第38話 爽々とした声
白黒だった風景が急速に色付き初めて、両目を丸くした玉鈴は声の方向を振り返った。
「……亜王様」
「戻ってきてるなら起こせ!! なぜ起こさない!!」
むっと唇を突き出し、不機嫌丸出しの明鳳は寝起きのままなのか着崩れた状態のまま駆け寄ってくるときゃんきゃんと吠え始めた。
「俺は待ちくたびれたぞ! いつまで待たせる気だ!!」
畳み掛けるように訴え、己を睨む少年を見て玉鈴は小さく笑み、襟を整えてやる。明鳳も最初は嫌がり、玉鈴の腕を掴んで押し返すが次第に諦めたのか黙って玉鈴の行動を
「お疲れのようでしたので」
いつものように平常を装い答えるが、察しの良い明鳳はある違和感に気付いたらしい。
「なぜ泣きそうな顔をするんだ」
心配そうに顔を覗きこんできた。
純粋に自分を心配する真っ直ぐな瞳を見て、玉鈴は両目を伏せた。ややあって答えにくそうに口を開く。
「……昔を、思い出しまして」
野生児並の感覚を持つ明鳳には嘘を付いてもすぐバレることだろう。できればこれ以上は答えたくも、思い出したくもないため玉鈴は話題を変えることにした。
「才卿ですか?」
やや強引な流れに明鳳は片眉を持ち上げるが必要以上に
「うむ。やはり、あやつは呪詛とやらに参っているようだ」
「どういう内容なのでしょうか」
「えっと、そうだな。猫の鳴き声がうるさいと言っているらしい」
らしい、という事は本人に直接聞いたわけではなく、他人伝いなのだろう。さすがの亜王でもあの才林矜の
「あの巾着を渡すのか?」
「いいえ。大丈夫です。渡してもすぐに意味が無くなります」
「犯人か?」
玉鈴は小さく顎を引いた。群青に染まる東の空を軽く睨みつけた。
「恐らく、後数日以内に動き始めることでしょう」
「なぜそう思う?」
「蠱毒を選んだのと彼女の性格を
玉鈴が口を閉ざすと、辺りは耳が痛いほどの静寂が満ちてゆく。
しばらく二人は黙って空を見つめた。時が過ぎる度に群青が闇を引き連れ、砂金を撒いた星空が姿を表す。きらきらと光を発する星明かりに呼応するように輝きを深める金眼を見て、明鳳は「俺も同行するぞ」と小さく呟いた。
「どうせお前の事だから俺を放って一人で解決するつもりだろう?」
玉鈴は星空から視線を明鳳に移すと袖で口元を隠してくすくすと笑った。
「亜王様の御身を危険に晒したとなれば処罰は免れないでしょうね」
「なら俺を守れ」
胸を張り偉そうにふんぞり返るのを見て、玉鈴は肩を竦めた。
「僕、武の腕はいまいちなんです」
いまいち、というよりも潰滅的と称したほうが早い。主人に対して酷い言葉を使わない尭ですら「これ以上は限界ですね。今後も俺がお守りするので玉鈴様はそのままでいいです」と諦めに似た表情で告げてきた。正直、その表情には精神を
剣を握れば六振りで腕は筋肉痛で動かせず、槍を持てば重さに耐えきれず
そんな玉鈴よりも走り回るのが好きな明鳳の方が武術の腕は遙かによさそうだ。
「少しは運動すればいいんじゃないのか?」
「運動は苦手です」
「お前にも苦手なものはあるのか」
明鳳は驚きに固まった。常に
その言葉を聞いて、今度は玉鈴が驚きに固まった。
「おい、どうした」
「いえ、亜王様は僕を人間だというんだな、と思いまして」
意味がわからない、と明鳳は首を傾げた。
「お前は人間だろう。それ以外になんだというんだ」
「周りは僕を龍の子だの、龍人だの称します。龍の愛し子という方もいましたね」
目を合わせないように玉鈴は下を向いた。
「僕はそんな大層な存在ではないのに」
「お前は龍の子だが、本当に龍かと言われたら違うと思う」
「そうでしょうか?」
「ああ。まず、神々しさが足りない」
ビシリ! 指を刺されて玉鈴は再度固まった。神々しさとはなんだろうか。
「龍は亜国では守神も同然だ。本当にお前が龍の子ならば俺はお前に平伏したくなるだろう? だが俺はお前が恐ろしいだけで平伏したいなどとは微塵も思わないぞ」
なんと返せばいいのか分からず玉鈴は右手で口元を覆った。なぜ、いきなり神々しさから平伏す話になったのだろうか。
「僕は龍の子ではない、という事でしょうか」
「いや、龍の子だ。本物だが本物ではない」
頭上でもっと疑問符が浮かぶ。
「どうしたら本物になれますか?」
「俺が知るか」
明鳳はハッと鼻で笑うと玉鈴の右腕を凝視し始めた。つられて玉鈴も右腕を見ると袖がよれて汚れているのに気付く。先ほど転んだときの汚れだと弁解する前に明鳳は心配そうに顔を歪めた。
「転けたのか?」
「はい。昼間に」
「手を見せてみろ」
見せろと言われても傷はとうに完治している。昔から傷の治りは早いため手の平には擦り傷どころか腫れすらない。この手を見せて気味悪がられるのではないかと悩んだ末に玉鈴は手を差し出した。
真っ白な手の平を見て、明鳳は安心したように息を吐き出した。
「怪我はないみたいだな」
「ええ、大丈夫です」
気味悪がられるどころか心配されて玉鈴は驚きに両目を瞬かせ、首を傾げた。
なぜ、明鳳は自分を気色悪がらないのだろうか。不思議でならない。恐れられてはいるようだがそれも自分が龍の子ゆえの感情ではなく、ただ単に玉鈴のゆったりとしているが本質を突く性格が苦手という印象を受ける。
手の平を睨み付け、考え事に更ける玉鈴の肩を明鳳は激しく揺らし始めた。
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