第13話

ここで練習するようになって何日か経った。

相変わらず思いっきり走らせてはもらえないんだけどね。

体を洗ってもらって部屋に戻ると、フィスさんが必ず声をかけてくれる。

「おかえりなさい。今日もいっぱい走ったみたいだねぇ。いいねぇ若いって」

フィスさんはお部屋を遠くに移されてしまったけど、足音で誰が戻ってきたかわかるみたい。

「はい、もうどこも痛くないし、問題ないです」

そう答えて、用意してある牧草をつまむ。

ご飯の時間まではもう少しあるみたいだけど、なんだかお腹が空いてきた。

「食欲もだいぶ出てきたねぇ。いいことだよぉ」

厩舎の奥から、クロちゃんが声を掛けてくれる。

クロちゃんはわたしの部屋の前にちょこんと座る。

もちろん、お尻の下にはルーサン。あとでわたしか誰かの部屋に配られるやつ。

気にしたところで、味が変わるわけじゃないからね。


しばらくの間、クロちゃんとお話する。

ほとんど他愛もない話ばかり。でも、それが嬉しい。

こうしておしゃべりしてる間は早く戻らなきゃって思わずにいられるから。

「そうそう、お客さんの先生、今日来てるみたいだよ。さっきお客さんが走ってるとこ見てたから」

……えっ!?

「ご飯時にこっちに来るんじゃないかな。久しぶりにお話したらいいよぉ」

クロちゃんはそう言うと、奥の方に戻っていった。


しばらくしてご飯が運ばれてくる。

味わって食べてたら、先生がやってきた。

先生が来て嬉しかったけど、ご飯が先。

だから先生の顔はあんまり見られなかった。

見たところで、先生にわたしが何言ってるかは伝わらないし……。

そうしてるうちに、先生は行ってしまった。



それから何日か経って、小林から迎えの車が来るって聞いた。

早く戻りたいとは思ってたけど、クロちゃんやフィスさんと仲良くなったし。

なんか寂しいかも。

でも、小林に戻ったほうがいっぱい走れるし、わたしの居場所だもんね。

だから、戻らなくちゃ。

先生も待ってるだろうし。


小林に戻る日が来た。

支度をしてもらって、馬房を出る。

「おや、もうお帰りかい?頑張って来るんだよぉ」

フィスさんが声を掛けてくれる。

「ありがとうございました。頑張って来ます」

そう言って頭を下げる。

「戻っちゃうんだねぇ。なんか寂しくなるねぇ」

クロちゃんも出てきた。

「ずっとここにお世話になるわけにもいきませんし、戻らなくちゃです」

「そうだよねぇ。またいつでも遊びに来ていいからねぇ」

わたしが行き先決められるわけじゃないんだけどな。

「はい、また来られるようにがんばります」

そう言うと、クロちゃんもフィスさんもびっくりしたような顔をした。

あれ、変なこと言ったかな?

「あはは、ここは頑張れなくなったら来るところだからねぇ。まずは思いっきり頑張って来るんだよぉ」

「そうそう、お客さんはまだ若いんだからうんと頑張ってねぇ」

ふたりにそう言われてたら、車に乗る時間。

「ありがとうございました」

ふたりにお礼を言って車に乗る。

そうして、車が動き出した。


今度は勝ってここに来られたらいいな。

そうしたら、フィスさんやクロちゃんにお土産話ができるから。

そうなれるように、頑張らなきゃな……。

遠くなる育成場を見ながら、そう思った。


今度こそ。

絶対勝ってやるんだ。

あのいけすかない奴にも負けないし、他の連中にも負けない。

絶対に強くなって、絶対に勝ってやるんだから……。

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