第10話:とあるご令嬢からの忠告
ティターニアの成人を祝う式典の日が近づいてきていたある日のこと。
式典の打ち合わせを終え自室にに戻ろうと王城の廊下を歩いていたティターニアは、ひとりの令嬢に呼び止められていた。
「お久しぶりにお目にかかります。王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう…。」
綺麗に巻かれた灰銀の髪を揺らして優雅に礼をとるのは、マートル伯爵家の令嬢であるローザという少女だ。
彼女の父はアルストロメリア王国の大臣を務めているので、その関係で今日は王城に来ているのだろうか。
「まぁ、ロ…ローザ様!お…っ…お久しぶりでございますね、ごきげんよう…。」
急に話しかけられたティターニアの方は、なんともぎこちない返事になってしまった。
優雅に佇むローザとオドオドとしているティターニア。これではどちらが王女なのかわからない。
それでも、以前よりはスムーズに返答出来たのは最近アロンダイトと頻繁に話していたおかげだろうか。
ローザは何やら不機嫌な面持ちでティターニアを見つめている。
「…あの…ローザ様?どうか…なさいましたか…?」
まるで蛇に睨まれた蛙のようなティターニア。
ローザはそんなティターニアを一瞥すると口を開いた。
「恐れながら…。最近王女殿下はアロンダイト様と親しくなされていると伺いました。これは誠でございますか?」
「え、ええ…。」
言葉だけは丁寧だがローザの錆色の瞳はキッと睨みつけるようにティターニアを見据えており、もともと人と話すことが苦手な彼女は気圧されて縮こまってしまう。
しかし、そんなティターニアを気にすることなくローザは話を続けた。
「…殿下はアロンダイト様についての噂はご存じですか?」
冷たい抑揚のないローザの声が王城の廊下に響く。こういう時に限って王城で働く使用人たちが誰も近くにいない。
ティターニアは使用人を誰か伴っていれば良かったと後悔していた。
王城の中を歩くのに、ティターニアは基本的に護衛を伴わない。ほとんど図書室と自室を行き来するだけだからだ。
今日の行く先は図書室ではなかったのだが、誰も伴わずにいるのに慣れていたティターニアはいつも通りひとりで廊下を歩いており、そこをローザに捕まったのだった。
(アロン様についての噂…。)
アロンダイトの女癖の悪さは有名であり、もちろんティターニアの耳にも入っている。
入っているのだが。
「…存じておりますわ。ですが、それがどうかなさいましたか?」
「…ご存知のうえで、あの方と親しくしてらっしゃると?王女殿下ともあろうお方が…。」
「……。」
ティターニアの返答が想像していたものと違ったのかローザは一瞬目を見開いたが、すぐにまた表情を戻して鋭い眼差しをティターニアに向ける。
怒りもあらわに非難の言葉を投げつけるローザに、ティターニアは咄嗟に返答出来ずに黙ってしまった。
「失礼を承知で申し上げますが…。王女殿下はいずれこの国を背負って立たれるお方でございます。親しくなされる方はお選びになった方がよろしいかと存じますが。」
要するにローザはティターニアにアロンダイトとはもう親しくするな、と釘を刺しに来たようである。
それは本当にティターニアやこの国の行く末を心配しての行為ではなく、アロンダイトと親しくしていることに対しての嫉妬からであることはローザの表情から明白であったが。
「ご忠告には感謝申し上げます。…ですが。」
ティターニアは自分を落ち着けるようにひとつ深呼吸をし、しっかりとローザを見据えた。
前髪で隠れているのでティターニアの表情はローザからはうかがえないのだが、さっきのオドオドとした態度が一変したのは感じ取ったようだ。息を飲んでティターニアを見つめている。
「…ですが…、自分がどのような方と親しくするかは、わたくし自身で考えて決めます。」
「…っ…!」
「ご心配には及びませんわ。」
穏やかに、けれどもはっきりとティターニアは告げた。いつもオドオドしているティターニアの変貌に驚いたのか、ローザは口をパクパクとさせている。
「ティターニア様!」
背後からティターニアに声がかかる。それは、なかなか部屋に戻らないティターニアを心配したメイドのサラのものだった。
ただならぬ雰囲気で対峙するティターニアとローザを見つけて慌てて声をかけたのだ。
「ティターニア様、何か問題でも……」
「大丈夫よ、サラ。」
ティターニアのもとに駆け寄り庇うように立つサラに、ティターニアは微笑みながら何もないから大丈夫だと伝える。
「…ローザ様。他に用件がないようでしたら、わたくしはそろそろ失礼いたしますわ。では、また。」
最初とは打って変わって落ち着いた様子で別れの挨拶を述べ、ティターニアは踵を返した。
ローザは射るような目でその背中を見送っている。
「………邪魔なのよ……不吉な黒髪のくせに…。」
低い声でボソリと呟いたローザの言葉を聞こえなかったフリをして、ティターニアは振り向くことも無くそのまま足を進める。
サラの方は今にもローザに飛びかかりそうな様子であったが、ティターニアに引きずられてしぶしぶ彼女の後に続いた。
「なんなんです!?あのご令嬢は!!」
サラは込み上げるローザへの怒りに震えながら、部屋に戻ってきたティターニアに紅茶の入ったカップを渡す。
そんなサラに苦笑いを浮かべながら、ティターニアはカップを受け取り口をつけた。
先ほどまで気を張っていたティターニアを紅茶の温かさが解していく。ティターニアは、ほう…っと息をついた。
(わたくしは、自分の目で見たアロン様の姿を信じるだけ。…アロン様がそうしてくださったように。)
ゆっくりと紅茶を啜りながら、ティターニアはそう強く思ったのだった。
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