第6話 かえるさん
「誰……。あ、ひょっとしてユウ」
やっほーとばかりに手を小さく振ったスイは、黒づくめの男の横を素通りして右側に控えていたふわっふわの薄紫の髪の美女へ駆け寄る。
あ、真ん中の変なのに目が行って後ろを見ていなかったわ。
「えっと、スイちゃん?」
「うん」
「生スイちゃんだー」
「抱きー」とばかりに美女はスイを抱きしめる。
身長差から彼女の顔が美女の胸にうずもれているじゃあねえか。なんともうらやま……けしからん。
「ユウさん、ソウシです」
むぎゅー中の薄紫の髪をした美女ことユウへ挨拶をする。
彼女はスイとはまた別の意味で目を引く見た目をしていた。
ユウは全体的にふんわりおっとりした雰囲気を持っている。歳の頃は二十代半ばくらいかなあ。
薄紫の長い髪はゆるくウェーブがかかっていて、少し垂れた目とぷっくりとした唇も相まって包み込まれそうな優しさを感じる。
鎖骨が見えるゆったりとした絹のドレスを纏っていて、女神像みたいだ。
体つきもスイと真逆……いや、何でもない。
「おー、ソウシくんー。元気にしてたかね?」
「元気と言えば元気ですが……何が何だか」
「わたしもだよ。ソウシくん」
スイから体を離して、俺の肩へ手を乗せうんうんと頷くユウであった。
相変わらず掴みどころのない人だなあ。
「他の人は来ているのかな?」
「さっきアヤカ姐さんを見たんだけど、どこにいったのかなー」
「姐さんがいたら、絶対に見逃さないと思うんだけど……」
「トイレだ。身だしなみを整えてくると言っていたではないか」
ユウと話をしているのに、変な奴が割り込んできた。
「トイレ? 一階じゃなく、地下に?」
スイが左右をキョロキョロと見渡す。
俺も地下にトイレがあるなんて初耳だ。誰かがいつの間にか作っていたんだろうけど、地下は飾りで滅多に足を踏み入れることが無かったからなあ。
なんて考えていたら、カウチの後ろ側の壁がズズズと横に開き、中から禿げ頭のゴツイ人が姿を現す。
「あらー。スイちゃんかしらー。思った通り可愛いわあ」
くねくねと体をくねらせるゴツイおと……オネエサン。
こ、この強烈な個性はアヤカで間違いない。
彼……いや彼女は禿げ頭に筋骨隆々の肉体をした三十歳くらいで、背丈が二メートルほどありそうだ。
タンクトップに軍事用にも見える真っ黒のズボン。鉄入りの黒のブーツを装備していた。
もう少し柔らかい雰囲気のオネエサンかと思ったら、物凄く男前な見た目じゃねえかよ。
「アヤカよね?」
「そうよお」
わああと握手をし合うアヤカとスイ。
仕草だけは女の子同士ぽいよな。仕草だけはな!
――ゾク……。
その時、肉食獣に睨まれたような悪寒を背筋に感じる。
「あらああ。可愛い!」
「い、痛いっす! アヤカさん!」
「ついつい、ごめんなさいねえ。あまりに可愛らしかったものだから。ソウシくんでいいのよね」
「はい。ソウシでっす」
力一杯抱きしめ過ぎだろ……ミシミシと骨が悲鳴をあげていたってば。
「さて、全員が集まったところで……」
黒ずくめの男は組んだ足の左右を入れ替えた。
「なんだ鈴木。いたのか」
「お前と既に会話していただろう……全く……これだから駄熊は」
ずっと無視してやろうかと思ったけど、誠に遺憾ながらそういうわけにもいかない。
「あと二人はどうしたんだ?」
「禁則事項だ」
「意味が分からん」
「そうだな……それを語るに長い、長い……話をしようではないか」
勿体ぶる鈴木へ舌打ちするが、彼はまるで動じた様子もなく勝手に長い話とやらをはじめてしまった。
「――というわけなのだ」
「短いじゃねえか!」
残り二人は「この世界を満喫したいから放っておいてくれ」と鈴木の招集に応じなかったとのこと。
今すぐ会えないのは残念だけど、この世界にいればいつか出会うこともあるだろう。
俺たち「天国の階段」は個人の意思を尊重するギルドだった。ゲームがリアルになったからといって、方針を変えるつもりはない。
そこは鈴木も分かっているし、彼の話を聞いていた他の三名も不満の声をあげることはなかった。
「誰も知らない世界に来たから、しがらみを捨てて自由気ままに生きてみたいというのも一つのありかたよね」
スイがボソリと呟く。
「スイもそうしたいのか?」
聞いてみると、彼女は少しだけ首を左右に振った。
「私はできることなら元の生活に戻りたいし、なるべくギルドの人たちと一緒にいたい」
「俺もそうだよ。俺たちの繋がりこそが、元の世界の繋がりなのだから」
「たまにはいい事言うじゃない」
「たまにはって何だよ」
そう言いつつもハイタッチをかわす俺とスイの手をアヤカが握り、その上にユウがそっと手を乗せる。
「わたしも同じー」
「あたしもよ」
「我も地球を浄化する義務があるからな」
最後に鈴木がユウの手に自分の手を重ねた。
◆◆◆
五人で手を重ね合った「帰還の誓い」を行ってから一か月が経過した。
鈴木は世界中を飛び回り、街の人をストーキングして聞き耳を立てたり、ダンジョンや古代遺跡なんかに潜入したりしている。
俺はたまに鈴木に街へ連れて行ってもらったりしていた。
そこで、ハンターへ酒を奢ったりして情報収集を行ったり、ハンターご用達の依頼所へ行ってモンスターハントの仕事をしたり……。
ハンターはゲームの時と同じ職業だった。彼らはモンスターを狩ったり商人の護衛をすることで生計を立てている人たちになる。
異世界には危険なモンスターが溢れていて、人々の……特に旅人の生命を脅かしていた。しかし、モンスターからは貴重な素材が多数獲れ、街の生活に欠かせないものになっているのも事実。
人とモンスターはある意味切っても切れない仲だと言えよう。
今回はハンターのパーティに入れてもらって、フォレストフロッグを狩りに来ている。
フォレストフロッグは図体こそ牛より大きな巨体ではあるが、推奨レベル三十八と変身せずとも倒すことが容易なモンスターだ。
「ソウシ! 毒消しを頼む」
「へーい」
「ソウシ! ポーションを投げて!」
「へーい」
「ソウシ、肩を揉んでくれんかの」
「いや、戦いましょうよ」
なんて感じでサポートに徹しているんだけど、なかなかフォレストフロッグを倒せないでいた。
人間形態ならともかくこんなやつら百匹集まっていたとしても、変身すれば初心者ハンターだって余裕で倒せるんだけど……。
「
「トランス? なんだそれ。それよりソウシ! 毒消し!」
「へーい」
必死の形相で毒消しを要求して来た男の顔は真っ青だった。しかし、ちゃんと俺の質問に答えてくれる。
案外余裕あるんじゃないのか? この人。
いや、いかんいかん。ちゃんと役目はこなさないとな。
これまで百人以上のハンターと接しているが、どれだけピンチになってもトランスする人がいなかったんだよな。
酒場でも「俺の変身形態は虎なんだぜ」なんて自慢している奴もいなかったし。
ひょっとして、異世界の人はハンターでも変身できないんじゃないのか?
今だってそうだ。ここは現実世界でゲームではない。
つまり、彼らには生活がかかっているんだよ。わざわざここで縛りプレイをするなんて不自然だろ?
変身してちゃっちゃとモンスターの素材を集めてから、「遊び」で人間のまま戦うことをした方がまだ納得がいく。
「……っち。なかなかタフだな」
前衛の男が舌打ちする。
「ファイアボール!」
肩を揉んでくれと言っていた壮年の男がようやく仕事をした! 驚きだ。
彼の持つ杖から炎の玉が迸り、フォレストフロッグの大きく開けた口へ吸い込まれて行く。
ゴクリと炎の玉を飲み込んだフォレストフロッグは、真後ろにパタリと倒れ込む。
これを好機と見た前衛の男と毒消し男がフォレストフロッグの白いお腹をめった刺しにして止めを刺したのだった。
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