第28話 水の泡は無駄ではない
APS水中銃を片手にプールの中に入る。
筑波大学の温水プールで俺やブロケードが水中環境での訓練に使用している割と使い慣れている場所だ。
普段は塩素で雑菌された水に満たされたそこは、塩で浸透圧を調節された人工海水が並々と注がれ、疑似的な海と化していた。
水深は最大で3mで一番浅い所は1mくらいの50mプール。
俺は深い所からプールに入ると、目を開いて鎖骨部分にある鰓を開いて稼働させる。
本来人間に存在しない、必要ない器官は俺の意思に関係なくパクパクと呼吸を始め、血液を回して呼吸を始める。
出来もしないことができているのは何だか気持ちの悪い感覚でいつもなれないがそれを無視して精神を集中させる。
肺魚という陸上では肺呼吸、水中では鰓呼吸を使い分ける魚がいるらしいが、ニーナに言わせると俺はそういう生き物らしい。
あの理系幼女、色々とガバガバな理論づけをしていないか?
そんな疑問とともに俺は銃を構える。
余談ではあるがAPS水中銃での射撃はその独特な弾頭から『裁縫する』というスラングがある。
銃はその弾頭のせいで水中以外での命中率が極悪だそうだ。
ライフルというよりはネイルガンに近い代物。
だから地上での射撃訓練をすっ飛ばして水中での訓練を行っているらしい。
「それじゃあ開始するわね、まずは10m先の的を当ててみなさい」
マイク越しの声が水中イヤホンを通して伝わってくる。
頭部に装着したヘッドセットは防水機能付きで実戦においても使われる本格使用のものだ。
「それじゃあ撃つぜ。あとで被害とか請求すんなよ」
「問題ないわ。APS水中銃の水中での有効射程は20mが限界なの。50mも進めば豆鉄砲よ」
プールの壁とかを破壊したらやばいと思って相談してみたが、やはり何かしらの対策はしてあるらしい。
前方を凝視するとデコイのような的が現れた。
おあつらえ向きにゴマモンガラがプリントされてある。
「確か、脇を締めるんだったか…」
とりあえず勝手なイメージと入水前にゴリウスに口頭で教わったやり方でやってみる。
頭は垂直に固定、右手は脇を締めてバットプレートはしっかりと肩に押し付ける。
「よし、とりま1発撃ってみっか!」
今にして思うと水中でしゃべれるのも不思議だ。
イルカとかはメロン体という超音波を発する器官を使って会話しているらしいがいったい俺は何を使って会話しているのだろう?
そんな疑問を文字通り水に流しつつトリガーを引く。
バシュウウウンという効果音とともに弾丸が水を貫いて射出され、デコイに当たらずに明後日の方向へと飛んでいく。
俺は銃の反動をもろに受けて水中で無様に一回転する。
「なるほどね。水中だと踏ん張ることができないから反動がもろに上体にフィードバックされるのね…」
「じゃあどーやりゃあいいんだよ」
言っておくが俺は銃を撃ったどころか触ったことすらない男子高校生だ。
平和ボケしきった国民を舐めるな。
「じゃあ伏せて射撃してみない?射撃にはスタンディング(立射)、ニーリング(膝射)、プローン(伏射)の三つがあるのだけれど貴方は水中で上下や重力の影響がかなり薄くなって2足歩行の意味がないものね。プローン射撃のほうが機動力的にはいいのかもね。やってみて頂戴」
相変わらず無茶を言う上司だ。
こちとら射撃の射のじも知らないっつーのに色々注文を付けてくれる。
だが間違ったことは言っていない。
今の俺は移動にドルフィンキックやバタ足を利用している。
水中でまで2足歩行にこだわる必要はないかもしれない。
そんなことを考えるとまるで心までホンソメワケベラに成り下がったような気分になるのだがまあ今更だ。
「了解。えーっとこんな感じか…」
伏臥の姿勢を水底でとり、肘をついて肩と両腕で銃を支える。
プローン射撃は実際の射撃においては敵に対する面積が少ないことくらいしか有利になることはないが、水中だと別だ。
面積が少なければ抵抗も少なく、非常にスムーズに発進できる。
「了解。撃ってみるぜ」
もう一度確認してから引き金を引く。
鉛筆の芯のような銃弾は水の粘性抵抗を貫いて前進し、ゴマモンガラを模したターゲットに当たらずに通り抜ける。
だが前よりは軌道が的に近づいた気がする。
反動は確かにあり、体は少し後ろに動いたが体勢そのものは崩れない。
「いいじゃない。これで行くわよ。まったく、太田さんもこれくらい素直ならいいのに…」
「あ?誰だよそれ」
「何でもないわ。それより続けなさい」
「はいはい」
今度は射角を右にずらして引き金を引く。
すると今度はターゲットの左にそれて飛んでいく。
「ちっ」
「大丈夫よ、最初はみんなこんなものよ。まあ実戦だと海流の影響もあるし、相手は縦横無尽に泳ぐからさらに大変だろうけど」
「勘弁してくれ…」
励ますのかド正論で沈めてくるのかどっちかにしてくれや。
そんな不満を吐きながらまた狙いを絞りながら引き金を引く。
泡を纏って水を貫く銃弾はやはりかすりもせずにどこかへと旅立っていってしまった。
その後も射撃訓練は続き、結局装弾数26のうち当たったのはたったの2発。
へこむ背中をゴリウスやブロケードに気遣われながら俺は疑似海水から上がったのだった。
そして待望の夕食。
俺に待っていたのはいくら、かずのこ、たらこ、辛子明太子・・・・・・
「何にも変わってねーよ!!あとたらこと明太子を別枠で扱ってんじゃねえ!!」
進歩したのは魚肉だけ。夜の食堂に突っ込みが虚しくこだました。
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