異世界の大迷宮で道先案内人はじめました~実は変身したら最強のシロクマになりますが秘密です~

うみ

第1話 案内人……実は……くまです

「ですから、宝箱には罠がありまして」

「んなことは分かってるよ」


 一抱えほどの大きさがある金ぴかの宝箱に手をかける髭もじゃの男へ注意を促す。

 しかし、おっさんは気にした素振りもなく宝箱を開けてしまった。

 

「だから、大丈夫だって言ったじゃねえか」

「そうだそうだ」


 幸い宝箱に罠は設置されておらず、おっさんが宝箱の中へ手を伸ばす。

 彼に追随するかのように魔法使い風のローブを来た若い男が相槌をうった。

 

「ご、ごめんね。この人たちこんななの……」

「い、いえ……案内人として伝えないといけないことを伝えただけです」


 微妙な顔でおっさんの様子を見守っていた俺へ革鎧を身に着けた戦士のお姉さんが、軽く頭を下げる。


「低層階でめったな罠なんてねえって。ガハハ!」


 おっさんは緑色の液体が入った小瓶を手に持ち豪快な笑い声をあげたのだった。

 すぐに彼は俺へ向けぽいっと小瓶を放り投げる。

 お、おっと。

 落としたら割れてしまうだろうが……と心の中で愚痴を吐きつつ両手で小瓶をキャッチする。

 ホッと胸を撫でおろしている間にもおっさんと若い男は前へ進んで行ってしまった。

 

 ここは「ザ・ワン」。

 まだ踏破した者はいないと言われている大迷宮の「低階層」、ほんの入り口だ。

 そして先ほどから不用意にも宝箱を開けているハンターたちが俺のお客さんとなる。

 

「不用意に進むと危ないですよ!」

「なあに問題ねえ」


 注意を促してみるが、おっさんは右手をあげ相変わらずまるで警戒心がない。

 いかな低層階とはいえ、何が起こるか分からないのが迷宮の怖さなんだよ。

 って言っても聞くような人たちじゃないか。

 

 申し遅れたが、俺はソウシ。「ザ・ワン」と呼ばれる大迷宮で道先案内人兼荷物持ちをやっている。

 というのは表向きの仕事で、実は……。

 

「案内人さんのアイテムボックスって便利だね」

「あ、そうですね。いくらでも持てますから」


 そっと腰のポーチへ小瓶を仕舞い込んだ時、真横に立つお姉さんが声をかけてくる。

 このポーチ。実はアイテムボックスという無限に入る空間に繋がっていて、重量なしでいくらでもアイテムを放り込むことができるんだ。

 だからついでに荷物持ちもやっているってわけ。

 ……でも、俺に仕事を依頼してくる人の大半はアイテムボックス目当てってことに見て見ぬフリをしているけどね。

 食糧なんかも預かっているし。ハンターさんたちにとって荷物が無いってことは、大きなメリットだと聞いているから。

 荷物持ち期待であっても俺にお仕事が回ってくることはよいことだ。うんうん。


 って、確認しなさ過ぎだろ。あの二人がT字路をそのまま曲がっていっちゃったぞ。

 

「待ってください!」


 お姉さんと一緒に彼らを追いかける。

 

 追いついたのはいいが、またしても二人は宝箱の前に立ちそのまま手をかけようとしていた。

 

「低階層でもとんでもない罠が潜んでいることがあるんですから!」


 口を酸っぱくして言うものの、おっさんたちは意に介した様子がまるでない。

 

「でも私たちって罠外しができる人がいないのよね」


 お姉さんがぶっちゃけてきた。

 それなら、宝箱は放置してモンスターの素材を集めるだけとかやりようがあるじゃないか。

 そうこうしているうちに今度は若い男が宝箱を開く。

 

 その瞬間、視界が白くなり浮遊感に襲われる――。

 ほら見てみろ……言わんこっちゃない。

 

 ◆◆◆

 

 視界が元に戻ると、目の前で異形のモンスターがグルグルと威嚇する唸り声をあげていた。

 そいつはライオンとヤギの二首を持ち、体がライオン、尻尾が蛇になっている。全長はおよそ六メートルってところか。


 っち。最悪の罠を引きやがったな。

 

「ど、どうなってんだ!?」

「テレポートの罠ですよ! 極低確率ですが、低層階でも発動することがあるんです」

「い、一体、僕たちは何階にいるんだ!」


 急に場所が変わったことで混乱する二人へ説明するが、きっと頭には何も入ってきていないんだろうな。

 頭を抱えて騒ぐだけで、目の前にいるモンスターが見えていない様子だし……。

 

「モンスターが……」


 お姉さんだけは違ったようだ。彼女は今にも襲い掛かってきそうなモンスターを指さし、ワナワナと肩を震わせている。

 

「あれはキマイラってモンスターです。どうやら俺たちは深層にいるみたいですね」

「そ、そんな……」


 絶望に顔を歪ませるお姉さんは、小鹿のように膝を震わせその場に座り込んでしまった。

 ようやくおっさんらもキマイラに気が付いたようで、目を見開いたまま固まっている。

 そらそうだろう……おっさんらのレベル帯はだいたい二十から三十と中堅にようやく手をかけた程度。対するキマイラは推奨レベルおよそ七十後半という猛者。

 キマイラに威圧されるだけでも、彼らは委縮して戦いどころではないくらいの差がある。

 

「お前さんはなんで平気な顔をして立ってんだよ!」

「まあ、案内人ですから。キマイラも見たことがありますし」


 おっさんが叫ぶが俺にとってはどこ吹く風だ。

 さて、本来の仕事をしたいところだけど……彼らをどうするかなあ。仲間に連絡をするべきか。

 

 呑気に顎へ手をあて考え込む仕草をしたところで、キマイラの蛇の尻尾がこちらに向けパカンと口を開く。

 途端に甘い香りが漂ってきて、辺りは薄紫の霧に包まれてしまった。

 

 否応なしに霧が肺に入ると、ぽかぽかと心地よい気持ちになってきて眠気が……。

 さすがキマイラ。俺にまで多少の効果を及ぼすとは……。

 

「ふああ」


 思わずあくびが出てしまう。

 えっと、他の三人はどうなった?

 目線を左右に向ける。

 うん。三人とも完全に夢の中だな。

 眠らせてからじっくりとなぶろうなんてなかなか味なことをやってくれるじゃねえか。キマイラさんよお。

 でも、相手が悪かったな。

 

「眠ってくれたなら丁度いい。やるか」

 

 挑戦的な目でキマイラを睨みつけると、奴は眠らなかった俺へ脅威を感じ取ったのか大きく息を吸い込んだ。

 ――グガアアアア

 奴はビリビリと腹まで揺らすほどの物凄い咆哮をあげる。

 

「んじゃ、行くぜ。真の姿を開放せよ『トランス』!」


 体にぐぐぐっと力を込めると、俺の体から白い煙が立ち上がる。

 次の瞬間、俺の体は人間から別のモノへと切り替わった。

 視界に映る自らの体は、白い毛が生え手には黒い鋭い爪が備わっている。

 

「くまああああああ!」


 「覚悟しろよ」と言ったつもりが、全て「くまあ」になってしまった。

 これさえなけりゃあなあと自嘲するも、体の動きを止めずキマイラの元へ真っ直ぐに突進する。

 対するキマイラは俺の変化に表面上は驚いた様子を見せず、ライオンの口から炎を吐いた。

 

 火炎放射のような炎が俺の顔面に向けて迫ってくるが、右腕を振り上げペシンと炎を払う。

 たったそれだけで、炎が全てかき消える。

 

 これにはキマイラも浮足立ち一瞬動きを止めた。

 その隙に間合いに入った俺は、左腕を振り上げたいして力も込めず振り下ろす。

 

 ――ドガッ、ペシン。

 鈍い音がして、巨体を誇るキマイラが数メートル吹き飛び壁に激突する。

 そのまま地面に落ちたキマイラはピクリとも動かなくなった。

 

「駄熊。相変わらずの馬鹿力だな」


 声と共に床から染み出すように黒い影が湧き出て来て人型を形成する。

 

「くまあ!」

「何を言っているのかてんで分からん。全くこれだから野蛮なシロクマは」

「くまあああ!」

「……知性の欠片くらい見せたらどうなんだ。このレン★ノイバンシュタイン様のようにな……」


 ち、ちいい。

 俺が喋れないことを知ってて言っているだろう。


『カルマを三百獲得しました』


 頭にメッセージが浮かんで来る。ん、悪くない数字だな。

 後はこの黒い影こと鈴木に一階まで連れて行ってもらうだけだ。

 

 これこそが俺の本当の仕事『カルマを溜めること』だ。道先案内人をしつつピンチになったハンターたちを救う。

 こうすることでカルマを溜めようってわけ。

 しかし、ここへ至るまでには長い道のりがあったのだ……。

 そう、これはたった三ヶ月前のこと。俺たちはこの世界へ転移してきて――。

 

「黄昏てないで手伝え。駄熊」

「くまああ!」

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