1-2 失敗の裏

「……失敗、かな」

 溜息を一つ吐き、しかし男の顔にそれほど悲壮感は無かった。

「いや、成功したけど駄目だった、って言うべきかな。千年前の大魔術師が現代でどこまで通用するかはわからない、なんてのは散々言われてた事だし。結局のところ、一か八かの計画は上手くいかないって事なんだろうね」

 短くも長くもない黒髪に、丸く黒い瞳。おとなしく整った造形の顔を明るく保ったままで男が語りかけるのは、向かいで項垂れる金髪の女。あるいは年齢的にはまだ少女と呼ぶ方がふさわしいだろうか、しかしその少女の纏う雰囲気は非常に重いものだった。

「だから、そんなに落ち込まないでいいと思うよ、ティア」

「……そんなわけにはいかないだろう」

 ティアと呼ばれた少女は、髪の間からほんの少しだけ緑色の目を覗かせて男を見る。

「段取りに無い決闘を申し込んで、その上あろう事かアルバトロスを瞬殺。いや、一命は取り留めたらしいが、それでもあれでは死んだようなものだ。計画自体が失敗だったとは言え、失態の重さが変わるわけでもない」

 再び頭を大きく落としたティアに、男は苦笑する。

「まぁ、アルバトロス卿の有用性、というか無能さを早めに計れたと思えば良かったんじゃない? 名前だけでも抑止力にはなるし、ティアの減った給与の分を装備とかに回せるし、国としてはそんなにマイナスじゃない可能性も無い事も無いかも」

「……それで慰めてるつもりなのか?」

「一応、そのつもりだけど」

 真顔で言ってのける男に、ティアは大きな溜息を一つ吐いた。

「お前は相変わらずだな、ニグル。私もそのくらい物事を楽天的に考えられればさぞ楽しく過ごせるのだろうが」

「そうそう、ティアは難しく考えすぎなんだよ。何も死ぬわけじゃないし」

 口を開けて笑う男、ニグルにつられて、ティアも力無くではあるが笑ってみせる。

「ありがとう。なんとなくだが、少し気分は良くなった」

「どういたしまして、お姫様」

 おどけたように一礼するニグルに、ティアはもう一度小さく笑う。

「しかし、アルバトロスの転生がああいった結果に終わった以上、お前だってこれから色々と忙しく――」

 ようやくまともに顔を上げたティアの言葉を遮るように、ドアを叩く音が二度響いた。

「――どうした?」

『先日より南部B-3地区に配属された者です。戦況の報告に参りました』

 扉越しに聞こえた男の声に、ティアの表情が一気に引き締まる。

「どうも、忙しいのはお互い様みたいだね」

 そんな様子を見て、ニグルは苦笑しながらゆっくりと立ち上がった。

「じゃあまた今度、いつになるかわかんないけどお互い暇な時にでも」

「ご、護衛長?」

「バトンタッチだ。ティアをよろしく」

 扉を開けた先、おそらく新兵であろう緊張した様子の幼さすら残る男性兵へ微笑みかけると、ニグルはそのまま去っていった。

「それで、報告とはなんだ?」

 そんなニグルの事をすでに忘れ去ったかのように、ティアは新兵へと問いかける。

「は、はい。現在B-3地区は非常に劣勢のため、一時的に防衛線を大きく後退させられています。このままでは戦線の維持は困難であると判断し、増援の要請に参った次第です」

 緊張した様子の新兵の言葉を耳にして、女騎士の表情は更に難しいものに変わった。

「なるほど、南部のB-3か……余裕のある北部から回してもいいが、中途半端な数ではそれも逆効果だろうか、それならいっその事B-4の戦域を……」

 しばらく考え込んでいたティアは、やがて勢い良く立ち上がる。

「わかった、私が出よう」

「団長自らですか!?」

「ああ、私が出る。その間の総指揮はロシにでも任せれば問題無いだろう」

 驚きを隠せていない新兵を背に、すでにティアは簡単な身支度を始めていた。

「そうと決まれば急ぐに越した事は無い。三分したら向かうから中庭で待っていてくれ」

「は、はい!」

 新兵が慌ただしく去って行ったのを見送ると、ティアは戦場用の青緑色の魔術兵装を身に纏い、あらかじめ用意していた小さな袋を腰に結び付ける。そして机の引き出しを空けて中に置かれた一本のごく短い魔法短剣を少しの間眺めると、そのままゆっくりと引き出しを閉め、机に立て掛けた魔法剣を手に部屋を後にした。

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