第3話 なっち

「怪しい〜。何か隠してません?」


 そんなにクリクリした瞳で見つめないでほしい。さすがに最愛の妻を亡くしてまだ半年も経っていないので心が揺れることはないが、これでも俺だって男だ。可愛い女の子に見つめられてドキドキしないはずがない。


 もっとも彼女はまだ十五歳だし、こんな俺でも良識ある大人のつもりだ。この感情は言ってみればアニメとかのヒロインに対するものと同じだと思う。


「まあいいです。はい」


 そう言うと彼女はスマホを俺に差し出すような仕草を見せた。


「うん?」

「ラインですよ、交換しましょ」


「あのね、俺は大人だから未成年の君は登録出来ないんだよ」


「やだ亮太さん、知らないんですか? フルフルすればいいんですよ」

「フルフルって……え、まじ?」


 知らなかった。自慢じゃないがラインの友達なんて多くないし、その中に未成年など男女合わせて一人もいない。だいたい女子高生との接点なんてあるはずがないのだ。


「いや、でもね……」

「私とじゃ交換したくないんですか?」


 泣きそうな顔を見せる女の子には、演技と分かっていても弱いのが男というものだろう。数秒後に俺はスマホをフルフルさせ、満面の笑みを浮かべる彼女の顔に満足さえしていた。


「池之内さんっていうんだ」

「あ!」


 しまったと思って彼女のアカウントを見たが、そこにはなっちという名が表示されているだけだった。


「なっちねえ……」

「な、何ですか?」

「いや、可愛いくていいんじゃない?」

「またぁ! 子供だと思ってからかって!」


 それから俺と夏菜は並んでいる他の客に悪いということで、店を出て別れたのだった。




「これはいよいよ通報ですね」


 その日の午後、再び朝の女子高生と出会って昼食まで共にした俺の話を聞いて、竹内はおどけながらそんなことを言い出した。


「何とでも言いやがれ。俺にやましいところは一つもないからな」

「でも相手は十五歳なんでしょう? ヤバくないですか?」

「何がだよ。一緒に昼飯食っただけじゃねえか」


「可愛い子なんですか?」


「まあな。あれは大人になったらかなり美人になると思う」

「この辺の高校っていうと都立ですかね?」

「いや、都立のとは制服が違ったな」


「え? まさか夢園ゆめぞの白百合しらゆりですか?」

「学校名までは聞いてないけど、胸の校章は確か白い百合の形だったと思う」


「ピンクのポロシャツに上下白のブレザーでした?」

「あ? ああ、そうだった」

「池之内さん、そこめちゃくちゃお嬢様学校ですよ」


 何故竹内がそんなことを知っていたのかと言うと、実は彼の交際相手がそこの卒業生だったからだそうだ。


 言われてみればラーメン屋でも従業員や客たちがちらちらと彼女を見てたっけ。あれはそういうことだったのか。つまりお嬢様学校の生徒が普通のラーメン屋に来たこと自体が興味の的だったというわけである。


「やったじゃないですか。池之内さんもこれで逆玉ぎゃくたま街道まっしぐらですね」

「よしてくれ。相手は十五歳だぞ。俺の守備範囲じゃないさ」

「今はそうかも知れませんけど、十年後ならその程度の年の差なんて関係なくなりますって」


 十年経ったら俺は四十手前で向こうは二十五歳、とても相手にしてもらえるとは思えないけどね。


「一緒にラーメン食ったくらいで恋愛関係とかあり得ないだろ。お前の頭はお花畑か?」

「そうかなあ。話を聞く限り脈ありだと思うんですけどね」

「ないない。若いから天真てんしん爛漫らんまんなだけだって。それにだいたい俺は今喪中もちゅうだぞ。恋愛にうつつを抜かしている場合じゃないんだよ」

「確かにそうでしょうけど」


 今日はまだ痴漢の一件があるから印象に残っているだけで、あの子だってこれからやってくる目まぐるしい日常のせいで、俺の事なんてすっかり忘れてしまうだろう。俺にしても来週から次の仕事を探さないと生活していけなくなるから、恋だの愛だのと言っている余裕なんてないのだ。一度結婚して家を出たのに、また親元に戻るなんて考えられないしね。


 そんなことを思っていた時、ラインがメッセージの受信を知らせてきたのだった。

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