ライトニング・トリップ・クライシス
薄紅立葵
第1話 混乱・決意・開始(1)
グリップ上部。軽く握ったとき、ちょうど親指の上に来るあたり。取り付けられた小さなレバーを「ON」にする。
ブン、という唸りとともに、小さな小さなモーターの駆動音めいたものが、銃身の奥から響いてくるのを感じた。
極度の集中を必要とする『狙撃』を、阻害しない程度の微かなものだ。
高倍率のスコープを覗くと、すでに対象は着弾予測の範囲内にいる。
もちろん、風向きと風速・距離を考慮した上での着弾地点だ。
「向こう1時間の風向きの予報は?」
うつ伏せになる僕の足下あたりで身を隠し、双眼鏡を構える観測手兼パートナーに尋ねる。
「およそ20分以上は無風です。ただ、西南西に高気圧があります。突風に注意と言ったところでしょうか」
言葉の終わりに「どうします?」と付け加えられた気がした。
「潮時だね」
僕はゆっくりと規則正しい深呼吸を始めた。
『初心忘るべからず』なんて言葉がある。
僕にとっては初心もへったくれもないようなものだけど、この身体は、狙撃に関するあらゆることを覚えているようだ。
証拠に、深呼吸をするにつれ、心拍が弱く小さくなっていくのを感じる。
何度目かの呼気で、肺の空気をすべて吐き出すと、汗が引き、手ぶれも最小限に抑えられた。
ストックをぎゅっと肩に押し当て、指先に意識を集中させる。
周囲の音が、グンと遠のいていった気がした。
照準と対象と僕の意識が、ぴったりと重なったとき。
寸分の迷い無く引き金を引いた。
「ドン」
と、爆発にも似た音が響く。
空気がゆがむ感覚がしたかと思えば、瞬時に肩へ衝撃がかかる。
「ヒット。対象の沈黙を確認」
観測手の報告が、突発性の難聴気味に遠く聞こえる中、思わず苦笑いをしている自分に気づいた。
初心だ何だと考えていたせいだろうか、と思う。
発射音とともに思わず目を閉じたのはいつぶりだろう、と。
僕はそんな些細な考え事のせいで、少し前のことを思い出す羽目になった。
この新しい生活が始まった、およそ1年前のことだ。
大学1年生の夏休みは、思った以上に暇なものなのだと強く感じさせられた。
単位は危なげに、上半期をようやく乗り切った僕のようなヤツにとっては、休み中のレポートはいつも視界の外にある。
だからだろうか、僕は休み開始後最初の1週間をだらけきって過ごしていた。
食事は大抵インスタントに済ませ、寝るかテレビゲームをするかのどちらか、といった生活だ。
けれど、それも1週間続くと唐突な飽きがやってくる。
「ハァ……」
僕は大きなため息とともに、コントローラを投げ捨てた。
もはやゲーム専用のモニターと化したテレビ画面には、『LOSE』なんていけ好かない文字がでかでかと表示されていた。
すぐにコントローラを拾い上げると、手早い遠隔操作でゲーム機本体の電源を落とす。
対戦シューティングってのは、どうしてこうもストレスが溜まるのだろう。
僕は腰をかけていたベッドへ勢いよく仰向けになった。
「つまんねー」
と小声でつぶやいてみても何か変化が起きるわけでもなく、代わりに、コンビニで見繕ってきた求人のフリーペーパーが目に留まる。
休み中に少しぐらいバイトするのもいいかもしれない、そんな軽い気持ちで持ってきたものだった。
暇つぶしがてらペラペラとめくる。長期的に続けるつもりはないので、即日系のページを探した。
イベント手伝い、パン工場、駐車場整理やらなにやら、どれもぱっとしない。キワモノとなると、ゲームのデバッグとか治験なんてものもある。
特に興味をそそられたわけではないが、ひとまず捨てずにとっておこうと、冊子を閉じた。
窓を見上げると、もう空は夕闇に染まりかけている。
ご飯の準備面倒だな、などと考えつつ、徐々にまぶたは重くなっていった。
スマホで時刻を確認する。
2021年8月1日18時56分。
日付がなぜか頭にこびりついた。しかし、このまま寝てしまっても良さそうな時間ではある。
やがて、僕は睡魔にあらがうのをやめ、静かに目を閉じたのだった。
まぶた越しにもわかる明るさに、僕は目を覚ました。
(あさ……?)
夕食を抜いてしまったせいか、少し気分が悪い。
規則正しい揺れを感じながら、ゆっくりと目を開ける。
「……」
寝起きのはっきりしない頭でも、強烈な違和感を感じた。
まず、僕はベッドに寝ていたはずが、今は椅子のような物に座っていること。
辺りを見回すと、同じ形の椅子が、二列ごとになって直線に並んでいるのが見て取れた。
光の元をたどると、白色のライトが天井に備え付けられている。椅子の間には人一人が歩いて通れそうな隙間があって。
僕ははっとして左側を振り返った。
窓だ。外は見渡す限りの荒野が広がっている。
ただし、景色はギュンギュンとすごいスピードで後方に遠ざかっていった。
(どういうことだ……)
僕は思わず大きな音を立てて立ち上がった。
周囲の視線が集まるのを感じる。
「どうかしましたか?」
僕の隣に座っていた人物が、心配そうに声をかけてきた。
「え……あ、えと……」
返事をしている余裕は無い。
改めて周りを見回す。
なんてことだ。それじゃあ、ここはまるで――
「電車……?」
そうつぶやいた瞬間、目の前が急激に暗くなっていった。
「大丈夫ですか!?」
慌てた声と、周囲の雑音がかすかに聞こえる中、僕は初めて意識がなくなる感覚を味わったのだ。
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