだから。
と、その時また、扉をノックする音が響いた。
リア「…起きているかしら?ちょっと問題が発生してて、アサヒがいないと困る
状況らしいのよ…。起きてたら返事してもらえるかしら?」
誰かとは全然違うが、これが普通のハズだ。
俺「ああ、起きてるよ。どうした?」
リア「開けるわよ。」
俺「どうぞ。」
カチャッとノブが回り扉が開く。
今回三人の訪問者があった訳だが、俺が求めていたのはこれ以外にない。
リア「具合の方は大丈夫かしら?
ちょっと…お姫ちゃんが駄々こねてて仕事の件の話が進まないのよ…。
あんたが来てどうなるのかは分からないけど…起爆剤が欲しいのよ。
来れそうかしら?」
それでも扱いはヒドイ!
どうだろうか…先程よりは体調も良くなったと思うし、歩いて城内を移動できるくらいには回復していると思う。
それに何よりこれは仕事だ。
普段役に立たない俺が、これ以上足を引っ張る訳にはいかない。
てか、捨てられる!
出来る限り身体に鞭くらい打たねば!
俺「ああ大丈夫、行けるよ。」
俺はベッドから出ると、行ってらっしゃい☆…と顔にかいてありそうな零也にこう告げる。
俺「色々教えてくれてありがとうございます。
仕事の話みたいなんで、ちょっと行ってきますね。」
すると開けっ放しの扉の向こうの廊下からリアの声がする。
リア「また一人でブツブツ言ってないで急ぎなさいよ!
こっちは戦利品が部屋で待ってるのにお預けなのよ!」
温泉街にウキウキしていたお前はどこへ行ったんだ…。
そんな事を思い浮かべ、まだしっかりまではしない足取りでリアを追いかける。
そして俺は…殆どの状況が何もわからないまま事故の犠牲者達のこと、エイナの気持ちに心を巡らせながら、起爆剤とやらにされようとしていた。
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