古武道徒然
@kyknnm
第1回 居合の極意と暗殺
(※こちらの記事は2016年3月に書いたものの改訂版です)
最近(2016年3月当時)発刊された居合術家として著名な町井勲氏と漫画家の和月伸宏氏の対談「最強のすすめ 日本刀が教えてくれた日本人の生き方」を購入し読んだのですが、少し興味をひかれる一文がありました。
同書のp12に
「言い方は悪いですけど、居合って究極的には暗殺術ですからね」
とあります。
今までWEB上や実際に会った人が同種(※居合は暗殺術)の発言をしている例を何度か見かけた事があり、居合道の世界ではそれなりに程度メジャーな考えのようです。
私がこれまで聞いた話から推測すると、現代の一部の居合道家が
「居合の究極のところは暗殺術」
というのは、
「(相手が抜いていないのに)こちらから抜きつける」
「多人数相手に突然一方的に切る」
「隠れた状態から不意打ちする」
「具体的に暇乞の形などが仕物(※)の形が存在する」
という現代メジャーな居合流派の特徴が理由ではないかと思います。
(※
しかし前記の推測に関しては居合全般の話とするのは無理があると思います。あくまで現代に伝わっている居合の、ある流派や会派における理解の一例でしかないと思います。前記の理由について一つづつ批判が可能です。
1.「(相手が抜いていないのに)こちらから抜き付けて切る。卑怯であるし、武家社会では認められない」という意見
現代伝わっている居合(や昭和以降に成立した居合)の多くは一部の
「対座している敵の殺気を感じ、機先を制してこめかみに抜き付け」(全日本剣道連盟居合)」
「吾が正面に対坐せる敵の害意を認むるや機先を制し直ちに其の首に(又は顔面或は敵の抜刀せんとする腕、以下同じ)斬り付け(昭和13年河野百練)」
「 吾が前面に対座せる敵の害意を感じ機先を制し、直ちにその顔面又は二の腕等に斬りつけ(大森流)」
と相手の「殺気や害意を感じ」とあまり具体的ではありません。
ですが、江戸初期までに成立していた田宮流(および林崎新夢想流)、
おそらく江戸時代の人なら「害意を感じ=柄に手を掛け抜刀しようとする」と理解できたと思います。
しかし、多くの居合流派には打太刀はなく、一人で演じる形式です。なぜ打太刀を無くしたのでしょうか?
あくまで推測ですが、打太刀がある流派でも(特に
(※
また、居合は剣術に比べて動きが多様、複雑、精密な傾向があり、剣術や柔術と違って稽古相手がなくともその主眼とする抜刀部分は稽古する事できる上に、座った状態から立ち上がり、また座るという形式のため、一人での鍛練にも適していると江戸時代からいわれていました。
そういう理由からそもそも相手を付けずに一人で稽古する事が多くなっていったと思われます。(実際、打太刀がある流派でも一人で稽古することはおこなわれています)
2.「多人数相手に突然一方的に切る」というのは不意打ちでもしないと実現不可能。(つまり暗殺技)
この点に関しては江戸時代以前には存在したと思われる古い居合流派(田宮流や伯耆流)の江戸時代初期の体系を調べると面白いことがわかります。基本的に多人数相手の形は「極意」もしくは「外物」《とのもの》に向之二方と脇之二方の二本があるだけで、それも多様な対多人数の形がある現在の居合と違い、敵は二人だけで、これもまた敵が小脇差などを抜こうとするところを反撃しる形式だったようです。動作に関しても全員ばったばったと切り倒す、というよりどちらかと言えば柔術的な技や泥臭い、逆に言えば現実的な技が多かったようです。
江戸時代半ばになると形の本数が増える傾向があり、対多人数の技も多く増えていった傾向もありますが、特に西日本で多く広まっていた田宮流ではやはり対多敵の形は二人が限度だったようです。
3.「隠れた状態から不意打ちする」「具体的に暇乞の形などが仕物の形がある」
これは無双直伝流特有の形と言っても良いと思います。現在伝承されている「暇乞」は座礼の最中にいきなり抜刀し切りかかるような形ですが、江戸時代中期の資料に書かれている暇乞いは「腰から抜いて右手に持っている太刀(家の中ですので太刀は腰に差しません)のコジリで突き倒し、抜刀して突いて留め」というように仕物の心得として説明されており、現在のような抜き打ちを使う形ではないようです。
現在の形が成立した時期は不明です。当然、ほかの流派には似たような技はあまりありません。隠れた状態から攻撃する棚下についても同様で、諸流でこういった心得的な想定が具体的な居合の形としては存在しているかどうかよくわかりません。伝書では形や技としてではなく、「心得」「大事」として存在する例は見かけます。
○居合の極意
居合の流派に、慶長はじめ頃(江戸幕府成立前です)には既に存在していたと思われる「歌の巻」(秘歌の巻などとも)という巻物が存在します。これは現在では居合の精神・心構えを教えた歌だとされる場合が多いですが、田宮流や林崎流の技や形と比較すると、具体的な技や稽古方法について書いたと思われる歌が複数あります。
これらの歌は伝わっているうちにこまごました言葉使いが変わっているようですが、おおよそ内容は共通しています。田宮流系統の実際の形との関連がわかりやすいものとしては、
「居合とは人にきられず人切らず ただ受け止めて平らかにかつ」
「寒夜にて霜を聞くべき心こそ 敵に会うての勝はとるべき」
「居合とはおし詰ひしと出刀 刀ぬくればやがてつかるる」
「狭みにて勝をとるべき長刀 短き刀利は薄きなり」
「ひしと突くちょうと留るは居合也 突かぬに切るは我を害する」
などがあります。
これらの歌は現代では「(やや非現実的な)居合の精神論」とされることが多いですが、古い居合の
○古い居合の形
江戸時代極初期にさかのぼれると思われる、古い居合の形は関口流も田宮流・林崎新夢想流で共通しています。その特徴は、
1、少し離れた場所から(座っている)敵の前まで寄り、敵のすぐ目の前に座り敵を見る。
2、敵が小脇差を抜こうとした(または抜いて突こうとした)ところを、敵より長い刀を抜いて、敵の右腕を押さえて止める。
3、振りかぶって真向から打ち、やや下がり敵が反撃しないか注視する。
4、刀を納刀し、立ち上がって元の場所へ戻る。
という構造になっています。
特徴としては自分が待っているところを敵に襲われるのではなく、こちらから接近して座るところです。これは相手を取り押さえる
先ほど紹介した歌の巻の内容や林崎流の伝書に「無罪の人は害さず、罪ある人に行きあたらば、この袈裟の一太刀を抜掛け袈裟打掛けて成仏せしめよ」とあるのは、この形の想定と関係があると思われます。
○歌の巻と形の関係
他の歌と古い形を比較してみると、以下のような印象があります。
「居合とは人にきられず人切らず ただ受け止めて平らかにかつ」
→敵が短刀で突こうとしたのを留める(人に切られず人切らず)
「寒夜にて霜を聞くべき心こそ 敵に会うての勝はとるべき」
→敵の突こう、とする気配を察する(寒夜にて霜を聞く)
「居合とはおし詰ひしと出刀 刀ぬくればやがてつかるる」
→形で敵と極接近して座り抜刀する(押し詰めひしと出す刀)
「狭みにて勝をとるべき長刀 短き刀利は薄きなり」
→前記に同じ。抜き方も長い刀の利点を使っているようです。
「ひしと突くちょうと留るは居合なり 突かぬに切るは我を害する」
→「ひしと突」いてくる敵を抜刀して「ちょうと留める」という形の構造をそのまま語っています。
居合の極意が何かは時代時代によって変化していると思いますが、江戸初期、居合が創始され発展した時代には「居合の極意は暗殺」というような考えは無かったと思われます。もし暗殺が重要であるなら、形や心得の解説にそのことについて書き記されていると思いますし、歌の巻にも該当する内容があるでしょう。しかしすくなくとも田宮流や林崎、関口、伯耆の各流派の伝書や実技でそういった内容について目にしたことはありません。
「暗殺などはすべて口伝で伝わり、書に残すことはない(卑怯な事であるから残さない)」という意見もあるかもしれませんが、江戸時代以前創始の流派で、江戸時代に肥後細川藩の主流派となった新陰流剣術の伝書に暗殺法についての詳しい記載があります。この系統の新陰流は藩校でも教えられ、開祖疋田豊五郎の弟子には大名クラスもいました。
ですので、暗殺だから記載しない、という事は考えがたいと思います。(その記載されている暗殺法は居合とは無関係です。武器は最初から抜刀して使用したようです)
なお、伯耆流に関しては江戸初期から一人で稽古していたらしく、系統によってかなり内容に差異があり、ある程度田宮流との関係等推測はしていますが、わからないことが多いため今回説明から省いています。
※当記事で田宮流・林崎新夢想流とあるのは田宮対馬守を初代とする紀州の田宮流と田宮平兵衛から長野無楽斎に伝わった系統を指しています。故・妻木師範が昭和になってから再興され、現在日本各地で広く行われている田宮流居合術(田宮神剣流居合術)は田宮流の系統ですが、内容的には独自に発展されていて、調査した古文書にある田宮流とは共通点がほとんど見られないため、参考にはしておりません。
※この記事は江戸時代に居合と暗殺を関連させている例が存在するか、存在するならどの程度一般的か?という事を検討しています。そのため居合関係の古文書、および田宮流・林崎流各系統の伝書資料による江戸時代初期の田宮流・林崎流の内容などについての推測および江戸時代の随筆・事件の記録等に基づいて推測しました。現在の居合流派に残る伝承・口伝等については参考にしておりません。
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