第2話 目が覚めたら俺は半魚人でした

手術?エーゴマ隊?聞いたこともない単語が出てきているが俺の第一声はそんな疑問とは全く違うものだった。


「何言ってるんスか?このロリッ娘。」

「「────────────────」」


二人に戦慄が走る。しまった、もっと建設的なこと言えばよかった。


「誰がロリッ娘だ!」


少女がローキックを放ち、直撃するが痛んだのは彼女の足のほうで蹴られてすぐに足を抑えてうずくまっている。


「が、頑丈じゃない。流石私ね。それだけ出来がいいってことじゃない。」


威厳を保とうとする態度が逆に威厳を失わせている。

典型的なロリだ。あまりの幼女っぷりを見かねてSPが助け舟を出す。


「ニーナ様。そろそろ本題を。」

「そ、そうね。じゃあ貴方、質問は?」


確かに疑問だらけだ。あのとき俺はあの正体不明の魚の大群に食われて死んだはずだ。

なのに生きてなぜか手に鰭がついていたりなぜか全身がぬるぬるしていたり今は情報が不足しすぎている。


「おまえらは俺に何をしたんだ?いや、俺は何で生きてるんだ?それに朱鷺子は?」

「いっぺんに来たわね・・・後ろから説明させてもらうわ。」


怖い。正直真実はどれだけ残酷なのか想像もつかない。

そんな俺の葛藤は無視してニーナは話を始める。

その容赦のなさとテンポの良さがいっそすがすがしい。


「まずはあなたの幼馴染、朱鷺子っていうのかしら。彼女は無事よ。それにあなたのA-GOMA手術を許可したのは彼女だから。」

「朱鷺子が!?何故!」


朱鷺子が生きているのは嬉しいがそれよりも何故彼女が手術の認可を?

そういったものは最低でも両親の許可がなければダメなのでは?


「単純に近くにあなたの身分を証明できるのがあの子しかいなかったのよ。ご両親の連絡は奴らのせいで電話回線がパンクして使えなかったからね。」


なるほど、そういった事情ならしょうがないといえるかはわからないが納得はできなくはない。

ニーナは俺の返事を待たずに話を続ける。


「次の質問だけどあなたは一度死んだといっていいわ。全身をA-GOMA手術で改造しなければ間違いなく死んでいたし、成功する確率も高くなかった。だから貴方は一度死んで生き返った。非科学的だけどそうとも言えるわね。」


成程。俺を救ったA-GOMA手術と朱鷺子の関係はわかった。

だが問題はA-GOMA手術とやらがなんなのかだ。人間がこんなB級映画に出てきそうな生物になったんだ。きっとロクなものじゃない。


「じゃあその大そうな手術で言ったい俺に何をしたんだ。」

「半魚人にした。」

「本気で言ってんのか?」

「本気よ。ちなみにこれかなり機密性の高いものだから不用意にしゃべらないことね。」


幼女は怖くないが後ろのハゲのグラサンが朝日を反射して俺を刺してくる。

マジで怖い。やめて。


「ちなみにA-GOMA手術を受けた時点であなたは私たちの所有物。っていうと語弊があるから従業員。つまりは仲間になるけどよろしくて?」

「よろしくねえ。」

「じゃあ死んでもよかったって訳。ちなみにあなたの心臓に小型爆弾仕込んでるわよ。」

「すみませんでした。」

「嘘よ。」


ウソかよ。

なんてヤツだこのクソロリータ。どンな人生おくったらこの性格になるんだ。

幼女の時点でこれだとロクな大人にならねえぞ。


「A-GOMA手術ってのはヒトを水中活動できるように魚の因子を受け継がせる手術のことよ。」


つまりあれか。モザイク●ーガン手術みたいなものか。そんなテラフォー●ーズみたいな技術が存在するのか。

現代の技術は人間を半魚人に作り替えられるくらいには進歩しているのか。

科学技術の進歩というのは日進月歩というのは本当の話らしい。


「順を追って説明するわね。今から1年前、貴方が一度死んだ10か月前マリアナ海溝で大規模な海底火山の噴火があったの。別に海底火山の噴火なんてそう珍しいものじゃないんだけど今回はちょっと特殊だった。その噴火によって地球の核から正体不明の物質が噴出した。私たちはそれをMaterial of Evolution for Combat 日本語に訳すと戦闘特化型進化促進物質、通称マエコウと呼んでいるわ。」


マエコウというよくわからない物質のことも気になるがその前のことも聞き捨てならない。俺が引き算できる程度の知能を持っているなら俺の昏睡期間は思ったよりも・・・


「ちょっと待った!ってことは俺は・・・」

「ええ。二か月。正確には68日間貴方は昏睡状態だった。ごめんなさい。でもその前にマエコウの説明をさせて。」


マエコウ?そんなアホみたいな名前の物質俺は知らない。

でもそれが今の現状を知ることができるなら聞くしかない。

俺はいったんはやる心を落ち着けてニーナの話を聞くことにした。


「マエコウは取り込んだ塩基配列を無条件で自らの力に利用する能力を持っているわ。貴方も覚えがあるでしょう?あの魚が急速に進化して陸上で戦えるようになったことを。」


確かにあの謎の魚は陸上での戦闘に適応するために戦闘中にもかかわらず急速に胴体から手足を生やすという行動に出た。

あんなの地球上のの生物では不可能な行動だし、何より水中の生き物が急速に『砂の中を泳ぐ』とか『陸上に適応するため足を生やす』といった本来持っていない能力を手に入れることがおかしかった。

あの急速な進化の速さと魚が陸上に適応するという生物学的に非合理的な変化の理由がそれか。

その場の戦闘状況に応じて自らを進化させて適応する。それがあの魚が手にした力。

戦闘特化型進化促進物質マエコウ、想像以上にSFどころかオカルトに全身どっぷりつかってそうな恐ろしい物質だ。


「じゃあどうしてそんな危険なものを放っておいたんだ。いまじゃ奴が怖くておちおち海水浴にも行けやしない。」

「科学とて万能じゃないし分析にも時間がかかるわ。私たちがマエコウの本来の力に気付いたのはあなたが襲われた1か月前。そしてその前にもうゴマモンガラはマエコウに適応して獰猛かつ凶悪に進化していたの。」


なるほど。マエコウについては解った。しかしそれでも疑問は残る。

なぜ俺は半魚人になったのか。それがまるで理解できない。


「で?それと今の俺の半魚人の姿にどういう関係があるんだよ。」

「分かったわ。少し説明を飛ばして貴方がなぜその姿になったのかを話しましょう。」


核心を迫ったらニーナは思いのほか聞き分けよく途中の説明を飛ばしてくれた。

さあ、ここからが本題だ。なぜ俺は生きているのか。なぜ俺はこんなぬるぬる半魚人になったのか、その答えが彼女の小さい口から語られる。


「貴方は例のゴマモンガラに噛まれた。もあるけれど何匹か殺してはいなかったかしら?」

「ああ。何匹かはなんとかなったが結果は俺よりもあんたのほうがよく知ってんだろ?」


確かに俺はゴマモンガラとかいう魚をパラソルで突き殺した。ハリウッド映画なら一般人が怪物と相打ちは主人公補正を除外すれば大殊勲だがそれになにか関係があるのだろうか。


「ええ、わかってるわ。その時貴方?」


確かに言われれてみば浴びた気がする。

あの時は必至でそんなこと気にしている余裕もなかったし、そもそも記憶だって全身を噛み千切られた痛みでかき消されている。

色々記憶が不安ではあるのだが、一応肯定の意を込めて首肯する。


「たぶんそれね。その時に貴方はゴマモンガラから浴びた返り血からマエコウを体内に取り込んでしまったの。私たちはそれを利用して貴方の肉体に別の生物の因子を取り込ませ、自己再生ではなく自己進化させることで本来助からないはずの貴方を助けたのよ。」


なるほど。半魚人になったのはゴマモンガラと戦ったせいで、奴の返り血がなかったら俺は死んでいた。

自分の仇は命の恩人でもあったわけか。

なんつー皮肉な話。

笑えもしない悪趣味なジョークだ。


「ちなみに聞くが1か月前に性質がわかったモノでよく手術を成功させたな。技術の進歩なのかそのマエコウって奴のおかげなのかわかんねえがそんなにうまくいくものなのか?」

「いえ。そんな都合よくはいかないわ。」

「ちょっと待てよ!もしかして失敗したのか?」

「一応容体は安定しているし。でもA-GOMA手術は成功率がきわめて低い。世界中からゴマモンガラの被害者に本人、家族などに事情を説明して手術を行った結果、8割が何らかの形で失敗した。」

「どうしてそんな危険な手術を・・・」


いや、理由はわかる。そうしなければ死んでいた。可能性が0よりは20パーセントも増えてくれるんだ。こんなにお得なことなないだろう。

それでも心はいまだに納得なんてできない。

それでも俺は心を力づくで押さえつけて続く言葉を押さえつけた。


「ありがとう。聞き分けのいい方で助かったわ。」

「礼はいい。続けてくれ。」


沈鬱な気持ちでベッドに座り込みニーナの説明を聞く。正直ほとんど分からないがそれでも誰かと会話するだけで気が紛れる。

彼女がいなかったら今すぐここで発狂しているだろう。

そんな俺の気分を察しつつもニーナの琥珀色の瞳はまっすぐに俺を見据えている。本当に年不相応のロリッ子だ。

自分の手を見ると人間とは思えない病的に真っ白な体だ。それに肩から肘を通って手に一直線の黒い筋が通っていて、肘から手の先に向けて青くグラデーションのように変化している。

脚も同様で腰から大腿部側面に沿って黒い筋が通り、膝から下も腕同様に青く輝いている。


本当に人間やめちまったんだな、俺。

不思議と理解は追いつき、混乱は止まっていた。


「失敗の形は免疫系等の拒絶反応、傷が深すぎて手術中に死亡した。なんてのもあるけれど一番多いのは過剰な進化よ。マエコウの進化速度に体がついてこず、肥大した細胞で心臓が止まったり栄養素を吸い尽くされたりただの肉塊なったりしたわね。それと貴方も含めて取り込んだ形質が海水魚のものだけが成功した。哺乳類、鳥類、その他エトセトラはすべて失敗。マエコウの人間への適用範囲は現状海水魚限定みたいなの。」

「怖えこと言うんじゃねえよ・・・」


デリカシーというか遠慮ないなコイツ。

普通一度死んだ挙句勝手にヤバい手術施して半魚人にした相手にそんなこと言うか?

今の俺の状態見てみろよ、すっごいぜ。


「あと人の形を保ったはいいものの精神を病んで発狂した例もあるわね。それと脳みそが進化元に引きずられて人間大の魚になったことも。人魚になった人もいるわ。一応成功例にカウントしているけれど。」

「俺もそうなるってか・・・」


それ成功例にカウントしてんじゃねえよ。明らかな失敗例だろそれ。


「そうならないよう頑張りなさい。私は貴方に事情を説明するのとこうして話してあげることしかできないわ。あと貴方のご両親とあの子を呼んでおいたわ。だから顔でも洗ってくるといいわ。そんなグズグズな顔であの子に会うつもり?」


そう言ってニーナは手鏡を渡してくる。

そこに映っているのは見慣れた俺の顔だった。目鼻口耳すべてちゃんとくっついている。顔色だけ青白いく、粘液でテカテカしているが思ったより俺は俺をやめていないらしい。

そう思うと少し安心した。

俺の反応を見るとニーナとお付きのSPは踵を返して病室から出ようとする。


「待ってくれ。」

「なに?もうすぐご両親が来るから手短にね。」


これはある意味最も重要なことだ。それをまだ聞いていない。


「俺に適応した生物ってのはなんだ?」


俺の知る限りこんな特徴をした生き物は知らない。例のゴマモンガラでもないし、俺の大好きなサメでもない。

っていうか何でサメにしなかったんだよ。


「ああ、言ってなかったわね。」


俺の人生を決定する最重要項目。果たして俺は半魚人なのか。

それが今語られる。


「ホンソメワケベラよ。貴方、結構きれいなカラーリングで私好みだわ。」

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