第38話

「はぁ……ごめんなさいね岬君、この馬鹿のせいで……」


「いえ……慣れました」


 話しを聞くと、なんでも最初の目的地はテーマパークだったらしい。

 しかし、高井さんが急に温泉に変更したいと言ってきたらしい。

 急な目的地の変更に玲佳さんはもちろん反対したらしい。

 しかし、高井さんは頑なに譲らなかったらしく、それで喧嘩になったらしい。


「なるほど……それは高井さんが悪いっす」


「な!! お前まで玲佳の味方をするのか!?」


「いや、どう聞いても悪いの高井さんでしょ? わがまま言って玲佳さんを困らせないで下さいよ……」


「いや……そ、そうなのだが……これには深い事情が……」


「どんな事情なんですか……」


「そ、それはだな……」


 高井さんはチラリと玲佳さんのことを横目で見た後に俺に向かって言う。


「まぁ……あれだ……なんか風呂に入りたいなぁ……って」


「ただの気まぐれじゃねーかよ……」


「な!? お前年上に対してその口の聞き方はなんだ!!」


「うっさい馬鹿! 良いからわがまま言わずに二人でテーマパーク行ってきて下さいよ!!」


「それは出来ん!」


「どんだけ強情なんだ……」


 俺は肩をがっくりと落とし、玲佳さんと同じくため息を吐く。

 結局話しは進まず、仕方なく玲佳さんは行き先の変更を認めた。

 まぁ……まだ仲直りをしたわけではないのだが……。


「はぁ……なんであんなに温泉にこだわったんですか?」


 ファミレスからの帰り道、俺は高井さんと二人で夜道を歩いていた。

 

「……俺にだって色々あるんだ……」


「色々って何ですか?」


「いや……色々だよ……」


 だから色々ってなんだよ……。

 俺はそんな事を考えながら、再びため息を吐く。

 

「なんであんな強情になってるんすか? いつもは玲佳さんの意見を尊重するのに……」


「ん……まぁ……んー……良いか……」


「何がですか?」


「玲佳には言うなよ?」


「はい?」


「俺と玲佳は……そろそろ付き合って三年だ……」


「はぁ……それと温泉が何の関係が?」


「昔約束したんだよ……まだ付き合いたての頃……大学に入ったらあの温泉に行こうって……」


「はぁ……それなら正直にそう言えば良いのでは?」


「おまっ! 馬鹿!! 昔の約束いまだに覚えてるなんて……恥ずかしいだろ……」


「乙女かっ! あーあ! ちゃんと話しをしてればなぁー玲佳さんと喧嘩にもならなかったんですよ?」


「し、仕方ないだろ……それに……」


「それに?」


「あそこで渡すって……約束したんだよ……」


「だから乙女かっ!」


「何だとコラ!! 結局あんまり役に立たなかったくせに!!」


「アンタがガキ臭いからでしょうが!」


 俺と高井さんは再び口論を始める。

 道行く人たちがなんだなんだと見ているが。、今の俺たちにそんなことを気にしている余裕は無かった。


「はぁ……はぁ……」


「はぁ……まったく……ムカつく後輩だ……」


「こっちこそ……馬鹿な先輩を持つと大変何ですよ……」


「まぁ……良いだろう……そんな事より頼みがある……」


「なんすか……」


「一緒に温泉旅行に来て下さい」


「は?」


「このままじゃ玲佳と気まずくて死んでしまう……」


「いや……は?」


 何を言っているのだろうかこの人は……そんな事をしたら、また玲佳さん不機嫌になるんじゃ……。

 

「頼む!! お前も愛実ちゃんを連れてくれば良いだろう? ダブルデートしようぜ!」


 高井さんはそう言いながら俺に親指を立てて見せて来る。

 その指へし折ってやろうか……。


「無茶言わないで下さいよ……大体愛実ちゃんや俺にだって予定が有るんですよ……」


「頼む! 宿代だって俺が半分持つから!」


「そう言われても……」


「そこをなんとか! 頼む!!」


「ちょっ! やめて下さいよ!!」


 高井さんは道の真ん中で俺に土下座をし始めた。

 皆が見ているので本当にやめて欲しい……。

「頼む! お前がうんと言うまで、俺は土下座をやめないぞ!!」


「どんな脅迫ですか! 良いから頭を上げて下さい!!」


 そんなこんなをしていたら、騒ぎを見て誰かが通報したのか、警察がやってきてしまった。


「ちょっと君達、何やってるの」


「え!? いや、すいませんちょっと揉めてて……でも大丈夫なので……」


「なぁ頼むよ!! 俺と温泉旅行に行こうぜ!!」


「おい!! 誤解を招くだろ!!」


「えっと……君たちはどんな関係かな?」


 警察の方はなんだか俺たちを見て、少し引いている気がする。


「あ、いや違います! 俺とこの人は……」


「なぁ! お願いだよ! 俺と行こうぜ! 一緒に風呂に入ろうぜ!」


「アンタは黙ってて下さい!! そして離して下さい!!」


 高井さんは俺の足にしがみつきながら、俺に懇願してくる。

 その様子を見た警察の人は明らかに引いていた。


「えっと……その……趣味は人それぞれだと思うから……よく話しあってね」


「え!? だから違うんですって!! あ、ちょっと!?」


 警察の人は俺たちをゲイのカップルか何かだと勘違いしたのか、これ以上関わり合いになりたくないと思ったのか、そのまま立ち去っていった。


「若い頃は色々あるけど……頑張って」


「え! ちょっと!! お巡りさん!?」


「頼むよ! 次郎!! 俺と! 俺と!!」


「あぁもう!! わかりましたから、話してください!!」


 俺は高井さんに負けて一緒に温泉旅行に行くことになってしまった……愛実ちゃんの予定は大丈夫なのだろうか?

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