4-16 正体
「……終わったよ、アーチライト」
自らの部屋となって久しい、王国騎士団の護衛長室。そこに横たわる白の魔術師と、親友の妹である金髪の少女、そして自身のすぐ隣に立つ黒装束の仮面を眺め、ニグル・フーリア・ケッペルは小さく呟く。
「いや、これからが大変なのかな」
怠慢な歩調でティアの横を通り過ぎ、足はそのまま倒れたアルバトロスの元に向かう。
「……今思えば、貴方で良かったのかもしれませんね」
輝くような白の髪の下、僅かに覗く黒色をニグルは視界に捉えていた。
「きっと、私と貴方のやり方は同じだ。これからは良い関係を築けると嬉しいのですが」
「――それは思い違いだ、ニグル」
飾り気のない、それでいて芯の通った声。
「アーチ、ライト?」
親友の声に良く似たそれが、一瞬だけ誰の口から発されたかわからずに。
「俺は元々、小細工無しに最強だったんだから」
目の前で起き上がる少年の正体に、ニグルはすぐに思い至る事ができなかった。
「……アルバトロス卿。あなたが死んだふりとは、少し意外ですね」
「死んだふり? 面白い事を言う、最初から俺を殺すつもりなど無かっただろうに」
鮮やかな白髪は、艶のない黒色へ。絶えず虹色の変化を繰り返していた瞳も、深い暗色に留まり続ける。白の装束を除けば別人にも見えるアルバトロスの姿、そしてその左手には金色に光る短剣が握られていた。
「リネリア、アーチライトの剣ですか。しかし、道具が何であろうと、それだけでは」
「なら、試してみるか」
アルバトロスの言葉は、淀みなく最後まで紡がれた。
その事に、ニグルはひどく動揺する。
「тилла ранг」
謳うような詠唱と同時に、金色の光が短剣の先から迸る。
「……っ、なっ!?」
効果を発揮しなかった薬指に続いて、人差し指が動いたのは反射だった。寸前で生まれた土の壁が光を受け、ニグルへの射線を塞ぐ。
「アーチライト・コルア・ウィットランドは、当時のマレストリ王国騎士団長、ガルベス・ラス・ウィットランドの長男、第一子として生を受けた」
土の壁の先、響いたのは滔々と語るような声。
「父の友人の息子であるニグル・フーリア・ケッペルと共に幼少期を過ごしたアーチライトは、妹のティア・エルシア・ウィットランドが生まれるのとほぼ同時期、魔術を学び始め、すぐに大きな壁に直面する」
その声は、アルバトロスの転生術の依代、今は亡きアーチライトについて語っていた。
「代々、身体の多くを風の元素で構成するウィットランド家の長男でありながら、アーチライトは五大元素の全てをほぼ均等に身体の内に飼っていた。魔術師としての資質に悩む日々、更に妹のティアが歴代でも有数の割合で風の元素を身体に有している事が発覚する」
「……そんな事は、知っています」
唐突な朗読は、ニグル自身の良く知る無二の親友の生涯。
「それでも自身の魔術を探求した結果、アーチライトはやがて架空元素『光』を操る事に成功し、マレストリ王国では最高位の大陸式魔術等級十四を授かる」
「だから、それが……」
「そして、その力を買われて招集された、大陸最悪の魔術師、ヨーラッド・ヌークス討伐戦において、ヨーラッドに辛勝するも――」
「っ!!」
ニグルの両手、全ての指が閉じると同時、床、天井、壁、全方位からの土の杭がアルバトロスへと襲いかかる。
「――その直後、背後からの襲撃を受けて死亡」
だが、その全ての杭が、アルバトロスに辿り着く遥か手前で白い雷光に破壊されていた。
「つまり、これはヨーラッドの偽者……いや、偽物だ」
土の残骸の上、黒装束と仮面が落ちたその場所には、人型をした宝石の塊があった。
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