第20話 特撮の聖地は人魚の楽園に
首都圏外郭放水路というものがある。
日本の首都圏の治水施設の一つであり、調整池の一種世界最大級の地下放水路である。
台風・大雨などによる中川・倉松川・大落古利根川など周辺河川の増水時、洪水を防ぐため流量容量を超えた水を貯留し、江戸川に排水する。そのため、地下河川であると同時に巨大な洪水調節池としての機能がある国に指定された一級河川だ。
台風18号によって増水した河川の水を放水するためにも放水路の機能は解放せざるを得なかった。
いや、それが本来の機能である以上機能すること自体は至極正しい。そしてその機能は正常に作動している以上何の落ち度もない。
だが人類はその隙をゴマモンガラに突かれてしまった。
川に降り立ったゴマモンガラの一部はその中に迷い込み、潜伏した。
彼らにはその巨大な地下空間の脱出方法など理解できず、ただじたばたとあがくしかなかった。
だがその無駄なあがきが恐ろしい結果を生んでしまった。
ゴマモンガラたちが行ったのはその地下神殿の柱を喰い、破壊すること。
1本2本くらいならば問題ないかもしれない。
それでもこのゴマモンガラたちの強力な咬合力ならば3日もすればこの地の柱をすべて喰い、折ることができる。
そしてそれらが折られた時、地上では大規模な陥没、巨大なクレーターが出来上がるだろう。
もしそうなれば地上の人々は地下神殿の中に落ち、ゴマモンガラの手にかかるまでもなく一斉に転落死する未来が待っている。
それに肝心の水路は水に塞がれ、水深も深く濁流によって水中での視界も悪い環境。
地上は混乱しており、自衛隊もこの地下施設までには手を出す余裕はなく、危機は水面下化ら誰にも気づかれずにでも確かに忍び寄っていた。
ゴマモンガラたちはそのことを気にせずコンクリートの柱を食べ続ける。
この施設が崩落したら彼らとて生き埋めになるのであろうが、悲しいかな。
彼らにその未来を考える頭脳はなかった。
ガリガリ、とコンクリートが削れ、中の鉄筋が見え始める。
ゴマモンガラたちは競うように柱を喰らい続ける。
泥水の中で高速で動く影に気付かずに。
ブスリ、と鉄筋の攻略に差し掛かっていたゴマモンガラの胴体を金属製の棒が貫いた。
深々と突き刺された棒は何の変哲のないステンレスの先端がとがった杭のような形をしていた。
金属の棒の正確な名はエストック。
フランス語で
磨かれ抜いた時代錯誤な騎士剣はゴマモンガラの体躯を焼き魚でもするかのように串うちにしたのち、体から抜かれて更に別の場所に突き刺さる。
抜いて刺してを繰り返されたゴマモンガラは当然のように絶命して激流に流される。
「まったく、この魚どもには困ったものだ」
濁り切った濁流の中から銀色の光を放つ一本の日本刀のような体躯をした男の上半身が現れた。
よく剣道の達人や居合の達人の立ち振る舞いを『一本の剣のよう』という比喩表現を使うが、この男に関して言えばそういった比喩表現ではなく、もっと直接的に剣のような人間と言える。
背中は青黒く、それ以外の部分は全身銀白色の光沢を放っており、濁流が流れ、光もほとんど刺さないこの地下空間でさえ抜き身の日本刀のように光り輝く。
口は鳥のくちばしのように尖って出て、その中にギザギザの歯が並ぶ。
水の抵抗を極力減らすように作られた長身・細身の体躯で手に持つのは1本のエストック。
スキンヘッドの頭にぎらつくようにゴマモンガラを見つめる瞳。
腰にはスペアのエストックがいくつも帯刀され、主の命令を待っている。
男の名は
かつてフェンシングの達人であった男で、現在はエーゴマ隊の
陸上自衛隊に雇われこの貯水施設の防御を一手に引き受けた
「それでは参る。覚悟はいいか、下賤な魚ども」
怪物相手でも慇懃無礼な態度を崩さず剣を構える。
太田は再度潜水すると次なるゴマモンガラを狙って泳ぎだす。
およそ人類には到達しえない超高速で濁流を突き抜けるように泳ぐその男は直線速度において圧倒的にゴマモンガラを凌駕していた。
男は銀色の弾丸となって柱の合間を縫い、2匹目に剣を向ける。
当然ゴマモンガラは太田に向かって泳ぎ、反撃に出る。
その何でも削り取る歯を剥けて正面から向かい撃つ。
当然太田は剣というリーチの差を生かしてゴマモンガラの口腔内を一突きにする。
肉を貫く感触とともに剣が刺さるがそれは少しだけ進んだのちに止まった。
歯を使った真剣白刃どり。
かつてミスタードーナツでの戦いで優二を苦しめたゴマモンガラの十八番は此度も有効に作用し、強度において劣るエストックをキャンディのようにへし折る。
その隙にゴマモンガラは交差するように太田の側を通り抜け、回るように切り返して後ろから太田を襲う。
くしくもそれは太田の戦闘スタイル、手術ベースに対する有効策であった。
手術ベースは
世界中の熱帯地域などの暖かい海域に生息している魚で、サンマやトビウオと同じダツ目に分類されている魚である。
ダツの最大の特徴である槍のように鋭利な顎を持つことから英語ではニードルフィッシュ(Needlefish)と呼ばれている(原種の)ゴマモンガラと同じ危険魚である。
その時速70㎞に達する遊泳速度と鋭利な体躯は夜の海でライトを照らす人間の体に文字通りダーツのように突き刺さる。
しかし、その速度と長い体躯は小回りが利きづらい。
加えてフェンシングという戦闘スタイルも後方からの奇襲に弱い。
そもそも後ろに取られる機会が存在しないスポーツだからだ。
故にゴマモンガラに背後を盗られた時点で敗北、だがそれは本当に背後を盗られたらの話。
太田は背後のゴマモンガラから思いっきり逃げた。
直線速度で上回るダツの速度は濁流を縫う銀色の針のように柱の森を泳ぎ、ゴマモンガラの追跡を逃れる。
ついでに腰のエストックを抜いて3匹目を切り殺して、追ってきた2匹目の背後を柱を回り込むようにして奪い返す。
「磔御免!!」
2匹目の切り返しは間に合わず、ステンレス製のエストックは胴体に深々と突き刺さり、コンクリートの柱に磔にした。
しかし3匹目のキルスコアでも勝利の余韻には程遠い。
戦闘と人間の気配を感じてか他多数のゴマモンガラたちは太田を囲むようにして泳ぎ、一斉に襲い掛かる。
逃げ場を失った太田は上に逃げた。すなわち水の充填されていない地下神殿の上部分。
そのジャンプによって濁流によって隠されていた下半身が露出する。
見えたのは銀色の
それゆえ遊泳能力は全半魚人の中でも断トツのトップである。
空中でムーンサルトジャンプをした太田は落下の勢いを利用して眼下のゴマモンガラたちをエストックで貫く。
華麗な連続突きは魚たちの脳天を次々に貫いて絶命させた。
「まったく、とんだ重労働だ」
濁流に再突入した銀白色の
濁り切った地下水路内にはまだボリボリという音が聞こえていた。
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