【短編集】ちゃんぽん

奥森 蛍

【レシピ】王のレシピ

 古代ローマの遺跡から王の食べたレシピの石板が見つかった。見つけたのは研究者ジョバンニ=フィオーレ。彼はそれを大事そうに研究室へと持ち帰った。


「これは当時の王がどんな食生活をしていたか分かる貴重な資料だ。解読した暁にはレシピを再現しよう」


 ジョバンニの言葉に同僚のマルコが是と頷く。


「大変な話題になることは間違いないな」

「美味しければ企業とタイアップして商品化することも考えよう。そうすれば研究費用の足しになる」


 日頃研究費に悩んでいたジョバンニの顔は上機嫌でほくほくとしている。


「知り合いに料理研究家がいる。彼女は優秀だ。見事にレシピを再現してくれることだろう」


 マルコの提案にジョバンニは意気込む。


「早速解読に取りかからないとな」



 後日、ジョバンニとマルコの二人はジョバンニの自宅で料理研究家の到着を待っていた。やってきたのはラウラという溌溂とした三十代の女性だった。


「これがレシピね」


 ジョバンニが紙に書きだしたレシピを食い入るように見つめる。そしてフーッと一息ついた。


「このレシピはこれまでのイタリア料理の常識を覆すものだわ。作ってみる価値はあるかもしれない」

「アレンジせずにそのままを作って欲しいんです」


 ジョバンニの注文にラウラは笑んで答える。


「分かったわ、極力そういたしましょう」


 早速、彼女は調理に取りかかった。





 試行錯誤の末、出来た料理を見て三人は息をのむ。これが王の食べたレシピなのか。斬新かつセンセーショナル。こんなイタリア料理があったというのか。

 皿に盛り分け、祈りをささげたあと試食する。一口食べたジョバンニが顔を歪めた。


「これがイタリア料理? 何かの間違いじゃないか?」

「レシピは忠実に再現したわ。王はこれを食べていたのよ」とやはりしかめっ面のラウラ。

「これじゃ商品化は無理だな。イタリア人の口には合わない」

 

マルコもまた三口ほど食べてフォークを止めた。


 口直しにと三人は料理を残し、バーへとやってきた。

 バーは混み合ってアジア系の観光客との相席を頼まれた。コミュニケーションの取り方が分からずどうしようと様子を窺っていると向こうから気さくに話しかけてきた。


「私は日本人のコックです。普段東京でイタリアンレストランを経営しています」


 どうやらイタリア語が堪能らしい。


「お上手なんですね」


 マルコの言葉にコックが笑う。


「以前、修行でこちらに二年程いましたから。今回は久しぶりに新しいイタリアの味を研究しにやって来ました」


 イタリアの味と聞いてラウラはポケットを探った。あった、さっきのメモ。それを見てジョバンニがハッとする。


「実は私は考古学者でして」

「ほう」

「この度古代ローマの遺跡から王のレシピを発掘したんです」

「王のレシピ?」

「それで先ほどまで三人でレシピの再現に取り組んでいたのですが、どうにも我々イタリア人の口には合わなくて」


 ジョバンニはラウラからメモを預かり日本人に差し出す。


「よろしければこのメニューを差しあげます」

「いいんですか? そんな大事なもの」

「正直あまり美味しくなかったので。原本は石板がありますから大丈夫です」

「分かりました一度作ってみますね」


 こうして王のレシピは海を越えて日本に伝わった。





 後日、都内某イタリアンレストランにて――


「腹減った。何注文しようかな」

「あと三件回らなきゃいけませんからね。きついっす」

「そうだな。あ、今日はオレがおごるぞ。この間のお礼だ」

「マジっすか? じゃあ、一番高いものを……ん? 王のレシピ?」

「王のレシピ?」


 二人は目を止めた。ウェイターを捕まえて問うてみる。


「王のレシピって何ですか?」

「店主がイタリア研修から持ち帰った古代ローマの王が食べたと言われているレシピです」

「へえ、じゃあそれを頼もうかな」

「おれも」

「じゃあ、それを二つ」

「畏まりました」


 十五分後、王のレシピが運ばれてきた。


「パスタだったのか? さすがイタリア、いい匂いだな」

「いただきまーす!」


 二人はフォークで掻きこむ。トマトケチャップが良く絡みソーセージがアクセントになっている。


「ウマっ!」

「美味いなあ」

「会社の皆にも教えないとっすね」

「そうだな!」


 味は評判になり周囲の料理店もそれを次々に真似し始める。

 提供した店はどこも大盛況。

 こうして、王のレシピは紆余曲折を経て『ナポリタン』として世に広まった。

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