第13話 喪が明けるまで
「亮太さん! 私、高校卒業したら亮太さんと一緒に働きたいです!」
「は?」
夏菜は食事中にも関わらず椅子を蹴って立ち上がり叫んだ。これには俺たちはもちろん、使用人の人たちも驚いた顔をしている。
「夏菜さん、あなた大学は?」
「私が高校を卒業するまで三年、大学に行ったらさらに四年です。お母さん、私そんなに亮太さんを待たせたくありません!」
待たせるってなに。
「夏菜さん、あなたはそれでいいかも知れないけど、池之内さんのお気持ちだってあるのですから」
「亮太さん!」
「な、なに?」
「亮太さんは私のこと、お嫌いですか?」
「へ?」
やはり夏菜は俺に気があるというのが間違いないみたいだ。こんな聞き方をされて別の可能性があるなら是非とも教えてほしいところである。
「いや、嫌いも何も……」
「年齢のことなら今は十五歳ですけど、三年経てば十八です」
まあそれは単純な足し算だからね。
「それに、奥様を亡くされて今はお辛い気持ちもあるでしょう。だから私は待ちます。それはだめですか?」
「夏菜、いい加減にしなさい!」
ここでとうとう一条
「さっきの池之内さんの言葉を忘れたのか? 彼は今でも奥様を愛しておられるのだ。そこにお前のような小娘が入り込む余地があるとでも思っているのか!」
「いや、あの、お父さん……」
「お父さんひどい! 私はもう小娘なんかじゃありません!」
何だか大変なことになってきたぞ。しかも二人の言い争いの原因が俺のことなんだから、居心地が悪いなんてもんじゃない。
「二人ともおやめなさい! みっともない」
その時、律子さんの
「夏菜さん、あなたはお座りなさい」
「でも……」
「この母の言うことが聞けないのですか?」
「はい……」
不満そうにしながらも、夏菜はゆっくりと腰を下ろす。
「ごめんなさいね、池之内さん。夏菜は思ったら何でも言うしすぐに行動しようとするの。思慮が浅いと言えばそれまでですけど、素直で真っ直ぐなことだけは認めてやって下さい」
「あ、はい。それはもちろん」
「やたっ!」
ガッツポーズで喜んでいる夏菜が微笑ましい。しかしそんな彼女に一条
「夏菜さん、あなた本当に池之内さんのことが好きなのですか?」
「はい!」
そんなところで俺の予想を確定させなくても。
「そうですか。あなたは幼い頃から人を見る目だけは確かでしたから、その目で選んだのが池之内さんというのなら私は反対しません」
「ちょっと待ちなさい律子」
「あなたは黙っていて下さい!」
「はい……」
どこの家でも奥さんの方が強いというのは変わらないのね。
「お母さん……」
「けれども池之内さんはあなたより十以上も年上なんですよ。ましてご結婚されて、すぐに奥様を亡くされて。そのような悲しみを経験された方をあなたは支える自信があるのですか?」
「う……」
「あの、少しよろしいですか?」
それを言われたら夏菜だって自信があるとは返せないだろう。しかし彼女はさっき、俺の辛い気持ちが分かるとは言わなかった。この気持ちは同じ経験をした人以外には分かるはずがないのだ。だから軽々しく気持ちが分かるなどという奴を俺は信用しないことにしている。
でも彼女は違った。
「私は先ほども申しました通り、今年いっぱいは喪中です。形だけではなく、心も喪中です。ですからどこか毎日沈んだ生活をしておりました」
皆が俺を見て、次の言葉を待っている。
「しかし夏菜……お嬢さんを助けて、その後に偶然また会って、ラインを交わすようになって、ほんの少しだけ明るい気持ちになれたんです。これで嫌いなのかって質問の答えになってるかな」
「亮太さん……」
「夏菜さん、俺はあと二年で三十になるおっさんだし、君は高校生活が始まったばかりだ。君の気持ちは嬉しいけど、それがいつまで続くかなんて誰にも分からない」
「つ、続きます! ずっと続きます!」
「ありがとう。でもね、言った通り俺は最愛の妻を亡くしたばかりだ。だからいつになったら君の気持ちに応えられるか分からないんだよ」
「それでも私は待ちます!」
「池之内さん、妹はこう見えて言い出したら聞かない頑固者なんです」
「お姉ちゃん!」
春香さん、多分それ、俺も知ってます。
「池之内さん、待ってくれるって言うんだから待ってもらえばいいじゃないですか」
変なところで口を挟んでくるのは竹内の悪い癖だ。
「待たせてる間に夏菜ちゃんに他に好きな人が出来てフラれるかも知れませんし……イテテっ」
そして空気を読まないところもね。春香さんにつねられていい気味だ。
「池之内さん、この子がこうまで言っているのですから、勝手に待つことくらいは許してやって頂けませんか?」
「まあ、夏菜さんがそれでいいなら……」
あまり煮え切らない態度ばかり取っているのも大人げないだろう。それに十五歳の女の子がいつまでも俺みたいな男にかまけていられるとも思えない。
「あなたも、それでよろしいですね?」
「律子……」
「よろしいですね?」
「う、うむ」
「やった!」
こうして俺は大金持ちの社長令嬢に、喪が明けるのを待たれることになった。しかもご両親の公認で。
金曜日、竹内以外の誰にも見送られずに俺は今の会社を退職し、翌日の土曜日には予定通り陽子の墓参りを済ませた。
そして月曜日には一条グループの社員として、新たな一歩を踏み出すこととなったのである。
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