試し書き中(題名未決)

影宮

第1話

 ずっとパソコンと睨めっこ、と思えば今度は書類から手を離さない。

 いつ食べて、いつ寝て、いつ帰っているのかも、謎。

 黒髪オールバックな彼は、自称23歳で実年齢は明かされない、スーツ以外の服装を誰も見たことがないくらいの、所謂社畜。

 給料の出ない仕事、頼まれ事は借りがない限りはしない。

 有給取って副業して、残業は毎日で、この人ちゃんと休んでる?って誰しもが思って、社畜の中だと絶対休まない人間一位獲得してるよね。

 常に無表情なのに誰かと会話する時だけは笑みを小さく浮かべる。

 誘いの連絡は受け取らないのに、仕事の連絡だけは秒で返事する。

「仕事終わった?」

「終わってたら俺様死んでるよ。」

 この人はこういう性格だ。

『暇が嫌い』『仕事が趣味』っていう。

 仕事が好きかって聞いたら、『好きでしてると思う?俺様が好きなのはお給料。』って答える。

 副業がなんなのかも教えてはくれない。

「いつ、帰ってるんです?」

「風呂に入って着替える為に一応一時間は帰るかなぁ。」

 最低限会社から出ないそうです。

 そんな彼が、会社からその一時間離れた隙でした。

 彼が会社に来ることはなくなりました。

 彼がいた事によって塞がっていた様々な会社の穴が、浮かび上がり彼に支えられていたことが、当たり前でないことを思い知らされていく日々。

 彼の行方は数日間、不明で彼には家族も居なかったこと等が今更に明かされてきた。

 彼の死体が発見されたのは、人気のない路地裏で窒息死。

 つまり、何者かによって首を締められ死亡したと、ニュースで報道された。

 彼が何事にも優秀で、頭の良いことがよくわかる。

 彼の死体が発見されてから犯人特定に繋がるまでたった一日。

 彼は犯人が誰であるかをちゃんと片手に握り締めていた。

 首を締められながらも、きっと頭は冷静だったんだなと思う。

 死ぬ、と。

 生きて会社に戻ることが出来ない、と察したんだと思う。

 だから、せめて犯人をそのまま逃すつもりはなかったと。

 犯人の逮捕はその翌日のことで、これもまたニュースで報道。

 彼の人生は、半分勉強、半分仕事で完結してしまった。

 明らかになった彼の謎。

 それは彼の口からではなく、他者の口からだった。

 彼実年齢は22歳であったこと。

 血液型はO型で、誕生日は9月4日のおとめ座。

 それから、副業は純喫茶店の従業員。

 それも、会社員にも常連がいるような私でも知っているし行っている喫茶店だった。

 それでも、彼がそこで働いている姿を見たことが無かった。

 誰一人として。

 その理由は単純に時間的にも会わないのではなく、彼がオールバックではなく、また眼鏡をしていたから。

 彼からすれば私たちが喫茶店に訪れているのを見慣れており、さらに私たちからすれば彼を彼だと認識していなかった。

 一方的だった謎はこれだった。

 声も姿も服装も変えられた彼を、彼だと気付けた会社員は誰一人いなかった。

 そして彼もわざと、それを明かさなかった。

 きっとこれは、喫茶店の中ではただの客と店員という関係を守りたかったからだ。

 その関係を守ることによって、会社も喫茶店にも仕事に支障を出さない些細な意識。

 喫茶店では彼は22歳と言っていたらしい。

 もしかしたら、彼の素顔は喫茶店にあったのかもしれない。

 彼は、嘘つきだった。

 そして、完璧だった。

 ただ、彼は最期の給料を受け取れないまま。

 社長は彼のことを考え、給料と称して彼の墓に供えたそうな。

 何を供えたのかまでは、私は知ることは出来なかった。

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