第11話:王女殿下の誕生日(上)
(ついにこの日が来てしまったわね…。)
ティターニアは朝からそわそわしていた。
それは今日がティターニアの誕生日であり、また成人を迎える日であるからだ。
この国では成人を迎える時は盛大に祝うのが昔からの習わしである。成人を迎えるのが王女となれば、国の一大イベントだ。
ティターニアの部屋ではサラを筆頭にメイドたちが忙しなく動き回り、ティターニアの支度を進めていた。
地味な格好を好むティターニアも今日だけは煌びやかなドレスに身を包み、普段は軽くしかしないメイクもしっかりと施されている。残念ながら長い前髪でせっかくのいつもと違うメイクもあまり分からないのだが。
ティターニアがこうしてパーティーの支度に追われていた頃、アロンダイトは王城に到着し馬車から降りているところだった。
式典までにはまだ時間がだいぶあるのだが、始まる前にティターニアと会う約束をしていたからだ。
(少し早すぎたか…。)
まだ支度の途中であろうティターニアのことを考え、どこかで少し時間を潰そうとアロンダイトが思っていたその時。
アロンダイトの背後から声がかかる。
「ごきげんよう、アロンダイト様。ずいぶんお早いのね。」
アロンダイトが振り返ると、そこに居たのは…ローザだった。
「…ごきげんよう、ローザ嬢。そう言うキミもずいぶん早く来てるんだな。」
「あら、わたくしはアロン様をお待ちしていたんですのよ。貴方は…王女殿下にお会いするために早く来たといったところかしら…?」
嫌そうな顔で答えるアロンダイトをローザは鼻で笑う。そんなローザにアロンダイトはいっそう顔をしかめた。
「で、用件はなんです?何も用がないなら俺は……」
「王女殿下は全てご存じよ。」
「は?」
アロンダイトの言葉を途中で遮るローザ。その顔は挑むような表情をしている。
一方アロンダイトはローザの言葉の意味を謀りかねていた。
「…貴方の噂のことよ。ねぇ…、ノマドの騎士様?」
「!!」
あはははは…と嘲笑うような令嬢らしからぬ声で笑うローザ。アロンダイトはそんなローザをただ睨みつけることしか出来なかった。
「…わたくしの用は済みましたわ。では、またパーティー会場で。失礼…。」
一方的に言いたいことを言い去っていくローザをアロンダイトは唖然と見送る。
ひとり残されたアロンダイトの頭の中では、先ほどのローザの言葉がこだましていた。
アロンダイトも自分の噂をティターニアが知っている可能性は考えていた。でも社交の場にほとんど顔を出さないティターニアならもしかしたら自分のことなど何も知らないかもしれないとも思っていた。
否、知られてなければいいのに…と願っていたという方が正しい。
(…俺は彼女に自分の噂を知られたくなかった…のか…?)
自分で自分の感情に動揺するアロンダイト。
だがすぐにかぶりを振り、ティターニアに近づくのに邪魔になるから知られたくなかっただけだと自分を納得させた。チクチクとした胸の痛みには気づかないフリをして。
「ヤベ…そろそろ行かないと…。」
ローザと話していたせいで、アロンダイトが王城に着いてから結構時間が経ってしまっていた。本日の主役であるティターニアにはそんなに時間のゆとりは無いはずだ。アロンダイトは急いで王城の使用人にティターニアに取り次いで貰うように頼む。
しばらくして、アロンダイトはティターニアの部屋の前まで案内された。部屋の前で少し待つように言われ、素直に従っていると…。
「アロン様!」
部屋のドアが開き、ティターニアが顔を出した。髪は綺麗に結い上げられており、身にまとう華美になり過ぎない品の良い紫色のドレスはティターニアの漆黒の髪によく似合っていた。
「ごきげんよう、ティターニア様。普段も素敵ですが、そのような装いもよくお似合いですね。」
「まぁ…。…ありがとうございます…。」
社交辞令だとはわかっていても、このようなことは言われ慣れていないティターニアは照れて顔を赤らめてしまった。そんないつも通りのティターニアの様子にアロンダイトは少し安堵する。
「緊張しておいでですか?」
「…今からでも逃げ出してしまいたいくらいです。」
冗談なのか本気なのかわからない回答をするティターニア。その肩が少し震えていることにアロンダイトは気づいていた。
アロンダイトはそんなティターニアの手を握る。
「ちょっとだけ…俺について来ていただけますか?」
そう言うと、握ったティターニアの手を引いてアロンダイトは歩き出した。ティターニアはよく分からないまま言われた通りにアロンダイトについて行く。
ティターニアに合わせてくれているのか、アロンダイト歩調はゆっくりだ。
「…図書室…?」
さっきから歩いているのが毎日のように通っている道のりであることにティターニアは気づく。しかし何故このタイミングで図書室に向かっているのだろうか…ティターニアがそんなことを思っているとアロンダイトの足が止まった。
到着したのはやはり図書室だ。
扉を開けると、アロンダイトはいつもティターニアが座っている窓際の読書スペースへと向かった。ティターニアも後に続く。
「あの…アロン様…?」
「式典の前に2人きりでお祝いがしたかったのです。ここなら2人きりになれるでしょう?」
悪戯っぽく微笑むアロンダイト。
図書室で会う時はだいたいいつも2人きりだったのだが、改めてこんな風に言われると2人きりであることを変に意識してしまいティターニアは挙動不審になっている。
そんなティターニアにいつもの席に座るよう促して、アロンダイトは自分もその向かい側に座った。
「お誕生日、そしてご成人、おめでとうございます。」
アロンダイトはティターニアへの祝いの言葉を述べながら、綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出しテーブルに置いた。
「…ありがとう…ございます…。えっと、これは…?」
「俺からのプレゼントです。」
「…!開けても…良いですか…?」
「もちろん。」
目の前に置かれた箱を手に取り、丁寧に包装を解いていく。そして、箱を開けてみるとそこには…。
「これは…しおり…?綺麗…。」
中に入っていたのは本に挟んで使うしおりであった。薄い金属のプレートで出来たしおりには食刻によって美しい女神が描かれていた。
ティターニアの小さな手のうえに乗せられたしおりは、窓から差し込む太陽の光に照らされてキラキラと輝きを放つ。
「読書がお好きなティターニア様に贈るならしおりが良いと思って。」
「嬉しいです…とても。ありがとうございます、アロン様。」
誕生日プレゼントそのものも嬉しかったが、何より自分のことを考えて選んでくれたことが本当に嬉しかった。
王女であるティターニアは贈り物を貰うこと自体は多いのだが、家族以外からのものはだいたい儀礼的に贈られてくるだけのものばかりだったのだ。
「…実は、もうひとつ贈り物があるんです。」
アロンダイトはふいに、顔を綻ばせて手のひらの上のしおりを見つめていたティターニアの長い前髪に触れた。そしてその髪を横に流して髪飾りで留める。
着けているティターニアからは見えないが、髪飾りは美しい蝶のデザインで真ん中には一石の宝石が嵌め込まれている。その宝石の色はティターニアの左目とアロンダイトの髪の色…。
「…っ!?あの…これは…?」
いきなり明るくなった視界に事態がよく飲み込めないティターニア。
「前が見えない方がよけいに恐ろしく感じてしまうものですよ。見えない分、余計な音(こえ)まで拾ってしまいますから。」
「……。」
「恐ろしいと感じていたものもよく見てみると全然怖くなかったりするものです。狼だと思っていたものがただの仔犬だったりね。」
ティターニアはただただ黙ってアロンダイトの言葉を聞いていた。聞きながらアロンダイトの言葉ひとつひとつをしっかりと咀嚼していく。
「胸を張ってしっかりと前を見据えて…それでも目の前の世界が恐ろしかったら、俺の姿を探してください。俺だけは貴方の味方ですから。」
「…アロン様…。」
たったひとりの人間に「味方だ」と言われただけなのに、こんなに心強いのは何故なのだろうか。さっきまでは式典で皆の前に立つことが逃げ出したい程に嫌だったのに。
どんなに大勢の人々が自分を蔑み笑ったとしても、アロンダイトは味方でいてくれる。それだけで強くいられる気がしたー…。
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