4-15 雷と風
ニグル・フーリア・ケッペルという青年は、ティア・エルシア・ウィットランドにとって兄の親友であり、そして自分にとっても第二の兄とも呼べる存在だった。
若くして国王直属護衛隊の長に上り詰め、マレストリ王国騎士団ではアーチライトを除いて唯一、ヨーラッド討伐隊に参加を要請されたほどの実力者。
その力に加え、深い思慮に穏やかな気性を兼ね備えたニグルは、兄の死後、ティアにとって大きな心の支えとなっていた。
「随分傷だらけじゃないか。アンナにでもやられたかい?」
足元にアルバトロスが倒れ、隣にはヨーラッドを携えていながら、一歩、前に踏み出したニグルの薄笑みは、ティアがこれまで頼ってきた彼の顔と何ら変わりが無く。
「なぜ、アンナにやられたと?」
だからこそ、それが妙に恐ろしく思えて、無意識に剣に手を掛け、距離を取る。
「ティア相手に傷を負わせられる相手となると、かなり限られてくるからね。その負傷が火によるものとなれば、すぐに思いついたのがアンナだったってだけだよ」
「そんな事はどうでもいい!」
叫びは、唐突だった。
「そっちから聞いておいて、それはひどいな」
「なぜ、ヨーラッドが? それにアルバトロスも! お前は、アンナは、何なんだ?」
纏まらずに口から零れた声を、それでも理解したかのようにニグルは笑う。
「何か、と聞かれれば……そうだね、ティアの見ての通りだよ」
稲光が空間を照らす。ティアの手の中の魔術剣が雷の先の僅かに反った刃物を受け止めていたのは、ただ偶然にも刃と身体の間の位置に剣があったからに過ぎなかった。
「僕は最初から、このヨーラッドと組んでいたのさ」
ニグルの言葉に動揺しながら、だが返答をする余裕はティアには無かった。
目で追うことすらできない雷の攻勢を、先読みと風の速度でどうにか凌ぎ続ける。互いに思考から動作まで僅かな時間差があるからこそ成立する、彼我の速度差を補う戦法は、だがどうやっても時間稼ぎ以上にはならない。
「引いた方がいいよ。そんな状態でヨーラッドと戦うなんて、無謀に過ぎる」
加えて、戦場からアンナとの戦闘を通して消耗したティアの肉体は、とうに変成術に耐え得るような状態ではない。一度防御を行う度、防ぎきれない魔術や武具の攻勢と、自らの魔術による過負荷、二つの傷がティアの身体に刻まれていた。
「見逃して……っ、くれると言うのか。随分と、甘く見られた……ものだ」
口を開く事ができたのは、余裕からではなかった。ニグルの言葉に同調するように緩んだ雷の攻勢が、どうにか会話を許可してくれているだけに過ぎない。
「ティアが死んでしまうのは、僕にとってどうしても許せない事の一つだからね」
発言の意味を頭が理解するまでの時間が、ティアにはとても長く感じられた。雷の速度に狂わされた時間の感覚が、実際には一瞬に満たない刹那を限りなく引き伸ばしていく。
「……私が一番許せないのは、他でも無いこいつだ」
手加減されてなお、反撃の手など一手も打てない状況で、だからこそティアの瞳は自らへ向かい来る雷に混じり気の無い憎悪を向ける。
「こいつと組むなんて事は、どうしたって――」
「それでも、僕にはやらなくてはならない事があるから」
断絶を告げる声を合図に、雷が一際大きさを増す。
正面からの一撃を肩口への傷と引き換えに受け、更に詰めて来た雷は突如として上方へと逸れた。かと思えば、気を緩めるような間も無く反転。文字通り落雷と呼ぶに相応しい一撃に、傷口が開くのを無視して剣を割り込ませる。
「――――」
だが、必死の防御を嘲笑うように寸前で軌道を変えた白い光に、ティアにできる事はただそれを認識することだけだった。
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