第9話 大迷宮とくま
話が堂々巡りして来たので食器を片付け、みんなで食後のコーヒーを飲んでいる。
かなり大雑把だけどこの世界のことは把握できた。
「クッキーが焼けたわんー」
アヤカがお盆に乗せたホクホクのクッキーを机の上に置く。
焼きたての香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
「明日から何を調べる?」
スイが口火を切る。
しかし、クッキーが熱かったのか眉間に皺を寄せ冷たいコーヒーを口に含んでいた。
がっつくからだ。紳士はゆったりと食べるものさ。
あ、熱っ!
「街の人にいろいろ聞いてみるってのはどうかなー?」
ぽやぽやとした表情のままユウが呟く。
「街の人は後回しでいいと思うわ。トランスができないのなら、この世界の根幹に関わるような情報を持っている可能性が低いと思うから」
「おー。さすがスイちゃんだー」
抱きーとユウがスイの頭を自分の胸に埋める。
お、俺もあの豊満な双丘の中に埋もれてみ……っとスイに睨まれた。
そんなに嫌らしい目線をしていたかなあ。
「となるとダンジョンか」
「そうね。ほし、どこのダンジョンでもいいんだけど、エレベーターは使用できたかしら?」
「駄目だ。使えぬ」
鈴木は顎をつんと立てて左右に振る。
メタモルフォーゼオンラインのダンジョンは一度最深部まで行ってボスを倒すなりイベントをこなすなりしたら、次回からどの階層にでも行くことができる「エレベーター」が使えるようになる。
ゲーム時代に行ったことがあっても、異世界ではエレベーターを使う事ができないってことか……異世界で最深部まで行くとエレベーターを使えるようになるのかなあ。
「そこはゲームと異世界で世界が違うからってことだよな……たぶん」
「そう考えるとしっくりくるわね」
「しっかし、ダンジョンを調査するったって、しらみつぶしに行くとなると相当手間だな」
「確かにそうね。ほしが隠れながら調査するにも難しいからみんなで行かないとだし」
うーん。うーん。
でも手掛かりなんて何一つないんだから、順番にこなして行くしかないかなあ。
「高難易度ダンジョンは手間ねえ。でもん、五人いたら大丈夫よお。回復はま、か、せ、て(はあと)」
「は、はい……」
アヤカがむふふーんとこちらに目を向ける。
何で俺だけに熱視線を送って来るんだよお。他にもいるだろ。鈴木とか鈴木とか。
「この中で前衛向きは誠に遺憾ながら駄熊、お前だけだ。我もリセットできれば鍛え直して前面に立てるのだが……」
目立ちたがりの鈴木が口惜しそうに舌打ちをする。
ん。
「リセット。そうか、リセット! 可能性がありそうじゃないか?」
「……確かにそうね。ヘブンズドアならもしかしたら」
ヘブンズドア。通称「リセットの間」は、メタモルフォーゼオンラインでは重要な施設の一つだ。
俺たちプレイヤーキャラクターは、一度選択すると変身形態を変更することができない。もし、変身形態を変更したいとなれば、ヘブンズドアに行く必要があるんだ。
いろんな変身形態がアップデートのたびに実装されるから、ヘブンズドアは俺たちにとっておなじみの施設である。
ヘブンズドアがひょっとしたらと思ったのは、先ほどの「鮭事件」があってのこと。
というのはヘブンズドアを利用する時にメッセージが表示されるんだ。
「新しいあなたに生まれ変わりますか?」ってね。
これを言葉そのままの意味にとるなら、日本に帰還できるかもしれないと思ったわけ。
「リアルで歩くとなると……大変そうだけど、行ってみるか。『ザ・ワン』に」
「うん」
「うんー」
「わかったわん」
「うむ」
四人の声が重なる。
ヘブンズドアは大迷宮「ザ・ワン」の最深部にあるんだ。そこへ至るまでには果てしない距離を踏破せねばならない。
既に準備は万端だ。
俺たちはザ・ワンへと向かう事にしたのだった。
◆◆◆
ヘブンズドアを目指すと決めてから五日が経過している。
俺たちは五人揃って大迷宮「ザ・ワン」に来ていた。大迷宮は地上部が古代遺跡になっていて、地下部分が迷宮になっている。
この迷宮は他のダンジョンに比べると極端に階層が深い。それだけでなく、階ごとの広さも図抜けて広いんだよ。
まともに計測したわけじゃないけど、メタモルフォーゼオンライン公式の説明文によると一辺が十キロの正方形をしているとのこと。
そんな広大なフロアを持つ大迷宮は、七百七十七階まである。
上層部は始めたばかりの初心者でも問題なく散歩できるけど、深層に行けば行くほどモンスターも強くなっていく。
最深部ともなると鍛え上げた俺たちであってもソロで行くには危険を伴うほどだ。
ゲームと同じならば、最深部に待望のヘブンズドアがあるはず。
ヘブンズドアを利用するしないどちらにしても、一度最深部に行っておくと次回から楽になる。
一度でもヘブンズドアに到達したら、転移魔法やエレベーターから簡単に最深部へ行くことができるようになるのだから。
ここに来る前、鈴木にお手軽ダンジョンの最深部に行ってもらったんだよ。そうしたら、そのダンジョンのエレベーターが使えるようになった。
それはともかく……予想はしていたけどゲームと違って
大迷宮「ザ・ワン」に潜ってからはや四日経過するが、未だに最深部へたどり着いていない。
鈴木の情報によると、三桁階層より深く潜った者はいないらしい。
そうだよなあ。変身無しで潜るとなったらせいぜい五十階くらいが限界じゃないだろうか。いや、やり方次第では百階近くまでならなんとかなるかも。
そんなわけで、俺たちは今、大迷宮「ザ・ワン」の七百七十二階の小部屋こと「セーフティエリア」で休息を取っていた。
大迷宮は各階が広いから、モンスターが出ないエリアがそれぞれの階にあるんだ。目安は噴水。噴水がある小部屋の中ではモンスターが出ない。
公式に名称があるわけじゃないけど、プレイヤー達の間で「セーフティエリア」と呼ばれている。
当時は単なるログアウトポイントくらいにしか思ってなかったけど、現実となった今、セーフティエリアの存在は非常に有難い。
「ふう。一息つけたな」
噴水横の壁へもたれかかりはああと息を吐く。
「我が先に出て、周囲を索敵してこようではないか。真の姿を開放せよ『トランス』」
鈴木が影へ転じ、ずぶずぶと床に沈んで行く。
彼が戻ってくるまでにアイテムその他チェックしておくか。
「セーフティエリアがあって幸いだわ。でなきゃソウシと会話できないものね」
隣で休んでいたスイが俺の肩へそっと指先を当ててから立ち上がった。
「んだなあ」
「先にトランスするわね。真の姿を開放せよ『トランス』」
スイもあの恥ずかしい言葉にも慣れてきたようだな。
でも、彼女は変身する時必ずみんなから背を向ける。これが彼女にとって譲れない線なのかもしれない。
彼女から白い煙があがり、オートマタへと姿が変わる。
俺や鈴木に比べると彼女に劇的な変化はない。人型だし、大きな目をしたツンツン気味の顔もそのまんまだ。
頭部に関して変わったことといえば、両耳の上に三角形に近いフォルムをしたアンテナぽいメタリックホワイトの器具が装着されているくらいかな。
しかし、上半身は差異が大きい。
まず、衣装。上半身にはビキニブラぽいものしかつけていない。
ゲームの時はデフォルメ絵だったからなんとも思わなかったけど、リアルになればいきなりの水着姿に俺のテンションがあがるってもんだ。
背中にはメタリックシルバーのアームが左右に二本、都合四本生えている。スイ曰く、両手と同じように自由に動かせるとのこと。
俺は人間の時になかった感覚器官ってのが無いからどんな感じなのか想像もつかないけど、ちょっとだけ羨ましい。なんか憧れるじゃないか、腕がいっぱいあったり空を飛べたりしたらさ。
スイは空を飛べないけどね……。
下は短いスカートと膝下はプロテクターみたいなシルバーの具足が装着されていた。
「ちょっと、変なところばっかり見ないで」
スイは無い胸を自分で抱きかかえるようにしてキッと俺を睨みつけて来る。
「いや、胸は見ていない」
「も、もう!」
見えそうで見えないスカートの方を見ていたけど、素直に言う必要なんかないよな?
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