第20話 らぶらぶふぁいあー

 いくらなんでも舐め過ぎだろ!


「もう少し強めの魔法でないと、届く前にレジストされてしまいますよ」


 さっきも言ったが、ゲイザーは曲りなりにも階層ボスなんだってば。

 この先に進むために必ず倒さなきゃいけないモンスターなんだ。

 ファイアを使うには「攻撃魔法」のスキルを習得する必要がある。で、攻撃魔法スキルを取った時に使える初期魔法がファイアなんだよ。

 彼らは二階層で出現するグリーンスライムでさえ一撃で倒せるか倒せないか程度のファイアでどうにかできると思ったのか?

 残念ながら、ゲイザーは一定レベル以下の攻撃魔法は無効化してしまう。

 俺? 俺ももちろんシロクマになれば……ふふふ。

 

 心の中で暗い笑い声をあげている間に、前衛の男三人がそれぞれの得物でゲイザーへ斬りかかる。

 彼の攻撃は見事ゲイザーにヒットし、僅かながら奴を傷付けることができたようだ。

 

「きゃー」


 後ろにいる女の子三人の黄色い声がまたしても。そんなことをしている暇があったら、補助魔法の一つでもかけてやりゃいいのに。

 あの分だと彼らは苦戦すると思うから……。

 一撃でかすり傷しか与えられないようでは、彼らのレベルがゲイザーを倒すに足りていないはず。


「強敵のようだな……ならばやるしかない。俺の最大魔法で」


 いつの間にか悲壮な決意に満ちた顔をしたヨシタツが目を瞑る。

 そんな彼の手に自分の手を重ね潤んだ瞳で見つめるウサギ耳の女の子……。

 

 なにこれ?

 俺の気持ちなんて全く関係なく、二人の茶番劇は続いていく。

 

「地獄の業火よ。今こそ目覚めよ。ヘルファイア!」


 な、なにいいいい!

 まさかヘルファイアまで使うのか? ヨシタツってやつは。

 俺はこのパーティのレベルを見誤っていたのか? いや、レベルが低くてもスキルレベルが高いパターンもある。

 思わず目を見開き、彼の杖を見やる。

 あれ?

 

 俺の目に映ったのは小さな炎の弾丸が発射されただけだった。

 

 ……。

 あれさ、ファイアバレットだよな。

 なんでヘルファイアと唱えてファイアバレットが出るのか分かないけど、あれはヘルファイアではない。


 攻撃魔法のスキルレベルを最大まで上げるとヘルファイアが習得できるようになる。

 ここまでは人間形態であっても長い時間をかければ可能だ。だけど、攻撃魔法ってやつは魔力に威力を左右される。

 例えば、オートマタになったスイの放ったヘルファイアなら、シロクマである俺の毛を跡形もなく吹き飛ばす。

 しかし、人間形態のスイが放ったヘルファイアだとシロクマの俺へ届く前にかき消える。

 

 それはともかく、ファイアバレットはゲイザーの白目に直撃し僅かながらのダメージを与えた。

 これまでこちらの様子を伺っていたゲイザーもさすがに怒り心頭なのか大きな目を――閉じる。

 

 あ、これを防御行動と勘違いしたのか男三人がえいやえいやと武器を突き立てているじゃあないか。

 もはや何も言うまい。

 

 俺は俺で一応安全策を取っておくとするか。

 

 体を後ろに向けた瞬間、ぴかーっと後方から光が。


「さて」


 振り返ると、石化した男四人と無事なままの女の子四人……。

 はて?

 

 ゲイザーの発した光線は石化の効力がある。

 無防備にまともに光を見た男達は石化していた。まあここまでは予想できたことなんだけど、彼女らは何で無事なんだろう?

 直接光を見なければ、よほどレベルが低くない限りレジストできる。

 だけど、彼女らは前を向いたままだったよな?


「あー。つまんない。この人たち、強いから余裕の態度を取ってたわけじゃなかったんだあ」


 犬耳の女の子が石化した長髪の男の脛をこつんと足先でこづく。

 同じように猫耳の女の子もペシペシと別の男の背中を叩いた。

 彼らは男達と女の子達で別々のパーティを組んでいたのか。それならお互いのレベルは分からない。

 

「案内人さん、帰ろっか?」


 ウサギ耳のおっぱいがヨシタツを嫌そうな目で見やった後、こちらに目を向ける。

 

「あ、あの。アレはどうするんです?」


 男達はともかく、ゲイザーを放置したまま帰るのかな?

 

「それはあ。あ」


『パーティへ参加しますか はい/いいえ』


 ん、突然脳内に思ってもみないメッセージが。

 思わず目を見開くと、ウサギ耳のぷるるんがえへっと舌を出す。

 

「俺、案内人なんで、そういうのは」

「キミ。見た所、この男の子たちよりできると思うんだよね。ねね」


 ウサギ耳のぽよよんちゃんが俺の右腕へ縋りつく。


「あ、あのお。うお」


 やわらかなマシュマロの感触が腕に。

 そして、背中にもおお。


「いいじゃないー」


 この声は犬耳の女の子だな。


「……は、はい。でも、俺が参加したことは秘密ですよ」

「うん、もちろん!」


 もはや俺に拒否する理性は残っていなかった。

 

「すごーい。ソウシくん、レベルが六十もあるんだ」

「は、はい」


 実は九十二だけどねえ。

 案内人をしていると、「本当についてこれるのか?」と疑う人たちに多く出会っててさ。

 その対策として、パーティに加入してレベルを見せつけることにしたんだよ。

 ただし、レベル表示はとあるアイテムで偽装している。

 変身形態は表示されないし、レベルも六十で表示されるようになっているんだ。

 

 これだけあれば、ハンター達の中では中堅上位クラスだからな。舐められることはまずない。

 

「って、お姉さんたちレベルが七十台じゃないですか。何でこんな低い階層に……」

「きゃー。ゲイザーの攻撃がくるー」


 そういや、放置したまんまだったな……ゲイザーを。

 ウサギ耳の女の子の言う通り、ゲイザーから赤い光線が飛んできた。

 彼女は俺の背中に隠れてしまったから、必然的に俺へ光線が向かってくる。

 

「よいせっと」


 拳を打ち付け、右ストレートを光線へ向けて放つ。

 俺の拳と赤い光線が触れた瞬間、赤い光線が消し飛んだ。


「かっこいいー。素手でやっちゃうなんて」

「いえ、一応拳にナックルをつけてます」

「へえ。変わった武器ね。おもしろーい」

「は、ははは」


 そんなこんなでおだてられ、ぽよよんを味わいながらゲイザーを倒してしまう俺なのであった。

 先に女の子たちには帰ってもらって、俺は残された石化した男達へ石化解除のポーションをふりかけ来た道を戻る。

 

 カルマ?

 うん、三十五だったけどちゃんとゲットしたよ。

 

 今日の教訓。

 猫をかぶっている女の子たちは怖い。

 

 しみじみと頷きながら冒険者の宿の扉をくぐる。

 

「おかえりなさーい」


 一息つこうと席へ座ったら、知らない子供から思わぬ言葉をかけられた。


「ん?」

「ぱぱー」


 ま、待て。

 俺に子供なぞいない……そんな年齢じゃねえし。

 こら、俺の足にペタ―っと張り付くんじゃねえ。

 

「ソウシ、ちょっと取ってきて欲しい素材があるの……その子は?」


 タイミングの悪いことにスイがやって来て小首をかしげた。


「ぱぱー」


 こらあ。なんてことを言うんだ!

 

「パパ……ソウシ、いつの間にこんな子供を……」


 スイの背後から黒いオーラが舞い上がる。

 

「待て、待ってくれ。マジ落ち着いてくれ」


 冷や汗をダラダラ流しながら、両手をあげる俺であった。

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