第14話 たとえイケメンでも半魚人は半魚人

俺の盛大な突っ込みがスルーされた挙句、看護師さんに注意された後、話題は仕切り直しになった。

正直ホモネタうんぬんは別にしてもゴリウスは苦手だ。

無表情グラサンで頭も顔も傷だらけという昔のやくざもかくやという風体に寡黙でニーナの後ろにずっと微動だにせず待機している不動明王のごとき圧力。

日本語のスラングや慣用表現には疎いくせに穴兄弟なんて知っている訳の分からない語彙力と突っ込みどころの宝庫ではあるのだが、突っ込んでいいかはわからない。

主のニーナもキレだすポイントがいまいちつかめない少女なのでこいつにも地雷があるんじゃないかとつい警戒してしまう。

それでも聞かずにはいられない。

コイツがニーナの足を舐めた理由を。

他に聞くべきところは沢山あるだろうが、今の俺にはそれしか頭になかった。


「それでなんで俺たちはニーナに足を舐めさせられたんだ?アイツそんな趣味でもあったのか?」

「私自身、お嬢様の趣味嗜好を完全に把握しているわけではありませんが、『実験』と仰ってしました。」

「実験?」


不穏な発言だ。足を舐めるという行為で何を測っているのかは分からないが、ゴリウスも舐めさせられたことから俺とゴリウスで対照実験を行っているのかという推測は立つ。

しかし半魚人が銀髪幼女の足の裏を舐め回していた光景をこいつはどういう気分で眺めていたんだろう。

そして『お嬢様』の足の裏をどういう気分で舐めていたんだろう。


「ええ、鮫島様の力を試してみると仰っていました」

「俺の力を?」


確かに俺自身正体不明の変化が半魚人になった後起きている。

俺は何度も何度もゴマモンガラに見逃され、ミスドの戦いでも最初のゴマモンガラには無防備な相手に一方的な攻撃ができた。

人間の状態ではああは行かなかった。

もしあの力が海水浴場であったらそもそもこんな体になってない。


「ええ。正確には鮫島様に宿ったホンソメワケベラの力を」


ホンソメワケベラ、またそれか。

俺の体に宿ったもう1つの命。俺を救った恩人ならぬ恩魚。

今のところ鏡像を理解出来るという特徴しか知らないが、先の戦いを振り返るににほかにも何だか能力がありそうだ。

あの獰猛極まりないゴマモンガラが俺を素通りしたんだ。

ホンソメワケベラの何かしらの力が働いたかマエコウを体内に取り込んだことで仲間と思われていたのかどっちかだろう。


「教えてくれ、ホンソメワケベラとは一体なんだ?」

「日本近海に広く生息する魚です。英語名でCleaner,他の魚の体表や口内に寄生するウミクワガタや粘液、口の中に残った食べかすを食べる食性を持っています」

「どう考えても戦闘向きの能力じゃねえよなそれ」

「魚にとってストレス軽減効果があるほどのマッサージテクニックを持つとも」


割とどうでもいい概要だ。その食性故に俺の足舐めテクニックが上昇した、という仮説を立ててニーナは俺にあんなことを要求したのかもしれないが、そんな余計な才能が開花したところでいったい何になるのやら。

デットクス特化能力とかヒーラーにすらなれない。

ここ最近ヒーラー職の主人公がチート能力を手に入れて無双する小説がやたら粗製乱造されているイメージがあるが、俺はそれ以前の問題だ。解毒しかできねえんだぞ。


「それと、ホンソメワケベラは。研究によると、ホンソメワケベラの体に入っている黒いラインが、魚たちが彼らを食べようとする意欲を低下させていることが判明しるらしいですが」

「なるほど、ほかの魚と共生関係を築くことで捕食のターゲットにされないようにしているのか」


理解はできる。あいつらゴマモンガラはどこまで進化しようとも原則としては『魚』なんだ。

だから生命に刻まれた本能には逆らえない。イソギンチャクがカクレクマノミを毒せないようにあいつらは自分たちにメリットのある生物を殺せないんだ。

まあ単にマエコウを持つ者同士仲間と思っているだけかもしれないけど。


「それより鮫島さま、他に聞くべきことはございませんか。我々は貴方に何の説明責任を果たせていません、エーゴマ隊についても、あの戦いの顛末についても」


そうだ、俺は直前の起きていきなりの足舐めやホモ疑惑が発生した足兄弟ゴリウスといった濃すぎるイベントのせいで色々失念していた。

真っ先にそのことを知らなければならないのに俺は何やってんだ。


「ゴリウス!朱鷺子は!?おふくろは無事なのか!?」

「ええ、貴女の奮闘のお陰であのミスタードーナツ周辺にいる人々は軽度のやけどくらいの負傷で済みました。今現在は地下シェルターで保護しています。お嬢様はああいう方ですので少々きつく当たりましたが、私は貴方の勇気と行動力を尊敬します。よく戦いましたよ、貴方は」

「やめろ、お前に褒められると背中がムズムズする。それで、詳細を」


「そこから先はボクに説明させてもらおうか!」


詳細を教えてくれ、と言いかけたところで病室のドアが勢いよく開いて低めのダンディな声が響く。


入口からインド映画に出てきそうな風をどこからか吹かせながらタンクトップとジーンズを着た全身白と茶色の縞々の半魚人が俺の病室に不法侵入してきやがった。

体格は細身だが筋肉質でハリウッドスターみたいな体をしてやがる、金の角刈りが全身の模様とかなりミスマッチだが、それをまったく気にしない堂々とした態度。

掘りの深い顔と青く輝く瞳は半魚人であっても外国人であることを如実に証明してくれている。

体表は俺同様テカテカした光沢を放つ粘液に覆われ、ベースとなった魚の白と茶色のボーダー模様が体中に刻まれている。

俺の背中の背びれは立てたところで5cmくらいしか立たないが、コイツの背びれは30cmほどの大きな長さのものが首筋から腰まで派手に生えている。

同様に腕も派手派手で畳まれた扇のように両腕から体と同じように縞々模様の鰭のようなものが見える。おそらくそれが邪魔で袖のある服が着れないのだろう。

全身縞々の男はキラキラが出てきそうな真っ白な歯を出して笑いながらカツカツと足音を立てて俺のところに近づいていき、イケメンスマイルをこれでもかと見せつけながら名乗る。


「やぁやぁ、初めましてだね、鮫島優二君。ボクはブロケード・ラインハルト。君と同じ半魚人さ」

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