第26話 起業など新しい事を起こすと必批判される~嫌われる勇気をもて 

 安西さんと対談した翌日の午後から、私のスマホは電話とメールの着信音が鳴りっぱなし状態に陥った。かかってきた電話の全てと知らない人からのメールは後回しにして、知っている人からのメールから見てみる。


 皆のメール内容は、ほぼ同じで「ヤッホー・トピックスで、子育てカフェを起業したニュースを見たよ。応援したいから、このニュースをツイッター等SNSで拡散しておくね(前者)」と「ツイッターのトレンド上位に、子育てカフェと、山口亮がベストテンに入っている(後者)」である。


 私のスマホが電話とメールの着信音が鳴りっぱなし状態に陥った理由は、次のように推測できる。


 ヤッホー・トピックスに掲載されて、多くの人がトピックスをクリックして、私と安西さんの対談記事を読む。対談記事を読んだ人がツイッター等SNSで拡散して、この記事が更に読まれる。対談記事は、子育てカフェのホームページへリンクしている。子育てカフェの連絡先として、代表である私のスマホの電話番号とメールアドレスが掲載されている。私へ何か伝えたい人が次から次へ連絡してくる。


 子育てカフェの営業が終わった18時過ぎから、知らない人からのメールと電話にも対応し始めた。予想どおり、新聞テレビで何回も繰り返し報道が続いたときの反響の内容と、ほぼ同じである。つまり、顧客からの問い合わせも少なくないが、視察・取材・講演の依頼が圧倒的に多い。


 視察・取材・講演の依頼が山ほど舞い込む「電話とメールの着信音が鳴りっぱなし状態」つまり「有名人な状態」は、世間から必要とされる証として、嬉しい悲鳴なのかもしれない。


 有名人な状態は、本当の有名人であれば、秘書が何人かいて、電話やメールには秘書が対応・管理してくれる。しかし、私のように一般人が突然に話題の人になった場合、着信音が鳴りっぱなし状態では、何もすることできない。もらった電話・メールさえ、過半は放置せざるをえない。

 電話とメールの着信音が鳴りっぱなし状態は、いつまで続くのだろうか。そんな不安を抱えながら、忙しい1日を終えた。


 翌日も、お昼前ころから「電話とメールの着信音が鳴りっぱなし状態」になった。更に、子育てカフェの店内に入りきれないお客様の行列が店前に発生した。


 私は今、どう行動すればよいか、悩んでも答えは見つからない。着信音の鳴りっぱなし状態が昨日から続き、私の心身はかなり疲弊している。ノイローゼって、このような心理状況のことなのかもしれない。


 ふと、2日前に安西さんが「何か困ったことができたら、いつでも何でも遠慮なく俺に相談してよ」と言ってくれた言葉を思いつく。私は安西さんへ次のような主旨のメールを送った。


 ヤッホー・トピックスに私たちの対談が掲載された昨日の午後から今日の昼まで、私のスマホは電話とメールの着信音が鳴りっぱなし状態です。大切な事が何もできず、少しノイローゼ気味です。もし今後の対談や出版の後も、電話とメールの着信音が鳴りっぱなし状態になるなら、対談と出版は怖いので中止にしたいです。安西さんも電話とメールの着信音が鳴りっぱなし状態なのでしょうか? その状況や対応策など助言を頂けると幸いです。


 安西さんから30分後に次のようなメールの返事がきた。


 山口さんの電話とメールの着信音が鳴りっぱなし状態に陥った原因と責任は全て、ヤッホー・トピックス掲載を仕掛けた自分にある。誠に申し訳ない。俺への電話とメールは、ヤッホー・トピックス掲載後、少し増えた程度。俺と山口さんへの電話とメールを受ける量の差は、2つ理由があると思う。まず、俺より山口さんの方が話題性も新規性も高いから。つまり、俺は過去の人。山口さんは今をときめく未来の人。次の理由は、俺は不要な電話やメールが来ないように、連絡先を公開していない。山口さんは公開しているようですね。山口さんが今日の18時から時間があるなら、子育てカフェへ行くから、今後の対応を2人で決めよう。約束どおり、お酒と食べ物は自分が持って行くので、山口さんは何も準備しなくて結構です。


 安西さんは時間どおり18時に子育てカフェへ来てくれた。安西が持ってきてくれたビールとオードブルを食べながら、私は昨日から今日の今まで「電話とメールの着信音が鳴りっぱなし状態」と、この状態に陥った理由の推測を伝えた。安西さんは、この原因と責任は全て、自分にある、と謝罪した後、かばんから2冊の本を取り出した。


 著者は2冊とも、ホラえもん、こと洞江芳文さん、という有名人である。本の題名は1冊が「電話してくる人とは、仕事をするな」という、かなり刺激的なタイトルである。もう1冊は「嫌われる勇気」である。


 安西さんは2冊の表紙を私へ見せながら、次のように話し始めた。

「ホラえもんのこの2冊は、いずれも1年以内に発売されてベストセラーになったけど、読みましたか?」


「ホラえもんの名前だけは知っていますが、彼の逮捕された経歴が好きではなく、彼が逮捕後に刊行した本は読んでいません」


「ホラえもんは、熱狂的なファンが多い一方で、山口さんのように毛嫌いするアンチ・ファンも少なくない。これが有名人の実像です。

 ホラえもんは少し極端な例だけど、起業など何か事を起こして有名人になると、応援してくれるファンと、嫌って批判するアンチ・ファンの両方が生まれる。ここから、起業家は嫌われる勇気が絶対に必要、と彼は主張する。私も、アンチ・ファンが多いので、嫌われる勇気という本を読んで、心が随分と楽になったんだ。山口さんは、まだアンチ・ファンはいないと思う。

 でも、今後グランドオープンを迎えたり、新聞テレビで紹介される回数が増えたり、本を出版したりすると、アンチ・ファンが必ず生まれます。批判されます。理由もなく誹謗中傷されることもあるでしょう。

 山口さんのように、急に有名人になった人の多くは、嫌われることに耐えられなくて、起業など起こした事を続けられなくなってしまう。そんな悲劇を避ける心の持ち方として、嫌われる勇気、が絶対に必要です。これが俺からの1つ目の少し先を見据えたアドバイスです。ここまでの話で質問が無ければ、今の山口さんに直ぐ必要な2つ目のアドバイスに移ります。2つのアドバイスは密接に関係するので、1つ目の少し先を見据えたアドバイスを肝に銘じた上で、2つ目のアドバイスを聞いてください」


「はい、わかりました。1つ目の少し先を見据えたアドバイスは心の奥に留めておきます。今の私に直ぐ必要な2つ目のアドバイスは詳しく説明して下さい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る