第10話

レースでわたしが先頭を走ってる。

後ろはずいぶん離れてる。

「やっぱわたしが一番速いんだもんねー」

そんな事を考えながら走ってると、急に脚が動かなくなった。

「ちょっとー!なんで動かないのよ!!」

こうは言っても脚が全然動かなくて。

どんどん追い抜かれてぶっちぎりのビリッケツ。

「なんでよ!!どうしてよー!!」

大きな声で叫んだ。


……自分の声で目が覚めた。

なんだか眠ってしまってたみたい。

昨日、初めてレースで走った。

わたしが一番速いって思ってたのに。


……ああもう、思い出しただけで悔しい。

もっと頑張らなくちゃなあ。

とりあえずお水でも飲もう。

今日は練習ないって聞いてたし、のんびり出来るかな。

そう思って首を伸ばしたら……。


あれ!?

身体が思うように動かない。

しかも動かしたとこ全部痛いし!

なんとかお水は飲めたけど、背中も腰も脚も全部痛い。

なんなのよ、もう!


「ねーねー、その牧草食べないならちょうだいよー」

向かいで栗毛の仔がのんきな声で言う。

「ちょっと今それどころじゃ……あいたたた」

首を伸ばしたら伸ばしただけ痛いし、少し部屋の中を動いただけであちこち痛む。

どうなってんのよ、これ。

「レース走った後ってあちこち痛いよねー。牧草どころじゃないよねー」

栗毛の仔もやっとわたしの具合に気づいたみたい。

「そうみたいね……。もう、自分の身体じゃないみたい」

これだけ言うのがやっとな感じ。

「それなら牧草は食べられないよねー。ボクにちょうだいよー」

……蹴飛ばしていい?


そうこうしてるうちに厩務員さんがやってきた。

でも、わたしを見て驚いた顔をして、すぐにどこかに行ってしまう。

わたしが困ってるの、気づいたかな。

「……ん。ファニーどうかしたか?」

隣の部屋でグレイシーさんも気づいたみたい。

「体中痛くて……。少し動くだけでも大変なんですよぅ」

「ああ、体中コズミが出ちまったのか。そりゃあ大変だ」

コズミ?なんだろう。

「筋肉が固くなって痛くなるのがコズミさ。たぶん頑張りすぎたんだろ?」

「ええ、そうみたいです……いたた」

頷くだけでも痛い。

あんまりあちこち痛むんで、かえっておかしくなって来た。

「その分だとしばらく練習には出られんなあ。もしかしたら放牧かもな」

え?

「放牧……って?」

「ここじゃない、どこか他のとこに行くんだよ。それで一休みして戻ってくるんだ。ヤンチャが今その状態さ」

「ああ……」

ここからどこか行くのはなんか嫌だなあ。

とはいえ、今のままじゃ部屋から出るのも大変そう。

「まあ、放牧となったらしっかり休んで来るしかないよな。休むのも大事なことだぞ」

「はい。……ですよね」

練習大好きだし走るのも大好きだけど、それだけじゃダメってことだよね。

今は休まなきゃなんにも出来ないもの。

放牧になるならきちんと休んで来なくちゃね。


……でも、悔しいなぁ……。


少ししたら、厩務員さんが戻ってきた。

わたしにお出かけの支度をしてくれる。

どうやら、放牧みたい。

「おや、ファニーも放牧かい?元気になって帰ってくるんだよ」

厩舎の奥から猫さんの声がした。

「はい、そうみたいです」

「あんたもがっかりだろうけど、先生が一番ガックリ来てるのさぁ。元気になって戻ってきたら、先生も元気出るんじゃないかい」

「そうですか。じゃあ早く戻れるようにしますね」

そんなことを言ってるうちに支度が出来た。

厩務員さんに曳かれて部屋から出る。

「いってらっしゃーい。お土産よろしくねー」

栗毛の仔がこう言ってくれる。

お土産って、なにか持ってこれるモノあるのかな。

行き先もわからないから、なんとも言えないけど。


そうして車に載せられて、わたしは厩舎を後にした。

どこに行くかはわからないし、どんなことをするかもわからない。

厩務員さんに聞いても教えてもらえなかったし。

わたしの言葉が人間にもわかったらなあ……。


車の窓から見える景色は雨降りみたいな色してる。

正直不安しかないけど、痛いのが取れたらいいなとは思った。

だって、このまま走れなかったら嫌だもん。

絶対、走れるようになって戻るんだから……。



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