けものフレンズ True Explorer ~旅の始まり~

フタキバ

約束、願い、出会い

 暗い部屋の中、膝を抱えながら目を滑らせて見えるのは私とあの人、飼育員さんが居た思い出だけが残る部屋。ずっと、どれだけ時間が流れても変わらない、動かない物と暗い闇だけが閉じ込められた私の約束の場所。

 悲しそうな目をして、私の頭を優しく撫でながら「ここで待っていて、必ず迎えに来るから」と言って、飼育員さんはこの部屋を出て行った。……一時間が経って、一日が経って、一週間が経って一か月が経って一年が経って。もう、待ち続ける時間を数えるのに疲れてしまって止めてしまっても、飼育員さんは帰ってくる事は無い。

 けれど、約束をしたから私は待っている。人と、飼育員さんとした大切な約束を破りたくないから。それが私の本能。イエイヌという、人と暮らす事に喜びを感じるフレンズの性質。だから私はこれまでも、そして……これからもずっと、ずっとここで約束をした飼育員さんを待っている。いつか、いつかきっと、迎えに来てくれると信じて……。

 不意に、部屋の外に気配を感じた。……きっと、いつものラッキービーストさんだ。いつも無言で部屋の前に食べ物、ジャパリまんを置いて何処かに行ってしまう不思議な動物。飼育員さんは、パークとフレンズの管理補助ユニット……難しくてよく分からないけど、確かそんな風に呼んでいた気がする。

 この部屋を離れられない私にとって、ラッキービーストさんが持ってきてくれる食べ物だけが命を繋いでくれていた。けど、食べて思い出すのはいつも飼育員さんが作ってくれたご飯の事ばかり。静かに部屋の扉を開けて拾い上げたジャパリまんを口に含んでも、あまり美味しく感じないし、涙が溢れて来る。飼育員さんの事を思い出す度に寂しい、悲しい、会いたいって気持ちで胸がいっぱいになる。

 そんな気持ちが辛くて、折角持ってきてくれたジャパリまんを食べない日も少なくない。……今日も、あまり食べたい気持ちにならないな。

 そう思いながら顔を伏せて、部屋の中の静けさに身を預ける。何も聞かず、何も見ないで静かにしていれば、少なくともその間だけは、何も考えないでいられるから……。


「……ぁぁぁぁぁ!」

「……え?」


 これって……声? おかしい、ラッキービーストさんは鳴いたりしない。ただ静かに部屋の前に来てジャパリまんを置いていくだけ。でも声がするって事は……ラッキービーストさんじゃ、ない?


「たわばぁぁぁ!?」

「え、ひゃぁぁぁぁ!?」


 物凄い音と共に何かが部屋に飛び込んできて、自分でもびっくりするくらい久しぶりに思わず声が出た。というか……部屋の壁、あ、穴開いてる……。


「いっっっつー! あのセルリアン良いパンチ……パンチなのかあれ? とにかく良い一撃くれてくれんじゃん!」

「あ、あぅ、あ……」

「ん? なんだここ? ほぇー、こんなとこにこんな綺麗に残ってるとこあったんだ! うわ、あたしが吹っ飛んできた所為で壁壊しちゃったなー。……あれ?」


 部屋に居た私の存在に気付いたのか、部屋に飛び込んできた何か、もとい誰かと私は目が合った。暗い所為でどんな姿かまでは、はっきりとは分からないけど。


「おわー!? だ、誰か居る!?」

「ほわぁぁぁぁ!?」

「って、あ、あぁごめんごめん。こんなとこにフレンズが居るなんて思ってなくて。驚かせちゃったね」

「あ、あぅえと、わ、私も驚いて、ごめんなさい」


 聞いた声の感じ、怖い人やフレンズじゃないみたい……かな?


「にしても驚いたなー、偶然見つけて入ってみたボロボロの建物にフレンズが居たなんて。驚き驚き」

「ボロボロの、建物? 違います、ここは飼育員詰所……の飼育員の私室、です」

「……え、えーっと? 何? しいくチホーとか言うのこの辺?」


 ……言葉が分かってない? って事は、フレンズさんで決まり、かな? 私は飼育員さんに教わって人の言葉もなんとか分かるけど、他のフレンズさんには教えちゃいけない決まりになってるって飼育員さん言ってたし。


「えっと、地方としては温暖地方って言います。温かくて穏やかで、あまり厳しい環境に適さないフレンズさんでも過ごし易いところ、です」

「おんだんチホーね。難しいところはよく分かんないけど、あったかくて気持ち良いところなのは、ここ入る前がそうだったから分かる。うーん、全然知らないところまで来てたのか。なるほどなるほど」


 知らないところまで来た? このフレンズさん、元々温暖地方に居るフレンズさんじゃ……ない? そんな、確かフレンズさんの他地方への移動って制限されてる筈なのに、どうして?

 考えてる間に、隣の部屋から物を壊しながらこっちへ向かってるような音が聞こえて来た。このフレンズさん以外に、何かがこの詰所に入ってきてる?


「って、のんびり話してる場合じゃなかった! 不味いなぁ、ここで迎え撃つしかないかな」

「ま、待って下さい! この部屋、とても大事な場所なんです! これ以上壊されたくないんです!」

「え、そうなの!? うわ、だったら早く出なきゃ! あのセルリアンが来て暴れたらここ保たないよ!」


 セルリアン? って確か、フレンズを襲う謎の怪物だった筈。けど、建物を壊したり出来る程の力は無い筈なんだけど……。

 それに、この部屋を出る……けど、私には約束が……。


「ほらほら! 急いで急いで!」

「あ、わわわ!?」


 手を取られてそのまま走り出す事になっちゃった。けど、あの部屋を壊されたくなかったし……仕方ない、かな。


「えっと、確かあっちから来たからセルリアンもあっちに居るだろうし……どっちに行けばいいんだろ?」

「あ、えっと、この地下通路は時々行き止まりはあるけど基本はぐるっと回れる形なんで、反対側に行けば上への階段に行ける筈です」

「そうなんだ! さっき殴られた時は行き止まりに入っちゃったからなー、ここに詳しいフレンズなんだね、助かる助かる!」

「ここだけ、ですけどね……ん? あれは……」


 隣の部屋の扉がゆっくり倒れて、何か……出て来た。黒い一つ目に赤いゼリーみたいな体の、怪物!?


「やっば、あのセルリアンまだあたしを狙ってんのか! 急いで外まで出るよ!」

「せ、セルリアン!? セルリアンってもっと小さくて青いのなんじゃないんですか!? あんな通路いっぱいに大きいなんて聞いた事無いですよ!?」

「その青くて小さいのは一番弱い奴! って、あなたセルリアンに色々居るの知らないの?」

「し、知らないですぅ!」


 こ、このフレンズさんよく走りながら普通に喋れるな……走るのが得意な動物なのかな? なんて考えてる暇は無いや。転ばないように足を動かさなきゃ。

 音でそのまま私達を追ってきてるのは分かったし、どうやら他には居ないみたいだからそのまま一階への階段へ。けどまさか、そんな……。


「部屋の外が、こんなに荒れてるなんて……」

「へ? 知らなかったの!? あなた、一体何時からここに居るの!?」

「……もう、数え切れないくらい、ずっとあの部屋に居たんです。ずっと、約束だったから」

「約束? っと、気になるけど話は後だね。それなら久々の、外だよ!」


 外の、明かり……ずっと、ずっと見てない、太陽の明かり……詰所の電気が消えてから、ずっと見てなかった光……!

 そのまま飛び出すと、眩し過ぎて目が眩んで開けられなくなった。けど、明るい、風が吹いてる。私……外に居るんだ。


「うわ、忘れてた!?」

「わぷっ!?」


 ……そのままの勢いで、冷たい物の中に飛び込む事になった。この感じには覚えがある。これは、水の中だ。

 思い出すと確か、詰所の裏には怪我をしたりで保護した水棲のフレンズさんを休ませる為に池があったと思う。これは多分、それに飛び込んだのかな? だとしたら私達は裏口から外に飛び出したみたいかな。

 悠長に考えてる場合じゃない。息が切れる前に水から出なきゃ! 幸いそんなに深くないから、慌てなければ底に足が付く。


「ぷはっ! はぁ、はぁ……」

「ぷっはー! 入る時にこんなところに池あるんだー、水浴びしたいなーと思ってたの忘れてたよ! あー、でも水浴び気持ち良いー」


 顔に付いた水を拭って、ゆっくりと目を開ける。わぁぁ……草や木の緑、土の匂い、綺麗な水……ずっと、ずっと見てなかった物が光を浴びてキラキラしてる。本当に私、部屋から出てきちゃったんだ。


「生き返るよー。あ、ついでに体も洗っちゃお。あなたもずっとあそこに居たんだよね? 体洗っちゃお。あ、それとも洗いっこする?」

「へ!? い、いえ、自分で洗いま、す……ほわぁぁぁ!?」


 改めて薄暗い……違うな、真っ暗な中から出て来て、一緒に居たフレンズさんの姿を見て飛び上がるくらい驚いた。覚えてる限りでこの姿のフレンズさんは、確か……。


「あ、アムールトラ!?」

「んぇ!? あたしの事知ってるの!?」

「あ、いや違うんです。あなたの事を知ってるんじゃなくて、フレンズのアムールトラさんの姿だけを知ってたと言うか」

「あ、そうなんだ。ん? けどアムールトラを知ってるって事は、あたし以外のアムールトラに会った事あるとか!?」

「ご、ごめんなさい、会うのはあなたが初めて、です」


 だって私、飼育員さんに連れられてお出掛けしても温暖地方の中以外に行った事無いし……。アムールトラって確か、森林地方の川の沿岸に居るフレンズだったと覚えてるし、そっちには行った事も無いんで。


「っと、面白そうだから色々聞きたいとこだけど、まずはあれをなんとかしないとか」

「ひっ、そ、そうみたいですね……」


 凄い、追跡してきたのか詰所からアムールトラさんがセルリアンだって呼ぶ怪物が出て来た。やっぱり、私が飼育員さんから聞かされたセルリアンとは全然……いや、目だけは似てるかも。大きくて黒い目が、私達を捉えてるのが分かる。


「あなた、戦ったりするの得意? には……見えないか」

「ご、ごめんなさい。走ったりするのはそれなりですけど、危ない事は全然……」

「ま、フレンズはそれぞれ得意な事違うし、しょうがないしょうがない。とりあえず捕まらないように、気を付けて下がってて。広いとこならこんくらいの奴ならやっつけれるから」


 うわアムールトラさんも凄い。水から一気に飛び出しちゃった。とと、このままじゃ私も足手纏いどころか邪魔になっちゃうし、急いで水から上がらなきゃ。

 アムールトラさんが言うように、申し訳ないけど私は下がってよう。せめて向かってきたら逃げられるように気を付けながら。

 足にぐっと力を込めて、アムールトラさんが走り出した。そのまま、手の爪で……引っ掻く。

 衝撃が強かったのか、暫定セルリアンは後ろに飛ばされた。けどすぐに体勢を整えてる。丸いからそういうのは得意そう……。

 そうこうしてる間に今度はセルリアンが動いた。自分の体の先を伸ばして、先端が丸い長い棒みたいな腕が出来ちゃった……そうか、これがさっきアムールトラさんが言ってたパンチって奴か。パンチでは多分無いけど。


「うぉっと! そんなのこれだけ広ければ当たらないっての。けどちょっと困ったな」

「ど、どうしたんですか?」

「いやね? あいつの後ろにあいつをやっつける為の弱点があるんだけど、このまま正面向かれてたんじゃ、後ろ向かせないとだから結構大変なんだよね」


 な、なるほど……けどそれくらいなら私にも手伝えるかもしれない。気を引いてアムールトラさんの逆に行けばいいだけだから、なんとかなるかも。


「あ、あの、アムールトラさん」

「んぉ? どったの?」

「あのセルリアンが少しでも後ろを向けば、やっつけられるんですよね?」

「それはもちろんだけど……」

「な、なら、少しだけ待ってて下さい。えっと……」


 近くの適当な大きさの石を拾って、セルリアンに投げる。こっちを向かないなら、向くまで投げる。


「ちょっとちょっと! そんな事したら危ないったら! あいつあなたの方狙って……あ」


 どうやらアムールトラさんも私がやろうとしてる事が分かったみたい。そう、セルリアンが私を狙えばアムールトラさんの方にはその弱点って言うのが向く筈だから、それを叩いてもらう。本当に出来るのかは……アムールトラさんがやっつけられるって言うのを信じるしかないね。

 けど、全然こっちを向かない。アムールトラさんの方が自分にとって危ないって分かってるのかな? それでも諦める訳にはいかないし……あれ? セルリアンの後ろにあるの、なんだろ?


「六角形の、石? あ、もしかしてあれが弱点?」


 それならあれに石を当てれば流石にこっち向くかも。よし、良く狙って……。


「そー、っれ!」


 私が投げた石は、ちょっと端の方だけどセルリアンの石に当たった。うわ、痺れたような反応してる。少し石が当たっただけであんな反応するって事は、本当に弱点なんだ。

 で……そんな事すれば当然怒る、よね? うわわ、こっち向いて突撃してきた!


「ひょわぁぁぁぁ!?」

「ナイス、引き付け!」


 私が引き付けつつ逃げようとした目の前で、セルリアンが爆発して四角い小さなキューブみたいになっちゃった……。その向こうには、爪を振り下ろした状態から体を起こして、こっちにニコッとしてるアムールトラさんが居た。


「いやーオドオドしてるから臆病なフレンズなのかと思ったら勇気あるじゃん! 助かったよー」

「い、いえ、アムールトラさんが居なかったら私なんか全然……私こそ、ありがとうございました」

「いいっていいって、お互い様お互い様。っと、改めてだね。あたしはアムールトラ、よろしく! あなたは?」

「ふぁ、っと、い、イエイヌって言います。は、始めまして」

「イエイヌね。そーんなに固くならなくていいったら、ほら笑って笑って!」

「わぅ!? はわわ……」


 おもむろに肩を組まれちゃった……怖くはないけど、近くてちょっとドキドキする。


「そう言えば、イエイヌこんなとこで何してたの? あんな真っ暗な中に居たみたいだけど」

「それはえっと、話すとちょっと長くなるんですけど……」

「聞きたい聞きたい! 長くてもいいから教えて!」


 アムールトラさんに分かりましたって言いつつ、飼育員詰所を見る。……あんなに綺麗な建物だったのに、こんなにボロボロになっちゃってるなんて。一体、私が飼育員さんの部屋で待ってる間に何があったんだろう……。

 私の事、飼育員さんの事、この詰所がどんな場所なのか、そして……私と飼育員さんとの約束。とりあえず私が分かってる事をなるべく分かり易いようにアムールトラさんに伝えていく。

 私ことイエイヌは、飼育員さんに連れられてこのジャパリパーク、動物……というか動物がサンドスターって言う不思議な石に触れる事で人にそっくりな姿になったフレンズと触れ合えるって売り込みのこの場所に来た。実際はそのサンドスターとフレンズの事を調べる研究所も兼ねてたみたいだけど……。

 ここに来た時の私はまだ普通の飼い犬だった。けど、飼育員さんとお散歩してる時に偶然サンドスターに触ってしまって今の姿になって、どうすればいいか飼育員さんと一緒に途方に暮れて、結局そのまま飼育員さんと一緒に居る事を選んでこの飼育員詰所の飼育員さんの部屋で一緒に暮らしてた。……この姿になってから、ちょくちょく飼育員さんがぐぬあぁぁぁとか言いながら頭を抱えてたのがちょっと気になったけど。

 そこで私は、飼育員さんにお世話してもらいながら色々教えてもらって、飼育員さんのお手伝いをしたりしてた。いやまぁ色々教えてくれたのは飼育員さんだけじゃなくて、パークの従業員皆が物覚えが良いって喜びながら色々教えてくれたんだけど。

 犬だった時には出来なかった自分の世話の事は大抵出来るようになって、飼育員さんや従業員の皆と楽しく暮らす生活が暫く続いた後、パークで異常が起き始めたって話が流れ始めた。原因は、セルリアン。あの怪物がパークのあちこちに現れるようになって、フレンズを追い掛け回したり時には普通の人に襲い掛かりそうになるって言う話をよく耳にするようになった。

 そして、あの日……部屋で一緒に寛いでいた私と飼育員さんの耳に届いたのは、異常発生のサイレンだった。飼育員さんが自分の携帯端末を見て慌てて出掛けようとするのに続こうとしたけど、私に言われたのは、あの約束。あの部屋で待っていて、だった。

 それからは、アムールトラさんに連れ出される前の通り。真っ暗になった部屋の中で、飼育員さんが戻ってきてくれるのをただひたすら待っていた。……今、出ちゃって外に居るけど。


「へぇ、そんな事あったんだ……けどおかしいな? シイクインなんてフレンズこの辺で見掛けた事無いけど?」

「あ、えっと飼育員さんはフレンズさんじゃありません。人……人間さんです」

「人間? 人? それって……何?」


 ……え? アムールトラさん、人を知らない? 詳しく聞いてみると、どうやらアムールトラさんはあちこち色々な地方を旅して回ってるみたいらしくて、色々な場所に行ってみたけどその人って言うフレンズには会った事が無いって事だった。いや、そもそも人はフレンズではないんだけど。


「どういう事……? 地方毎にある筈のフレンズ移動規制ゲートが働いてない? それに、人が全然居ないなんて……」

「んー、あたしが会った事無いだけかもしれないけど、とにかくヒトって言うのには会った事も居たって聞いた事も無いかな。そのフレンズ、そんなにいっぱい居たの?」

「フレンズさんじゃないんですけど……はい、何かあってお客さんだった人は居ないかもだけど、飼育員さんや従業員さんは居てもおかしくない、寧ろ居ないと変な筈なんです」


 トラブルがあって一時的にパークから退避してる可能性はあるけど、こんなに施設がボロボロになるまで誰も帰ってこないのはやっぱり変な事だと思う。私……一体どれだけあの部屋で待ち続けてたの? 夜も昼も分からない地下室だったし、途中から時間なんて気にもしなくなっちゃったし……。飼育員さん、無事……なのかな。


「……よし分かった! そのシイクインって言うの探しに行こう! ね!」

「え……?」

「だって、待ってたって迎えに来てくれなかったんでしょ? だったらこっちから探しに行っちゃおうよ! それで、どうしてこんなに待たせたんだーって文句言っちゃお! ……だから、そんな悲しそうな顔しないで? ね?」

「えぁ、えっと……」

「よし! そうと決まれば早速出発! さーって、どっち行こうかな?」

「あ、あの待って下さい! 私、約束が……!」


 大事な飼育員さんとした約束を私は破りたくない。けど、行けるなら……行っていいなら……!

 私の様子を見て、アムールトラさんは悩んじゃってる。でも、私にもどうすればいいか、分からないんだもの……。


「ん! イエイヌにとって、その……シイクインさん? との約束が大事なのは分かった! だから、分かった上で言うよ!」

「ひゃ、ひゃい!?」

「イエイヌは、シイクインさんに会いたい!? 会いたくない!? どっち!?」


 そんなの! そんなの……決まってるじゃないですか!


「……ぃたい」

「うみゅ?」

「会いた、い、です……! 寂しいの、もう、嫌、です……!」


 言葉と一緒に、涙が溢れて来る。会いたかった、寂しかった。会いに行きたかった。待ってる間、ずっと、ずっと……!


「……うん、よく言えました。ごめんね? 辛い事言わせて」

「うっ、うぅぅ……うぇぇぇぇ……」


 アムールトラさんが、優しく抱き締めて、頭を撫でてくれてる……あったかい……。

 一頻りアムールトラさんの胸の中で泣いて、ようやく落ち着きました。ち、ちょっと恥ずかしい……。


「くすん……ありがとうございました」

「よしよし。うん、思い切り泣いてスッキリしたでしょ。あーぁ、顔くしゃくしゃだね」

「ご、ごめんなさい、アムールトラさんの胸の辺りも……」

「ありゃ本当だ。よーしこういう時は」


 え? あ、あの、アムールトラさんに抱っこされちゃったんですけど。しかもそのまま池の方に向かってるんですけど。ま、まさか?


「そぉぉい!」

「わぁぁぁ!?」


 やっぱり、池にダイブでした。うんまぁ体洗うのにはこれが一番かもですけど。


「ぷはー! まずはさっぱりしちゃわないとね!」

「ぷはっ! そ、それでもいきなり飛び込まないで下さいよ!」

「あはは、ごめーんね?」


 もう入っちゃったし、切り替えて顔とか洗っちゃお……それと、私からも聞いちゃおうかな。


「あ、あの、さっきの話なんですけど」

「む? なんだっけ?」

「その、飼育員さんを探しに行こうって話……私、アムールトラさんと一緒に行って、いいんですか? お邪魔になったりしないかな、って」

「あぁそれ? いいのいいの! 私もそんなに探す物とかあって旅してる訳じゃないから気にしない気にしない!」

「え? じゃあ、どうして旅を?」

「ふふん、ずばり! 面白そうだから! 知らない場所とか知らないフレンズに会うのって、すっごくワクワクするじゃん!」


 う、うわー、凄い笑顔。これは本当にその為に旅してる感じだね。凄いフレンズさんだ。

 それなら……一緒に行っても、いいのかな? ううん、一緒に……行きたいな。


「なら……私も一緒に行って、いいですか?」

「へへっ、あたしから誘ったんだよ? 断る訳無いじゃん。よろしくね、イエイヌ! あ、あたしアムールトラじゃ長くて呼び難いでしょ? アムールでもいいよ呼ぶの」

「じ、じゃあ……よろしくお願いします、アムールト……アムールさん!」


 ……こうして、私は約束の部屋を飛び出して、何処かに行ってしまった飼育員さんを探す旅に出る。私を誘って、部屋から連れ出してくれたアムールトラ、アムールさんと一緒に。

 けど……まずは旅の準備をしなきゃかな。流石に、なんの宛ても無くパークの中を彷徨うって言うのは、見つかる気がしないし。

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