2-9 それぞれの立場
「えっと、アルバトロス卿?」
ティア達と別れ、すぐにアルバトロスへと追い付き並んだアンナは、それから少しの間を空けてゆっくりと問うように声をかけた。
「今更お前にそんな呼び方をされても、もはや違和感があって気持ちが悪い。二人ならいつもの通りアルバでいい」
「うん、いや、なんとなくね。ティア達も着いて来たりしてないし、そうなんだけど」
帰って来た素の声に、アンナもどこか気の抜けたような声で返す。
「でも、ちょっと意外だったかも」
「意外? 何の話だ?」
「ティアとアルバの事。思ってた感じと違ったなー、って」
首を返して背後を見るも、すでに金髪の少女の姿は人の波に掻き消されていた。
「特にアルバはもっとティアの事避けたいのかと思ってたんだけど、なんか結局優位のまんまで終わっちゃったし」
「当たり前だろう。推測だが、今の俺のこの国での俺の立ち位置は、国王を除けば最も上位に位置している。場合によっては王よりも上として扱われる事もあるくらいだろう」
誇るでもなく、ただ状況説明としてアルバトロスは述べる。
「……うーん、まぁ形式上はそうなんだろうけどさぁ。そういう事じゃなくって、アルバはティアに苦手意識とか無いのかな、って」
「苦手意識、か。それはもちろんある。だからこそ、話を早々に切り上げてあの場を去る事にしたのだから」
ただ、と言葉が続く。
「抱いている感情に関して言えば、俺からあの女よりも、その逆の方がずっと強く複雑だろう。それに立場の違いを加えれば、優位に立つのは然程難しくない」
「はーん、そういうとこ客観的に見れてるんだ。そのくらいしかティアに関心が無いって事なのかもしれないけど」
溶けかけた飴を慌てて舐め取り、納得したように頷く。
「関心がないわけではない。ただ、敗北感や敵愾心などを露わにしてしまっては演技が成立しない。それらを除いた結果、ああいった対応になっただけだ」
「やっぱり、悔しいんだ?」
「否定するつもりはない。ある程度わかっていたにしても、ああして直接力の差を見せつけられた事に対して感じた事は少なくない。そして、今もそれは残っている」
平然としていたアルバトロスの顔にわずかに翳りが見えるも、それはすぐに消えていく。
「ふむふむ。でも、ティアとロシはどっちもアルバの秘密を守る方の立場だし、あの二人にはもう少し素で接してもいいんじゃない? ああ、別に喧嘩しろって言ってるわけじゃないんだけど」
「いや、残念だがそのつもりはない。女の方には特に、な」
アンナが何気無く口にした提案には、即座に拒否の言葉が重ねられる。
「――そっか、まぁ、アルバがそれでいいならその方がいいのかもね」
少しの間をおいて、続きが無い事を確認したアンナは小さく頷いた。
「って事は、アルバにとって私は素の自分でいられる数少ない特別な相手って事だ。いやー、そっかー、お姉さん嬉しいなぁー」
「そんなつもりはない。ただ関係上そうなっているだけだろう」
抱きつこうとするアンナを軽く流し、にべも無く否定する。
「いやいや、そこは嘘でも肯定しとこうよ。そうすれば私なんて簡単に落ちるのに」
「落としたところで、股を開かせるのが面倒な女など願い下げだ」
「うっわ、ひっどい冗談言うんだー。……冗談だよね?」
「さぁ、どうだろうな」
隣を歩くアルバトロスの口元に浮かんだ笑みの意図を計りきれず、アンナは恐る恐る笑みを返すのみに留まった。
「あの人も、中々に喰えない人ですね」
どちらからともなく歩みを再開した男女の間、苦笑混じりの声が二人の沈黙を破る。
「……いや、本来はあれが正しいのだろう。本来、大魔術師アルバトロス卿があのくらい尊大な態度を取る事は何も間違っておらず、むしろごく自然だと言える」
ティアも同じく苦笑を返し、その後に小さく溜息をつく。
「悪いのは全て私だ。建前を守るのか事実を優先するのか、アルバトロスへの接し方を決めきれていない。それどころか個人的な感傷すら清算できていなかった結果として、彼が祭りの中に消えていくのを、止めるどころか喜んでしまっていた」
「仕方ないでしょう。誰もその事で団長を責めたりはしません」
自嘲の言葉を吐き捨てるティアに、ロシは優しげな笑みで言い含めるように告げる。
「それに、アンナさんもああ見えて馬鹿では……腕は相当に立ちます。アルバトロス卿の身に何か起きる可能性なんて、万に一つくらいしかないでしょう」
「お前がアンナの事をどう思っているかは、なんとなくわかった」
ロシの言葉を受け、ティアは呆れたように、しかし少しばかり晴れた表情で息を吐く。
「考え過ぎ、という事なのだろうな。アルバトロスの護衛はアンナの仕事で、私が気に掛ける事ではない。ロシの考えは違うようだが、アンナは実際に頭も回る。楽天的なところはあるが、本当に危険だと思えばここまで連れ出したりはしないだろう」
「俺だってアンナさんが頭の回らない人だと思っているわけじゃないですよ。ただ、頭が回っても馬鹿な人ってのはいますから。ね、団長」
「そこで私の名を呼ぶという事は、つまりそういう事でいいんだな」
「あれ、また怒ってます?」
「面と向かって馬鹿にされたら普通は怒るだろう。……だが、そうだな、私なんて結局はただの馬鹿なのだろうな」
瞬間的な怒りが落ち付いたティアは、今度は一転してしみじみと呟く。
「いやいや、落ち込まれるのもそれはそれで困りますって。おかしいなぁ、なんでいつもこう上手くいかないんだか」
その隣で後を追うように落ち込むロシを見て、対照的にティアの口元には徐々に笑みが浮かび始めた。
「それは、お前も馬鹿だからという事だろう。お前は無理に私を慰めようとなんてしなくてもいい」
「結局はそうなんでしょうね。俺もまだ修業が足りません」
二人共にお互いを見て、同じように小さく笑い合う。
「――あっ、あそこに飴の剣が飾ってありますよ。アンナさんの持っていたのと同じものですかね、あの人も変わったものが好きだなぁ」
「それをお前が言うか、というか買うのか?」
財布を取り出すロシとそれを眺めるティアの二人の間の空気は、ほとんどアルバトロスとアンナに出会う前のものへと戻っていた。
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