序章 ~12~
「金で動く平民の集団だ。だが中には、トリッパーを捕まえるのを主目的にしている連中もいる」
それは聞いた。なんという名前の集団だったのだろうか、思い出せないが。
亜子は深く
「じゃあ西区だけにします。ありがとうございます。わからないことが多いので……あの、
女が戸惑ったように夫を見るが、夫は無表情で言い放つ。
「俺たちじゃ、
そう言って、ドアをぴしゃんと閉められる。残された亜子は大きく息を吐いた。
つまり……他人を頼れないということだ。ここには亜子を守ってくれる人はいないのだ。
(いきなり独立かぁ……)
無茶苦茶だ。
泣きそうになってしまう。故郷を懐かしいと思う気分は薄く、亜子はなにに対して戸惑っているのかもわからなかった。
6日だ。それで何かを
そう考えると緊張と
*
簡素な衣服は亜子の年齢に合わせた娘用の衣服だ。スカートはくたびれ、ボタンも貧相。その上からローブを羽織る。ローブだけは頑丈にできていて、フードもついている。顔を隠すためだろう。
亜子は階段を降りて、カウンターで食事の用意をしている夫婦を見遣った。彼らは地図を持っている亜子を
(さて、と。夕方には戻ってこなくちゃ)
治安がいいとは聞いているが、夜になると亜子の姿は変わってしまう。用心したほうがいいだろう。
町中は
地図を見ながら歩きまわり、色々な店を
大きな宿舎もある。ぼんやりと見上げていると、通りかかった人がいたので尋ねてみた。
「ここはなんの宿ですか?」
「あんた旅人かい? そこは宿屋じゃないよ。
弾丸ライナーの乗務員たちの宿舎さ」
「弾丸ライナーって……えっと、列車の?」
「そうそう」
頷きながらその人は去っていったが、亜子は列車に興味が
(そういえば宿の旦那さんが駅があるって言ってた。列車に乗って、色んなところの遺跡を回るんだ……)
そうしなければ地学者などなれない。亜子はきびすを返して歩き出す。
どんっ、と誰かにぶつかった。
「す、すみません!」
慌てて謝って頭をさげる。
見遣ると、相手は無表情でこちらを見下ろしていた。長身の若い男だ。年齢はマーテットより下、シャルルよりは上、という印象だ。
彼はしなやかで鍛えられた
むっとする亜子は、それでも気になる。
ここには白人しかいないはずだ。なぜ……?
(でも顔立ちは西洋人に近かった。肌の色だけ違うっていうか……)
しかも……またそこそこ美形だった。ここにはごろごろしているのだろうか……。
町を見て回るのは楽しかった。地学者になるなら、旅装が必要だということも服屋の店主から聞きだした。
「おやあ? もう13歳になってると思うが……登録がまだなのかね?」
「え? ええ」
慌てて誤魔化すが、店主は抜けた歯のある口で豪快に笑う。
「なるほど。かなり遠くから来たのか、タイミングを逃したのかね。そういう人もたまにいるから安心おしよ」
「は、はい」
「お嬢ちゃんは、なにになるつもりなのかね?」
「地学者……が、いいかなと」
「遺跡探索者か! でも調査団がやってるのに、そこまで遺跡に行きたいものかね?」
「この目で確かめたいというか……」
もごもご言っていると、店主は亜子の顔を
「恥ずかしがり屋さんだねえ。田舎の村の出身なのかな」
「は、はい……」
「でも地学者か……うーん。じゃあ旅が大変なのは覚悟しなくちゃな。列車があるとはいっても、駅のない村や町までは徒歩や馬車で行くことになる。
間違っても荒野に徒歩で行こうなんて、馬鹿なことは考えないようにな!」
そういえばこの世界の陸土は、ほぼ荒野に
(荒野って……あたしのイメージと違うのかな……)
荒れ果てた大地をぼんやりと思い浮かべていたが、なんだか違うような気もしてきた。
(知らないことが多すぎる。もっと勉強しなく……)
ちゃ、と続けようとして吐き気がこみ上げてきたのを感じた。
そういえば昔も、同じようにこうしてなにかを必死に学んでいた。受験のためだったのだろうか?
だがここには受験はない。亜子の前にある試練は、ひとまず『職業登録』だけだ。
*
疲れて宿屋に戻って夕食を部屋でとり、亜子は眠っていた。
一つだけある窓から月光が室内に入ってくる。と、その窓が開いた。
ぬっ、と
反射的に『音』で飛び起きた亜子は、寝台を蹴って天井にはりついた。
窓から外を見る。そこには褐色の腕が見えている。
「だ、誰!」
騒ぎを起こすわけにはいかない。階下ではまだざわついている。客がたくさんいるのだろう。
亜子は腕がすっと引かれるのに
「う、あ、あ……!」
痛い!
喉も痛いが、窓から無理やり引っ張り出されて亜子は地面に落ちた。
(まずい!)
瞳と髪の色が瞬時に変わり、彼女はくるくると空中で回転し、猫のように見事に着地した。
ぜはっ、と息を吐き出すが、危機は去っていなかった。誰かが亜子を背後から
「ぐ、ぅ……っ!」
あまりにも力が強いので抜け出せない!
意識が飛びそうになるのを
「アスラーダ!」
その声が合図になったように、亜子の
ローブを羽織った二人組が亜子の前に、立ち塞がるように躍り出てきた。
一人は純白と金糸のローブ。もう一人は黒い非対称の変わったものだった。
街灯のない夜道は暗く、見通せない。けれど金色の輝く亜子の瞳には見えていた。黒いローブに身を
(あれは……!)
昼過ぎに町で見かけた褐色の肌の青年だった。ローブの下から見える肌といい……
(なんで……)
視線を目の前へと移動させながら、今さらながらに喉を締め上げられていたことを思い出して
「大丈夫か、アガット」
「その声……殿下?」
「おれっちもいるぜぇ?」
「じゃあ……そっちはマーテットさん?」
顔を隠しているシャルルとは違い、マーテットは隠れていない。隠す必要がないのだろう。
「逃がすな、アスラーダ!」
「んなむちゃなぁ!」
マーテットがシャルルの声に半泣きのような声をあげていたが、キッと前を睨むやぐっ、と
次の瞬間、開いた
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