第13話〜お弁当箱

 翌日、お昼。経理部の出入口には葵が待っていた。


「ユリ!お疲れ!」


 喫茶室・ジョリン。


「ユリ!大丈夫?熱下がった?」

「ユリが休むなんて珍しいって、経理の子が言ってたから心配したよー?」


 葵と舞、すぐに百合を心配する言葉を掛けた。


「はい…少し具合が悪くて…。でももう大丈夫です。」


 葵と舞、2人は百合を心配してくれていた。百合は嬉しかった。


「なんか、舞と2人でお昼って、すごく久しぶりな気がした。」

「ほんとー。ユリがいないだけでこんなに寂しいなんてね。」


 百合は控え目な笑顔で2人に礼を言う。


「ありがとう…ございます…。」


 きょとんとする葵と舞。


「ユリ、それずるい!可愛いすぎ!」

「え…?何がですか?」

「その笑顔!私できない!」

「笑顔…?」

「笑顔が可愛すぎるって言ってるの!」

「え…??」

「私、練習しよっかな!」

「舞には無理ー。」


 2人は無邪気に話す。百合に笑顔をくれたのは航だ。昨日の航の言葉を、百合はひとつひとつ思い出していた。そして話は変わり始める。


「…でもさぁ、少し具合が悪いくらいなら…、どこか出掛けちゃえばよかったのに。」

「あー!それいい!私ならー、買い物!休日だと混んでるじゃない?」

「いいねー!」


 ニヤニヤしながら楽しそうに話す2人。


「あの…。」

「ん?どした?ユリ。」


 隠す必要も気持ちもなかった。素直に言う百合。


「昨日、好きな人と会いました…。」


 驚く2人。百合にしては大胆すぎる行動。無理もなかった。


「え?!仕事サボってデート?!」

「ユリすごーい!」

「いや、あの、全然そんなんじゃなくて、ただ相手の人の仕事が終わった後、公園で少し会っただけです…。」


 葵たちに何を言われるかわかっていて覚悟はしていたが、いざ言ってみると恥ずかしくなった百合。そんな百合は葵たちにさらに突っ込まれる。


「それで??」

「え?」

「もちろん、何か進展、あったんでしょ?」

「あ…。」


 2人は目を輝かせながら百合の返事を待っている。


「お弁当を、作ることになりました。」

「お弁当?」

「はい。その人のお昼です。お弁当作って、朝会社に届けて…。」


 驚愕する葵と舞。


「ほんとに?!」

「それって愛妻弁当じゃん!」

「あい…さい…?」


 そんなつもりはなかった百合。そんな言葉さえ頭の中になかった。自分はとんでもないことを航と約束してしまったと、百合はその時初めて思った。2人は盛り上がっている。そんな2人に百合は助けを求める。


「それで、2人にお願いがあるんですが…。」


 仕事が終わって3人はデパートへ。生活雑貨コーナーにいた。


「これ可愛いー!」


 葵は大きな声、百合は小さな声。


「あの、可愛いじゃだめです…男の人ですし…。」


 航用のお弁当箱を選ぶのに、百合は葵と舞に付き合ってもらったのだ。2人は百合本人よりテンションが高い。


「じゃあ、これは?」

「それも可愛い感じが…。」

「その人の好きな色とかある?」

「んー…。」


 百合は航の姿を思い出すが、これといってピンとくるものがなかった。


「じゃあ、その人どんな人?雰囲気とか。」

「雰囲気…それなら…、やさしい感じ…。」

「じゃあ、はっきりした色より優しい色のほうがいいね。」


 楽しそうに選ぶ葵と舞。その光景を百合は少しの間見ていた。誰かと何かを一緒にするのは、とても楽しかった。


「ユリ!何ぼーっとしてるの?ユリが選ばなくてどうするの?」

「はい!」


 百合は探した。航を想いながら、航らしいものを。


「真っ黒とかモノトーンとか、ありがちだよねー。」

「パッと見もなんか冴えない気がする。」


 葵と舞の見ているお弁当箱の隣、百合は見つけた。それを手にする。


「あ…それいい!」

「可愛くもなくて、でも味気なくもない!」


 百合が手にしたのは、やさしい色のお弁当箱。ふたは茶色、下はベージュ。一般的な長方形、柄はない。大きさも平均的なものだった。


「その色ならご飯、すごい美味しく見えそう!」

「さすがユリ!その人のことわかってるねー!」

「ねえ!お箸とか巾着とか、セットがあるよ?」

「セットになるなら、合わせたほうがいいよね!」


 百合は手に取ったお弁当箱をずっと見ていた。


「これを、航さんに…。」


 百合に現実度が増す。楽しみになった百合は少し微笑む。


「ユーリ!にやけてないで、こっち来て!」

「は、はい!」


 百合の新しい生活が始まる。

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