第21話 嵐の中で輝く2

単純に戦力として人間の腕や足を生やしたゴマモンガラはそこまで強い相手ではない。

噛みつかれたら終わりだが、人間時代の優二が拾ったパラソルで一体を殺せたように単体の戦力としてはナイフなどで武装した人間で討伐は可能である。

しかし、可能だからと言ってできるわけではない。

たとえば通り魔がナイフをもって暴れていたとする。

貴方は柔道を習っていて通り魔の動きはてんで素人。1対1なら確実に勝てる相手だ。

という状況に対して大抵の人間は自主的に行動することができない。

何かあったら責任をとることはできないし、万が一でもナイフが刺さる可能性がある以上自分から危険に近づきたい人間などいないだろう。

仮に実際に戦えるのだとしても目の前で人が死ねばそれだけで恐怖で筋肉は硬直し、立ち向かおうとする意志をそぎ落とす。

本来ならば進化前の魚状態こそ攻撃のチャンスだというのに人間たちは距離をとるばかり。

それどころか目の前で人が死ぬという精神的ショックに負け、集団パニックを起こして隙を晒す。

ゴマモンガラからしてみればなんと弱い生き物だろうか。

避難時の将棋倒しや人間同士のヒステリー、突如戦線を超えて頭上から侵入してきたという事実に人類は打ちのめされ、がGOMAネードの前に膝を折る。


そうして勝手に自滅していく一般人たちから美味しくいただいていくゴマモンガラたち。

彼らはバイキングに来た子供たちのように嬉々として人間たちに食らいついて腕を生やし、足を生やし、地上へと適応していった。

秋葉原駅山手線のホームでは数多くのゴマモンガラたちが雨と血液と体液に濡れたコンクリートの上を駆け回っていた。

既に無残に転がる死体は2桁に及び、それがほかの駅でも同様にして起こっている。

まさにゴマモンガラ楽園パラダイス

自ら作った血の海で魚たちは至極楽しそうに泳いでいた。


しかし、そのゴマモンガラ天国は長くは続かなかった。

GOMAネード襲来から約半日、正確には10時間45分後、東京に自衛隊本隊の増援がやってき、ゴマモンガラ殲滅作戦が開始された。

各自衛隊駐屯地より大量にに派遣された96式装輪装甲車クーガーがゴマモンガラたちを轢き殺し、そこから降りてきた自衛隊員の62式7.62mm機関銃ロクニーやミニミ軽機関銃によって風穴をあけられて無残な屍を晒す。

マズルフラッシュの閃光とともに一匹、また一匹と散っていくゴマモンガラ。

東京23区内のゴマモンガラたちは現代兵器の前になすすべもなく玉砕していった。

都心外はいまだ人手が足りておらずゴマモンガラたちによる被害が出ているが、自衛隊の到着から数時間たてば都心の中では死ぬ人間はほとんどいなかった。


しかし、何事も例外は存在する。

場所は東京都江戸川流域。

虫を模したゴマモンガラたちは必死の抵抗活動を続けていた。

ゴマモンガラ・飛蝗グラスホッパーはまるでアメコミヒーローのように摩天楼の間を己が脚力のみで飛び回り、自衛隊の射撃から逃れていた。

ビルの壁から壁に飛び、また別の壁に張り付き、屋上に上る。

パルクールのように摩天楼の上を高速で走り回り、戦線の内側から飛び降りて自衛隊の部隊のど真ん中に降り立つ。

強靭な足腰と広げた羽根で衝撃を吸収しながら着地すると、驚愕する周囲の隊員たちを回し蹴りで蹴り飛ばす。

無駄のない、頸椎を一瞬で破壊する一撃。

隊員たちを文字通り鎧袖一触すると飛蝗グラスホッパーは次なる殺戮を求めて飛び立っていった。


生き残っていた隊員たちは奇妙な違和感を感じていた。

ゴマモンガラたちは人間を食べようとした結果殺している。

目的は単純なエネルギー補給なのか趣味なのかそれとも本能なのかはわからないがゴマモンガラたちが人を殺すときには必ず『食べる』という過程を伴う。

しかしこの奇妙な脚をもったゴマモンガラだけは

殺した後の死体を食べようとすらせずに、どこかへ飛んでいくその行動が今までのゴマモンガラに存在していない。

まるで神が人を殺すために差し向けたような黙示録の使者。

旧約聖書出エジプト記10章12節に登場する蝗害が、まるで解釈を間違えたように人類を物理的に殺していくような悪寒が隊員たちを襲ったのだ。


しかしその違和感は後続の恐怖に塗りつぶされる。

陣形と弾幕が崩壊したことにより巨大なゴキブリのような集団、背中と腹からカブトムシのような足を生やして体を横に倒しながらカサカサと進む魚たちが接近し、バリケードを突破してきた。

ゴマモンガラ・コックロウチの群れは次々に自衛隊隊員たちをその強靭な顎とゴキブリの速度をもって襲い掛かる。

ご馳走を前に食器で遊びだす子供のように歯をがちがちと鳴らしてよだれを振りまいて迫りくる虫とも魚ともいえないキメラの集団。


Keeeeeeeyキ────」、「Ki,Keee!!キ、キ──ィ!!」「GiGeeee!!ギギ────ィ!!


言葉にすらなっていないうめき声を上げながらコックロウチの集団は牙を剥く。

隊員たちの断末魔が上がり、本日初の自衛隊隊員の被害者が量産される。

しかし隊員たちはただゴマモンガラの餌になることをよしとしなかった。

飛蝗グラスホッパーに蹴り飛ばされてもうろうとする意識の中、懐にしまったマークII手榴弾のピンを抜く。

投擲は間に合わない。この手榴弾は隊員たちの手元で爆発する。


「人類に、栄光あれ————!!」


火薬の燃焼反応により発生した圧力にパイナップルのような容器が耐え兼ね、数多の破片を散らして爆砕する。

爆風に乗った破片はGコックロウチたちを貫き、切り裂き、爆発にをって発生した熱で焼き尽くした。

後に残ったのは生き物の焼けた死体と悪臭だけだった。


東京じゅうでゴマモンガラと人類の多くの奮闘があった。

蟷螂の鎌を持ったゴマモンガラが鉛玉の弾幕の前になすすべもなく倒れ、蜘蛛の糸を吐くゴマモンガラが摩天楼に張った巣ごと爆殺された。

緑色のゴマモンガラが奮戦する一般人の一撃に倒れ、強固な外骨格で覆われたゴマモンガラが分厚い鉄板をも貫く機銃掃射で跡形もなくその姿を肉片へと変えた。


東京メトロに入り込んだゴマモンガラが次々に人を食い殺し始めた。

自衛隊に追われたゴマモンガラが最後の力で一矢報い、家屋に浸入して子供を脇腹から食い尽くした。

多くの人々が死に、多くのゴマモンガラが命を落とした。


結果としてGOMAネードは首都圏の総人口の約1割を殺す未曾有の大災害となり、終結へと向かった。

人類側の死者は万単位に届き、ゴマモンガラたちも数千単位の死者を出した。

人類の隙をつくように現れたゴマモンガラたちの空襲は世界中に伝わり、各国でGOMAネード対策案が日夜激しく議論されることになった。


しかし多くの自衛隊隊員に被害をもたらしたゴマモンガラ・飛蝗グラスホッパーの死骸だけはどこにも存在しなかった。

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