第11話〜公園

「あなたたちも仲が良いのねぇ。」


 ふたりは声を掛けられる。それは公園に入ってきた、散歩をしている年配の夫婦だった。興味を示す航。


「なんすか?それ。」


 女性が遠い昔話をするように語り出す。


「そうねぇ、歳はちょうどあなたたちくらいかしら。一組のカップルが以前、この時間帯によく来てたの。ふたりで缶コーヒーを飲みながら、とても楽しそうにおしゃべりしていたのよ。ね?あなた?」

「それはとても楽しそうで、こっちが恥ずかしくなるくらいだったよ。」

「でもいつからかしら、パタッと来なくなってしまって…。今度はあなたたちかしら?」

「ここはまるで恋人の聖地だな。」

「そうね。」


 夫婦は笑う。とても楽しそうに。


「あまり邪魔をしては悪いわね。いつまでも仲良くいてね、応援してるわ。」


 やわらかい微笑みを残し、夫婦は去っていった。


「カップル…恋人…。」


 百合は小さく呟く。自分は航の恋人だと見られていると思うと、どきどきそわそわした。その百合の横で、航も呟いている。


「オレらの歳で…この時間…。」


 航は誰も座っていない隣のベンチを見る。真横を見る航の顔は、百合には見えなかった。


 百合と航、それぞれ呟く。呟いた後、航は百合に問う。


「ところであんた歳いくつだ?」

「は、はい。24歳です。」

「24??大人びてるからもう少し上かと思ってたけど…。」

「そう…見えますか…。」

「いや、悪い意味じゃねぇよ。…24か…まだまだこれからじゃねぇか…。あんたにはあんたの人生がある。オレにもオレの人生がある。」


 どういう意味なのかわからず、疑問に思った百合。


「それってどういうことですか?」


 百合はなぜかこの時、心に思ったことが喉をスッとすり抜けた。


「私の人生と航さんの人生が別々なら、どうして私は航さんと会えたんですか?そういうこともあるんですか?」


 航は百合の言葉を聞いて驚く。そして百合を見てさらに驚いた。百合の表情と瞳。邪念や雑念が全くない純粋な表情と、ガラス玉のように透き通った瞳。航はどきっとする。


 見つめ合ったままの、一時の沈黙。百合の瞳に吸い込まれそうになる航は目をそらす。


「そういうことじゃねぇよ…。」


 航は頭を抱える。百合は航の答えを待っていた。


「かっこ良いこと言っといて説明できないなんてな。かっこ悪いな、オレ。」


 はにかむ航。それは百合が初めて見た、友江の結婚式で見た航の笑顔。百合は疑問に思っていたことが一瞬で消え、そのはにかむ笑顔に見惚れていた。


「そんなに見るなよ。」


 航は笑いながら、百合の頭をやさしくなでた。百合は何が起きたのか、把握するまで時間がかかった。徐々に嬉しい気持ちが生まれ、顔が真っ赤になる百合。嬉しさでいっぱいになった百合は、口元に手を当て自然と笑みがこぼれた。


「ちゃんと笑えるじゃねぇか。」

「え??」

「初めて見たよ、あんたの笑顔。」


 航は百合のことを覚えていてくれた、今までの百合を。百合は口元に当てていた手を頬に添える。笑うことさえできていなかったこと、そして普段から笑っていないことを、百合はその時知った。


「あ…の…あの…。」

「もうやめろ。」


 固まる百合。少しだけ怖くなる。


「あんた、頭ん中で言いたいことがまとまってから言おうとしてるだろ。」

「…はい。」

「考えるのは後回し。行動のが先だ。そのほうが早く前に進める。」


 航はいつも百合に勇気をくれる。航への想いが胸に膨れ上がる。それが百合を後押しするかのように、素直に言葉が出た百合。


「航さんは、どうしてそんなに強いんですか?」


 航は笑う。


「オレは強くもなんともねぇよ。オレはオレだ。」


 そう言った後、航は少し切ない目になる。


「強くなんて、なろうと思ってなれるもんじゃねぇ…。何かこう、でかい存在が自分の中にできたら、強くなれるのかもしれねぇな…。」

「大きい、存在…。」

「オレはそういうやつを確かに見た。」

「…私も強く、なれますか…?」


 百合はうつ向いた。そんな百合に対して、航は夜空を仰ぐ。


「オレたちは、これからなのかもしれないな…。」


 百合は航の横顔を見る。航のその言葉は百合にとっては深すぎて、何も言葉が出なかった。


 百合も夜空を仰ぐ。月とひとつの星が見えた。月と星がふたりを照らしていた。

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