ある気まぐれな天使からの手紙
飯田鴉
こんにちは、親愛なる人間!
こんにちは、親愛なる人間!
貴方に自我があることを証明できますか?
質問の意味が分からない? では愚鈍な貴方にもわかるように例え話を。哲学的ゾンビという言葉に聞き覚えは? ないのですか? 貴方方が作った言葉だというのに。幸いにも人間はWikipediaなるものを発明しているようです。ご覧になってはいかがでしょう? ……ご覧になりましたか? では。
貴方の友達が哲学的ゾンビだったとしましょう。貴方とその友達は仲良く談笑します。友達は確かに貴方の冗談を聞いて笑います。キレのある返答だってします。その友達と一緒にいるひと時はとても楽しいでしょう。しかし彼/彼女に自我はありません。彼/彼女にクオリアはありません。ただ化学反応の集合として笑い、話すのです。人間がそれを見分けることは決してないでしょう。何が言いたいかって?貴方は貴方の友達に自我が本当にあるのかを確かめられないということです。残念ですね。
では、貴方自身についてはどうなのでしょうか?
明らかに自我があるじゃないか、そう思いましたね? えぇ、当たり前です。
貴方にとっては。
貴方が生きている限り貴方にとって貴方に自我があることは自明です。我思う、故に我あり、ってね。ですが、貴方が死ぬとどうなるのでしょう? ここに眠るは貴方の遺体。周りを囲むは貴方をよく知る人々。記録に残るは生前の貴方の姿。さて、貴方に自我はあったと、誰が断言できるでしょうか? 貴方をよく知る人達なら断言する? 本当に?
話が長くなってきました。実に退屈です。しかしもう少しおつきあいを。
話が変わりますが。オッカムの剃刀という言葉をご存知でしょうか? あれは説明の指針や思考の効率化のためのものです。なので何かの非存在を示すようなものではありませんが、敢えて誤用しましょう。愚かな人間のように。
「水素と酸素は結合すると神の思召しによって水となる」という説明があるとしましょう。ここで神の思召しについて言及しなくても良いですよね? 神はこの説明文に不要だったわけです。誇張して言えば、神は存在しないと考えても良いわけです。その方が自然とも言えましょう。
何が言いたいかというと。
存在するか分からないもの。そういうものがあったとして。存在していたとしてもしていなかったとしても矛盾しないとすれば。
そんなものなんて存在しなかったと考える方が自然ですよね?
話を戻しましょう。もし貴方が死んでしまったら?
誰も貴方の自我の存在を証明できない。貴方の友達が哲学的ゾンビではないと証明できないように。貴方の自我、簡潔に言い換えましょう、『貴方』。『貴方』が確かに存在したという記録は、確かに哲学的ゾンビではなかったという記憶は、貴方が死んだことで脳が腐って失われてしまった。
「生前の貴方の体には感覚器官と運動器官があった。感覚器官が刺激を受けると種々の化学反応が起こり、『貴方』は様々な感覚を想起しそれを基にある意思決定を行う。すると種々の化学反応によって貴方の運動器官は動作した。」
例の剃刀を再び。確か『貴方』の存在は不明確でしたね。削ってみましょう。
「生前の貴方の体には感覚器官と運動器官があった。感覚器官が刺激を受けると種々の化学反応が起こる。するとその化学反応によって貴方の運動器官は動作した。」
この文に科学的な破綻はないわけです。今、貴方の死を仮定しています。つまり『貴方』の存在を唯一確信していた貴方すらもいない。
オッカムの剃刀によってあっさり削られ。誰も存在を確信していない。そんなものなんて。
貴方が生きていた頃からなかった。
有ると考える方がおかしいのではありませんか?
『貴方』というものは100年にも満たない短い間の幻覚だった。
そうは思いませんか?
さて、人間。定命の者よ。親愛なる貴方に問います。
貴方に自我があることを証明できますか?
ある気まぐれな天使からの手紙 飯田鴉 @karasu_ida
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