第2話 突然転移したくま
――三ヶ月前。
社会人になって二年目だというのに、既に仕事に対する気力を失っていた俺は出来る限り力を抜き定時で帰宅する。
かといって手を抜いているわけじゃあないんだぜ。最低限の仕事はこなしているし、辞める気なんて毛頭ない。
とっとと帰って自分の趣味の時間を過ごしたいだけなのだ。仕事は仕事。お金のためにこなしているに過ぎない。
そんなわけで八畳一間の我が家へ帰宅した俺はスーツを脱ぎ、パソコンの電源を付けてからジャージへ着替える。
買ってきた弁当をむしゃむしゃしながら、今ハマっているネトゲ「メタモルフォーゼオンライン」を起動させた。
メタモルフォーゼオンラインは、人間の姿から人外へ変身できることが特徴のネットゲームである。
古くからあるゲームだから絵柄は少し古臭いけど、その分低スペックのパソコンでも動くのが強みだ。大手ネットゲームに比べたら少ないけど、ユーザー数が横ばいで安定した推移を見せている。
『ちっす!』
『こんちはー』
『おつー』
ログインしたらすぐにギルドメンバーからチャットが飛んでくる。
「今日はどこへ行こうか」なんて言いあいながら弁当を完食し、さっそく「狩り」に出かけた。
あっという間に時間が過ぎていき、気が付くともう深夜十二時前。
楽しい時間ほどすぐ過ぎちゃうんだよなあ。
『そろそろ落ちるよ』
苦笑しつつチャットを打つ。
この時間でも残っているギルドメンバーは俺を入れて七人かあ。人の事言えたもんじゃないけど、毎日毎日よく遅くまで遊んでいるよ。
『おつー』
『おつー』
さよならのチャットがどんどん流れていく。
よし、挨拶も済んだしそろそろ。
ログアウトしようとした瞬間、突然ふわっと意識が薄れてきた――。
◆◆◆
ん、んん。
疲れているのかなあ。いきなり意識が飛ぶなんて。
え?
「どこだ。ここ……」
自然木が生かされた板張りの壁と床、高い天井にはくるくると回転する羽が見える。
カウンターがあって奥には酒瓶が並び、客席のような椅子とテーブルが五セット。
「広い……」
少なくとも俺の部屋ではない。どこかで見たことがあるような作りだけど、こんな景色を今まで見たことが無いんだ。
俺は客席部分の椅子に座っていて、他に人の姿は無い。
「一体どうなっているんだよ」と思いながら、頭を抱えようと腕を伸ばす。
「あれ」
見えた服の袖がジャージではないことに気が付き、視線を下げ自分の姿を確認してみる。
「な、なんじゃこらああ!」
ガランとした店内に俺の声がこだました。
何このファンタジー風というかゲームぽい装備は……。こげ茶色をした革のグローブに同じ色をした袖の無い革鎧。その下には緑色のアンダーウェアを着ている。
腰には太い革ベルトを装着していて大き目のポーチが挟まっていた。はいている厚手のブーツはどんな悪路でも心配無さそう。
「夢か。夢に違いない。この場で寝ころべば……」
「いや、夢ではないぞ。ソウシ」
足元の影が濃くなり、そこから人型の影が這い出て来たじゃないか!
「うおおおお!」
驚きから力一杯叫ぶ。
一方で人型の影は俺の対面の椅子に腰かけパチンと指を鳴らす仕草をした。
しかし、指を鳴らす音は聞こえてこない。影だからだろうか?
「案ずるな。我だ。我こそはレン★ノイバンシュタイン様その人だ」
「え……この特徴的で病的な物言い……鈴木か?」
鈴木は俺の高校時代からの悪友で、「メタモルフォーゼオンライン」で同じギルドに所属していた。
二十歳を過ぎるまで重度の中二病だったんだけど、最近ようやく外ではまともな喋り方になっていたのだ。
その分、ゲーム内だと思いっきり中二病でチャットをしていたけど……。
確かにこの声は鈴木で間違いない。でも……唐突過ぎて本当にこの影が鈴木だとは信じがたい。
「ゲーム内で我の名をそう呼ぶでないと言ったじゃないか」
前言撤回。確かにこいつは鈴木で間違いない。
「鈴木。なんでそんな姿をしているんだ? それにゲームって?」
「我を……まあいい。駄熊に注意した我が愚かだったのだ」
「で、ゲームってどういうことだ?」
「……ゲームに似たような世界だろうとの推測に過ぎない。我が影の姿を取れることから……」
「俺たちはメタモルフォーゼオンラインのキャラクターに近い形だってこと?」
「その通りだ。少なくとも夢ではない。現実とはにわかに信じられぬが……我は既にギルドメンバーのうち四人に会ったのだ」
「え? どこにいるんだ?」
キョロキョロと左右を見渡すが、やはり俺と鈴木以外に人の姿は無かった。
彼は俺以外のギルドメンバーと会話して、自分の知らないことを彼らから聞くなりして夢ではないと確信したってところか。
夢なら自分が未知のことを知ることなんてできないからな。
「後々、他のギルドメンバーのところへ案内しよう。しかし、今はここでしばらく待て」
「ここにいたら何かあるのか?」
「そのうち、最後の一人が現れるはずだ」
「最後……全部で七人ってこと?」
「おそらくだがね。我の覚醒した頭脳の計算によると、七人と算出されたのだ」
出た。覚醒した頭脳。
しかし、影だから自慢気でナルシストなポーズを取れないんだな。分かる分かる。今はあのうっとおしい髪をばさーとかきあげようとしていたに違いない。
影でよかった。うん。
それにしても七人か。鈴木の推測だから、きっと単純なことだろうけど……。
これまでの話から、考えたくないがここはゲームに似た異世界としよう。
異世界に来た不幸な人たちは、鈴木の知り合いであり全部で七人……そこから導き出される答えは……。
ピコーン。
「なるほどな。俺たちのギルド『天国の階段』のメンバーのうち、俺が意識を失った時にログインしていた者たちが転移してきたってことか」
「その通りだ」
「七人……いや今は六人か。みんな転移してきたけど、時間にズレがあったってわけか」
「うむ。我は五番目にここへ来た。自らの能力を使い、他のメンバーに会って来たのだ」
「それって、ゲームの時のスキルと特性を使ったってことだよな?」
「然り。駄熊にしてはなかなか冴えているな。お前も使えるはずだ。ゲーム内のスキルも変身能力も……魔法さえもな。すまぬ。駄熊はバカだから魔法を使えなかったか」
「使えないんじゃねえよ。キャラ構成上取らなかっただけだ」
相変わらず無駄話が多い。
ズバズバ聞きたいことを斬りこんでいかないと全然話が進まねえ。
首を回し気を取り直してから、改めて鈴木に問いかける。
「それで、最後の一人ってのは誰なんだ?」
「ははは。来てからのお楽しみでいいではないか」
「はいはい」
もういいや。
鈴木は面倒臭いナルシストだが、根は悪い奴ではない。
なんのかんの言いつつも自分の変身形態であるどこにでも侵入できる「影」の能力とマーキング、転移魔法を使ってみんなに会いに行ったんだろう。
全員が異世界へ転移してくるのを待ってから、メンバー一同を集めてくれるに違いない。俺たちはゲームのキャラクター性能という力を持っているが、何も分からぬ異邦人だ。
同郷の仲間と一緒にいることがどれほど心強いか。鈴木がいれば、バラバラに散っているメンバーともコンタクトが取れる。
時間差で転移してこなかったら、こうはならなかったんだけど……。鈴木がいて幸いだ。
彼を無視して考え事にふけっていたら、間が持たなくなったのか彼から声をかけてくる。
「ステータスや手持ちアイテムなども確認できる。やり方はゲームと同じだが脳内でメニューを開く感じだ」
「そっか。ありがとな。試してみる」
目を瞑り、メタモルフォーゼ―オンラインのメニュー画面を思い浮かべる。
すると、ハッキリと脳内に一字一句までメニューが表示された。なるほど。思い浮かべようと念じるだけで、ゲームと同じ画面が自動的に頭に浮かぶのか。
よっし。試してみるか。
「来たぞ」
鈴木の声で思考を遮られてしまった。
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