第10話 くまあ(ぶん殴る)

「準備はできたのかしらんー。ソウシくうん、回復は?」

「う、後ろに立たないでください……」


 立ち上がったところで、後ろからアヤカに声をかけられてビクウッとした。

 普段ならともかく、変身形態で来られると怖いったら何の。

 

 彼の変身形態は異形のグレーターデーモン。

 身の丈は三メートルに達し、全身が青緑の体毛に覆われている。頭からはヤギの角。目はランランと輝き、口元は耳まで割けていて真っ赤な口がおどろおどろしい。

 お尻からは鞭のようなしなやかな尻尾が伸びていた。

 

『名前:アヤカ

 種族:人間

 レベル:八十九

 HP:三百

 MP:二百三

 変身トランス:グレーターデーモン(レア度 S)

 変身時レベル:八百九十

 HP:二千三百

 MP:千百二十

 カルマ:五』


 彼は俺と同じで防具は装着しておらず、背中に大剣を携えていた。回復呪文が得意だと言うのに、鈍器じゃなく剣ってところがまた……。

 

 嫌そうな顔をしないよう、取り繕っていたらカサカサとした足音がこちらに迫ってくる。


「わたしは準備おっけーだよー」

「ユウさんはアヤカさんの後ろでサポートを頼みます」


 ユウは上半身だけなら、人間と変わらない。うん、上半身だけならね。

 変身すると彼女の下半身は黒いゴワゴワした剛毛が生える蜘蛛の足になるんだ。

 アラクネーという変身形態で、糸を使って生産から戦闘までこなす。

 といっても戦闘は余り得意ではなく、生産職に人気の形態かな。アラクネーの糸がいくらでも使えるってのが人気の理由だ。

 

『名前:ユウ

 種族:人間

 レベル:八十七

 HP:百九十

 MP:二百六十

 変身トランス:アラクネー(レア度 SS)

 変身時レベル:八百二十四

 HP:二千八百

 MP:千二百十

 カルマ:五千』

 

 彼女はサポート魔法を主に取得していて、後方支援に向いている。

 イザという時は自分の糸を使って敵を拘束したりすることも可能だ。

 

「外に敵影は無し。少なくとも曲がり角まではな」


 床から影が染み出すように出てきて、人型を形づくる。

 鈴木は索敵から罠外しと、戦闘以外のダンジョンを探索するスキルを一手に引き受けている。

 

『名前:レン★ノイバンシュタイン

 種族:人間

 レベル:九十四

 HP:二百九十

 MP:二百四十

 変身トランス:シャドウ(レア度 S)

 変身時レベル:九百十四

 HP:千八百

 MP:二千五百十二

 カルマ:三』


「分かった。じゃあ、俺もトランスする。スイ、道案内を頼むぞ。くれぐれも俺の後ろから出ないようにな」


 スイは中距離から魔法を使って戦うタイプだから、守備がそれほど得意ではない。

 一方、俺は前衛特化の脳筋ファイター。一番前に出てモンスターの攻撃を引き受けつつ、くまーパンチで敵を殲滅する。

 魔法も使えないし、武器も持てない。

 シロクマは武器が持てないから、敵に合わせて弱点属性やらを考慮することもできないという、戦略のせの字もない完全無欠の殴り専門職なんだぜ。

 

 その分、シロクマには無類のタフさがある。

 ゲームウィキによると、「ソロにもおすすめ。火力はそこそこだけど、ソロでも継戦能力があるからダンジョンソロクリアを目指せる(上級ダンジョンまで)」って書いてあったっけ。

 

 ◆◆◆

 

 ――七百七十三階。

 一つ階層を上がったところはちょっとした広間になっていて、巨体を誇るモンスターが二体こちらを睨みつけていた。


「さすがにここまで来ると、龍種が多いわね」


 特に驚いた様子もなく、スイは目を瞑り詠唱に入る。

 

「くまあ(アシッドドラゴンを)、くまああ(ぶん殴る)!」


 二体いるうちの一方は、全長十五メートルくらいある腐臭ただようドラゴン。肉が腐り、ところどころに白い骨が見えている。

 強烈な悪臭が漂うが、俺の引き受けるべき相手はこっちだ。

 もう一体は正統派のドラゴン。どっしりとした体躯をした緑色の鱗を持つ。凶悪な顔をしているが、ああ見えて魔法も得意なんだ。種族名は古代龍。

 

 できればどっちも俺に攻撃が向いてくれればいいんだけど……と思いつつもアシッドドラゴンへ向け駆ける。


「アルティメット!」


 後ろからユウの補助魔法が俺へ飛んできた。

 アルティメットは全てのステータスを底上げする。くまーパンチの威力もあがるのだ。


「オールプロテクション!」


 続いて、アヤカの魔法だ。暖かな光が全員を包み込み、防御力が強化される。

 

 一方、アシッドドラゴンは俺が間合いに到達する前に口から毒々しい紫色をしたブレスを吐きだす。


「パラライズ……」


 ブレスに被せるように古代龍が俺へ向け魔法を放つ。

 俺の体が黄色っぽいガスに包まれると共に、紫色のブレスに飲み込まれた。

 

「くまああ(効かぬ)!」


 万歳のポーズで雄叫びをあげ、ぶんぶんと両手を交互に振るうと霧がちりじりに飛び散る。


「さすが、バカ熊」


 いつの間にか足元に潜んでいた鈴木が要らんことをわざわざ告げるためだけに、顔だけ床からせり出してきた。

 シロクマの最大の利点は状態異常を完全無効化すること。

 この能力があるからこそ、シロクマはソロ向けと言われているのだ。

 

 そのままアシッドドラゴンの間合いに入り、大きく右腕を振り上げ奴の足へ向けて振り下ろす。

 ――メキメキ。

 固い骨がひしゃげる音が鳴り響き、止めとばかりに左腕を同じところへ振りぬいた。


 ボキリと骨の折れる音がして、アシッドドラゴンの左脛が力を失った。奴はそのまま左側へ傾きバランスを崩す。


「クイックワン!」


 丁度いいところでユウの魔法が俺を包み込む。

 緑色の光に包まれた俺は、急激に速度が増しちょうど届く位置に降りて来ていたアシッドドラゴンの胸辺りを叩く。

 右、左、右、左とくまーラッシュを繰り返すことで、アシッドドラゴンは体のあちこちの骨が粉々に砕け散ったのだった。

 

「ソウシ、古代龍の方へ避けて」


 スイの声に従い、次の魔法を唱えようとしていた古代龍の前に立ちふさがる。

 ちょうどその時、再びスイの声。

 

「煉獄に導かれ、迸れ。ヘルファイア!」


 背中のアームを前に伸ばしたスイのアームの先からちりちりと血の色が電撃のように奔り、極太の炎となって発射された。

 一瞬の後、炎はアシッドドラゴンに突き刺さり、炎に巻かれたアシッドドラゴンは塵となる。

 

 倒したのはいい。それはいいんだけど、少しだけ俺にかすってる。かすってたよお。

 左肩あたりの白い毛が切り取られたように消失している……。当たったら……やばくない? あれ?

 

 冷や汗をかきながらも、対峙する古代龍を睨みつける。

 

「駄熊、奴の気を引いてくれ……」


 鈴木がそう言い残し、スルスルと影が床を伝い古代龍の方へ向かって行く。

 言われなくてもそのつもりだぜ。

 

 その時、古代龍の尻尾が横なぎに俺へ襲い掛かる。

 高く飛び上がり、攻撃を凌ぐとそのままの勢いで古代龍の膝へ向けてくまーパンチをかます。

 ――メコメキ。

 固い鱗がひしゃげる音がして、古代龍が絶叫をあげた。

 

「愚かな人間どもめ、滅ぶがよい」


 古代龍が口を大きく開く。それと共に奴の口元からチリチリと赤い炎が沸き立ちはじめる。

 しかし――。

 ゴトリと古代龍の首が落ち、地面に転がったのだった。

 

「ほし、やるじゃない」


 スイが喜色をあげる。

 

「まあ、我にかかればこのような些事、たわいもない」


 落ちた古代龍の首の傍から、人型の影が浮かび上がった。

 鈴木は相変わらずだな。リアルになって、あのリスキーな攻撃をするなんて肝が据わっているというかなんというか。

 奴の繰り出した攻撃は一撃必殺の「クリティカル」。決まれば敵を一撃で仕留めることができる。

 しかし、相手の意識が完全に自分から離れていることが条件なんだ。更に、攻撃を仕掛けるときは完全に無防備になる。

 逆撃されて一発もらえばただではすまないんだが……。

 

 

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