魔法少女(仮)

猫柳蝉丸

序、童話迷宮

 世界は何気ない選択で全てが構成されているに違いない、と棗は思う。

 この世界では己の一瞬の判断間違いが死という名の終焉を招き寄せ、よしんば死に至らなくとも何らかの破滅を誰にでも平等に運んでくるのはまず間違いがない。人は自分ではそれをそれと意識出来ないままに、何気ない日常生活においても人生における重大な選択肢を選別し続けて生きている。

 いや、何気ない日常生活の中だからこそ、後の人生に関わる重大な選択肢が常に己に問い続けてくるのかもしれない。生命の危険など滅多に感じる事もない人生だからこそ、その生活の中にある人間には加速度的に多様な選択肢が発生し続けるのかもしれない。どの様な生き方でも選択出来る、平凡な日常生活の中にあるからこそ、だ。

 棗は最近、頓にそう考えてしまう。

 平凡だからといって、これまでの生活に不満が無かったわけではない。無論、眼前の現実から逃げ出したいほど絶望していたわけでもない。それこそ一般的な人間ならば必ず直面する悩みを極当然に抱え、悩みを抱える自分という存在は特別でも何でもなく、極自然なのだろうと考えていた。棗はそう考えられる程度には老成しており、そう考えられる程度には若かったのだろう。

 しかし、棗には一つだけ、平凡に生きられる他者とは大きく異なる点があった。

 棗には願いがあった。

 赤の他人から見れば取るに足らない、されど棗には重要な願望が。

 何かを引き換えにしてまでも叶えたいその願いが、棗にはあったのだ。

 棗はその願いを長く叶えたいと考え続けていた。

 長く……、永く……、棗は強く願い続けていた。取るに足らない純粋な願いを。

 そして、ある日、思いがけぬ事から、彼女の願いは叶えられる事になる。

 その瞬間、棗は確かに幸福だった。

 重要な物と引き換えにして入手出来た、願っていた未来に酔いしれた。

 確かに、棗は、幸福になれたのだ。小さく大きな代償と引き換えに。

 棗のその願いには決して邪心は無く、棗のその行為にも決して罪は無い。棗のその純粋に過ぎる想いと行為を否定する事は誰にも出来ないだろうし、誰もしてはならない事だろう。棗の人生の上において、その願いは必ず消化し、昇華なされねばならないものだったからだ。生きていくため、必要な通過儀礼だったからだ。その棗の想いを否定する事は、人間が生きるという事象自体をも否定する事に他ならない。

 誰も棗を否定出来ない。棗を否定出来るのは、恐らく棗本人だけだ。

 それを分かっているからこそ、棗は考えてしまうのだろう。

 己の得た幸福の真贋を。代償にした物の大きさを。そして、己の未来を。無論、この先、棗が幸福であり続けられるのか、それとも希望を得たが故の酷い絶望に打ちひしがれる事になるのか、それは神どころか悪魔ですら与り知らぬところでしかないけれども。

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