第22話 女性だけで起業した店に、取材と顧客が殺到

 江東区と角紅には、子育てカフェ角紅のプレオープン日である3月1日の前日に、マスコミ向けへプレスリリースを行ってもらうことにした。プレスリリースには、子育てカフェの経営理念、まちづくりに貢献できる価値、協働による経営方法、プレオープン日の告示を盛り込んでもらった。


 プレオープン日は朝から早速、プレスリリースを見たマスコミ各社から立て続けに、取材させてほしい、という依頼が舞い込んだ。プレオープン日の午後からの数日間、私たち子育てカフェ角紅のスタッフは、マスコミからの取材対応に追われた。


 プレオープンの目的の一つに、知り合いを顧客に見たてて、店舗の運営とオペレーションを確認・練習することがある。プレオープン日から1週間ほどは、ママ友6人の経営者が友人家族など知り合いを特に多く招いている。だから、マスコミの取材が集中したプレオープン日から数日間、店内は大勢の顧客で賑わう。また、ママ友6人の知り合いである顧客は、知り合いであるママ友6人の起業を心から祝福し、店内は笑顔と活気に満ち溢れていた。


 大勢の顧客が笑顔で寛ぐ子育てカフェ店内の画像や動画が、新聞テレビで何回も繰り返し報道された影響・効果は、想像以上に凄まじかった。

 新聞テレビで何回も繰り返し報道された影響・効果は多く、主に5つある。


 第一に、視察の依頼。マスコミ報道後から僅か1週間で、視察したい、という依頼が数十件に及んだ。視察の依頼者は、自治体職員、地方議員など政治家、カフェなど飲食店関係者など多岐にわたる。視察の依頼に最初の数件は、日時を決めて、丁寧に個別対応していた。しかし、視察の件数が数十件に及ぶと、個別には対応しきれない。また、視察だけで飲食してくれないと、店は経営的に困る。この状況を丁寧に伝えて「お客さまとして御来店ください。来店時に、手が空いているスタッフがいれば対応します」という対応へ変更した。


 第二に、顧客からの問い合わせ・要望。例えば「来店したいが何時が空いているか、予約できるか、春休みに来店したいがグランドオープン日はいつか」など、顧客からの問い合わせ・要望も数十件に及んだ。このような問い合わせ・要望が、店舗の運営とオペレーションの確認に活かされる。


 第三に、マスコミ各社から、さらなる取材の依頼。プレスリリースを見ていない雑誌などのマスコミ各社から、さらなる取材の依頼も数十件に及んだ。これらの取材が報道されると、影響・効果はさらに加速する。


 第四に、子育てカフェで開催するプログラムの講師になりたい、という要望。この要望には内容を聞いた上で、まずは1回、試にやってもらう方向で面談をして決める。子育てカフェはママ友6人の経営者が、月曜日から土曜日の6日間に交代で週1日、店長になる。週に2日はサブに入る「女性を活かす新しい働き方改革」を実践している。


 第五に、子育てカフェの代表を務める私へ講演やセミナー講師の依頼。私はこれに最も驚いた。依頼の数が多く、依頼先へ出向く移動に時間を多く奪われることも悩ましい。しかも、講師として話してほしい、と言われる内容が多岐にわたり、準備に割く時間も多い。だから、依頼の全てを受ける訳にはいかない。しかし、依頼を受けると、講師料を貰える。講師料を、子育てカフェの財源に回せば、店の経営は一気に楽になる。


 講演依頼の内容は次のとおり、大きく5つの分野に分けることができる。

 1.女性を活かす新しい働き方改革。女性の部下をマネジメントする方法。

 2.子育て支援の政策を成功させる方法。

 3.空き家を改修して店舗に転用する方法と効果。

 4.役所や大企業との連携による、まちづくり。

 5.イクメンになる方法。


 5つの分野は、現在の重要な政策のキーワードが含まれている。今、最も解決すべき社会的な課題、とも言える。事実、私への講演依頼は、私たちの取り組み事例を踏まえて、課題解決のヒントを話してほしい、と言われる。


 5つの分野のうち、1から4の分野については、江東区と角紅が情報発信を行ったプレスリリースに含まれている。だから私は、講演依頼を受けることを、想定できる。だから私は、子育てカフェの理念や実状について、自信をもって話をすることができる。


 しかし、5のイクメンは、プレスリリースに含まれていない。プレスリリースを見て取材に来たマスコミの一部が、私を取材してみて「私が理想的なイクメンだから、子育て支援や女性活用ができる」と解釈して、このようなストーリー性のある記事を書いた。その記事が話題になり、マスコミ他社が同じような記事を書く。その繰り返しで、講演依頼の件数は5つの分野のうち、イクメンになる方法が最も多い。


 私がイクメンとして講演依頼を受けることは、想定外であり、驚きですらある。

 なぜなら、私は実生活において、イクメンとは程遠い、からである。例えば、長男の健から、パパと呼んでもらえない、ことに悩んでいる。イクメンとは程遠い実生活にも関わらず、講演依頼の件数は、イクメンになる方法が最も多いから、驚きの度合いは更に増す。


 つまり、現実の世界ではイクメンとは程遠い私が、マスコミが描いたストーリーに則り、理想的なイクメンとして、講演依頼を数多く受ける、というギャップの大きさに、驚いている。理想と現実は違うから、自信をもって話すことは難しい。

 だから、イクメンとして私へ依頼される講演は、全て断ることにしていた。しかし、そうはいかなった。

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