第32話 方法を改革する前に、意識改革が必要

 今日の会議は序盤の短い時間で、経営者6人のママ友たちが自ら、意識を改革する必要性に目覚めてくれた。私はその成果に感動して目が潤んできた。

 このように、店のオペレーションなど方法の改革を実現するには、意識の改革を同時に進める必要がある。しかし、他人に意識改革を促すのは非常に難しい。だから、普通の経営者は、社員の意識改革は必要と考えつつも、意識改革は難しいので言及は避けて、方法の改革だけを説明するに止まる。結果、方法の改革は実現しない。

 なぜ、私はママ友たちに意識改革の必要性を気がついてもらえたのだろうか?

 私が推測するに、お客さまを2種類に分類して、店との関係が濃い常連客には、経営者が自分の個人用メールアドレスや電話番号を開示して、個人的・友人的に対応すべきという話が効いたのだと思う。

 このように、お客さまを「分類する、えこひいきする」経営は、成功への必須条件である。 会議の後半は、店との関係が濃い常連客との対応を例に、ママ友6人の皆が、経営者らしく考えて、経営者らしく行動する重要性を説くことになる。私はこの話から始めることにした。


「会議後半のここからは、お客さまを2種類に分類して、店との関係が濃い常連客には、経営者が自分の個人用メールアドレスや電話番号を開示して、個人的・友人的に対応すべきという話です。これは、お客さまを分類する経営、えこひいきする経営、とも言えます。お客さまを、えこひいきする経営を理解するのに、京都の老舗お菓子屋の逸話がわかりやすい。この老舗お菓子屋では、常連客の来店に備えて、常連客が注文するであろう商品を一見客には売らずにショーウインドーの中に残しておく。一見客は「ショーウインドーの中に商品があるのだから、それを俺に売れ」とクレームをつける。しかし、店側は断固として応じない。その後、店側の予想どおりに常連客が来店して、ショーウインドーの中を眺めて、その商品を購入する。

 この逸話を聞いて、嫌われる勇気が無い経営者は次のように考える。つまり、常連客が注文するであろう商品は、ショーウインドーの中には置かず、一見客の目に触れない店の奥に隠しておけばいい、と考える。この対応は、云わば、不自然で特別な対応、といえる。

 では、常連客はこの不自然で特別な対応をされて喜ぶでしょうか? 特別な対応だから、喜ぶ常連客もいるかもしれないが、不自然で特別な対応だから、負担に感じてしまう常連客もいるでしょう。この一話で注目すべき点は、どちらが正解かは一概には決まらない、というところにあります。京都の老舗お菓子屋の例では常連客は後者なのでしょう。要は、自分の常連客が望む接客対応を、経営者は自分で考えて行動することが求められます。

 では、どのように自分で考えるか? ある常連客という人間が、どちらの対応を好むかは、論理的に考えても正解に辿り着ける訳ではない。人間対人間の接客は、論理的よりも感情的に考える、体感的に察する方が正解に辿り着ける可能性は高い。

 この人間対人間の接客を、どのように考えて対応するか、という能力は一般的に、男性よりも女性の方が高く、経験が浅い若者よりも経験知が高い年配者の方が高い。

 ここに、皆さん6人のママ友が経営者である大きなメリットがあります」


 私が最後に説明した部分に、雅恵さんが次のように反応した。

「私たち三十路を過ぎた6人は素敵な経験を重ねた熟女だから、お客さまに応じて素晴らしい接客ができる、ってことですよね?」


「雅恵さんは、いつも男の私が少し言いにくい話を、わかりやすく言語化してくれるので、すごく助かります。男の私が言語化すると、ここにいる経営者7人が、大切な常連客や取引相手と自分で判断した人には、自分の連絡先を教えて、自分が望む良い関係を自分で築く、という論理的な話になりやすい。そんなとき、雅恵さんのような言語対応力が高い人が協働経営者に居ると、本当に助かるし、私なんかとは違うタイプの常連客を連れてきてくれるであろうと、すごく期待できます。つまり、ここにいる経営者7人の接客は、同一である必要性は無くて、それぞれが自分の個性を活かす、自分らしく接客する、楽しく働く。この理念を実現するためにも、皆さん6人が月曜日から土曜日まで交代で店長になる、日替わり店長制度を導入しています」

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