第5話〜縁

 ビールを飲み、自分を落ち着かせる、もしくは少しでもテンションを上げようとしている百合。


「昨日、友江さん。綺麗だったな。」

「はい、すごく。」

「幸せそうで…ほんとよかった…。」


 百合は少し気になったことを聞いてみた。そういえば、と。


「友江先輩と知り合いなんですか?」


 航はやさしい顔で答える。


「まぁな。いい人だよな。会社でも、やっぱりいい人だったのか?」


 百合はしょんぼりしながら答える。


「はい。いつも明るくて、ムードメーカーでした。元気のないような子にはすぐ声を掛けて…。私のこともよく気に掛けてくれて、昨日も心配してくれました。」


 さらに百合はしょんぼり言う。


「もう1人、優しい先輩がいたんです。でも友江先輩が辞める少し前に突然辞めてしまって…心強かったのに…。優しい先輩が一気にふたりいなくなってしまって、ショックでした…。」


 航は少しうつむいた。


「ふたりのいい先輩がいなくなるのはつらいな。」

「はい…。」


 うつむいていた航が顔を上げる。


「でもこれからできるかもしれないぞ?」

「はい?」

「先輩かもしれねぇし、後輩かもしれねぇし、会社の人じゃないかもしれねぇ。誰か、いい人、やさしい人、心強くなれる人。これから出会える。いつになるかはわかんねぇけど…。でもそん時には、あがり症もなくなってるだろうよ。そのためにはまず人に慣れることだな。」


 航の口からさらさら出る言葉は、百合の胸の中にやさしく入ってくる。柔らかで穏やかな春の風のように。入ってくればくるほど、航への想いが大きくなってく。その自覚のない百合は、ビールを飲む航に見惚れていた。


「なんだ?」

「はい?!」

「こっちが聞いてんだよ。」


 笑う航。その航にも、百合は見惚れていた。


 突然、百合は昨日の先輩の言葉を思い出した。


『最低限、連絡先の交換だけはしないとね。』


「あ、あの!」

「おお、今度はなんだ。」

「あの、連絡先を…。」

「…ああ、そうだな。またあんたに困ることあるかもしれないしな。」


 航は笑って快く応えてくれた。


降谷ふるや…。」

降谷ふるや百合ゆり。です。」


 スマホをギュッと握りしめ、百合は言う。


「あの…。」

「どうした?」

「ライン、してもいいですか?」

「?何のために教えたんだよ。」

「いつすればいいですか?」


 不思議に思う航。


「…いつでもいいんじゃねぇか?」

「何を言えばいいですか?」


 航はさすがに聞いた。


「あんた、さっきっから何言ってんだ?大丈夫か?」


 百合は少し震え、困惑する。


「…初めてなんです…。」

「何がだよ。あんたほんとに大丈夫…。」

「は、初恋なんです!」


 百合は叫んだ。航も昨日と同じく叫ぶ。


「はぁ?!」


 また、やはり沈黙しかなかった。困惑するふたり。


 航は思い出した。昨日の結婚式。百合に一目惚れだと言われ、困った結果、社長の名刺を借り、とりあえずそれを渡したということを。しかしまた困ったことになった。


「悪い、オレ…。」

「あ…、好きな人がいるんですね。じゃあ私のことは忘れてください、なかったことにしてください。連絡先も消してください。」


 珍しく百合は早口で言った。航は頭を抱える。


「いや、そうじゃねぇよ。ただオレ頭良くねぇから、こんな時なんて言ったらいいか…。」

「じゃあ何も言わなくていいです。忘れてください。」


 百合はまた早口だった。


「それは違う…。」


 そんな百合に対し、航はやさしかった。


「ラインなんて、それは気にすんなよ。いつでも何でもいい。朝起きたら、おはよう。夜寝る時、おやすみ。そんなんでも充分だ。今日は何があったとか、どこへ行ったとか、そーゆーの…。で、なんか特に嬉しいことつらいことがあったら、そん時思ったことをそのままラインすればいい。すげー長くなりそうなら電話しろ。うまいこと言える自信はないけどな。」

「で、電話…。」

「オレを実験台にしてもいい。」

「実験?」

「人に慣れるためだよ。」


 航は少し切ない顔をした後に言う。


「これも何かの縁だ。なかったことになんかすんな。」


 百合は感謝の気持ちも自分の想いも、何の言葉も出てこなかった。

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