第29話

 そんな事を考えながらカウンターを掃除してていると、先輩がやってきた。

 

「片桐さん、そろそろ休憩行ってきなよ」


「あ、はい……」


 私は先輩に素っ気なく言葉を返し、後ろの休憩室に引っ込んでいく。

 いつもならその流れで雑談なんかをするのに……。


「はぁ……辛いなぁ……」


 好きな人と話しが出来ないのは辛い……。

 なんか先輩と距離が出来たみたい……これなら告白なんてしない方が良かったなぁ……。 私がそんな事を考えていると、休憩室の扉が開き先輩が入ってきた。


「お疲れ」


「お疲れ様です」


 先輩も一緒に休憩なんて珍しい……。

 私がそんな事を思いながら、スマホを弄っていると先輩が私の前にペットボトルの飲み物を置く。


「差し入れ、飲みなよ」


「あ、ありがとうございます……」


 ヤバイ……嬉しい……嬉しくて頬が緩む……。

 私は自分の口元がニヤケルのを抑えながら、先輩にお礼を言う。

 

「……そ、そう言えばさ……なんか店長変わるらしいよ?」


「そ、そうなんですか?」


「あ、あぁ……」


 話しが続かない……。

 まぁ、私が続かないようにしているんだけど……。

 

「あ、あれだよね……次の店長も優しい人だと良いよね?」


「そうですね……」


 沈黙に耐えられないのだろうか?

 先輩は私に積極的に話し掛けてくる。

 でも、先輩からこんなに話しかけてくれるのは嬉しいな……。

 私がそんな事を思っていると……。


「ね、ねぇ……あの……やっぱり俺と一緒は気まずいかな?」


「え? 何がですか?」


「いや……やっぱり……俺と一緒は嫌なのかなって……ほら……色々あったし……」


 先輩がいっているのは、私の告白についてだろう……。

 これはチャンスだ、私はそう思った。

 確実に先輩は私の事を気に掛けている。

 毎日していた電話やアプローチを無くしたから、きっと寂しいんだ……。

 

「いえ、別に大丈夫です。これからもバイト先の良い先輩で居て下さい」


「そ、そっか……なら良いけど……」


「はい」


 先輩はそう言って、私から視線を反らしてスマホをに視線を移した。

 もぉ……正直に寂しいって言えば良いのに……そしたら……えへへへ……。

 私が良からぬ妄想をしていると、またしても先輩が私に声を掛けてきた。


「あ、あのさ……久しぶりに飯でもどう?」


 来た!

 どうしよう!

 凄く行きたい!!

 でも……ここで食いついて良いのだろうか?

 優香里も言っていた、押すだけじゃなくて、引くことも大切だと。


「うーん……」


「あ、用事があるなら無理にとは言わないよ」


 もう!

 もう少し粘りなさいよ!!

 仕方無い……。


「良いですよ、奢ってくれるなら」


「なんだそれ? まぁ良いけど……」


「はい!」


 私は先輩に笑顔で返事をする。

 その時、先輩の顔がわずかに赤くなった気がした……。





「次郎……」


「なんだよ、急に呼び出して……今日は俺講義無かったんだぞ」


「いや……お前に言わなきゃいけないことがあってな……」


 平日の昼過ぎ、俺は安岡に喫茶店に呼び出されていた。

 話しとはなんだろうか?

 俺はそんな事を考えながら、アイスコーヒーを飲みながら、安岡が口を開くのを待った。

「実は……」


「実は?」


「片桐さんと付き合うことになった……」


「そうか……は?」


 俺は思いがけない一言に、思わずアイスコーヒーを吹き出しそうになった。

 

「やっぱり……驚くよね?」


「驚くだろ! 早すぎだろ!」


「まぁ……この間話したおかげかな? なんか自分の気持ちに気がついたっていうか……」


 俺は安岡に愛実ちゃんとの関係を話ていた。 その結果、俺と安岡は良く似た状況である事が安岡も知った。

 その話を踏まえ、俺と安岡は話しをした。

 そして二人で結論を出した。

 安岡は片桐さんと食事をし、その時楽しいと感じたら付き合うと決めていた。

 

「まぁ、でも良いんじゃ無い? 寂しいって思ってたんならもう好きだったんだよ」


「それ、お前にも言えることじゃね?」


 何を言ってるんだか、俺は別に寂しいなんてこれっぽっちも……。


「まぁ、なんでも良いけど、話しはこれだけだよ。ありがとう、色々相談にのってくれて」


「あぁ、別に良いよ……」


 なんだかんだで俺の為になったしな……。

 俺は安岡と別れて、家に帰った。

 これで愛実ちゃんと話しをしなくなって9日が経つ。


「はぁ……暇だ……」


 休みだと言うのに、やることが無い。

 最近はあまり暇だと感じる事はなかったのだが……。


「ゲームでもするか……」


 俺は自宅に置いてあるゲームのコントローラーに手を掛ける。

 すると、俺のスマホが鳴った。


「ん? って、また愛実ちゃんからの着信か……一体何なんだ?」


 愛実ちゃんからの着信が最近多い。

 しかも、何の用事かメッセージで尋ねても返信が無い。


「まぁ、放って置くか……」


 俺は愛実ちゃんからの着信を放って、ゲームに熱中し始めた。

 ゲームに集中し始めた頃、部屋のインターホンが鳴った。


「ん? 誰だ?」


 俺はゲームを止めて、玄関の方に向かった。

「はい?」


「次郎さーん!!」


「うぉ!! な、なんだ急に!」


 俺が玄関のドアを開けると、愛実ちゃんが泣きながら俺に抱きついてきた。

 俺は愛実ちゃんの勢いに負けて、玄関で尻餅を着いてしまった。


「わたしもぉ限界ですぅ~、次郎さんと話したいぃ~」


「話しをしなくなったのは愛実ちゃんだよね……」


 俺はため息を吐きながら、とりあえず愛実ちゃんを家の中に入れる。

 しかし………。


「愛実ちゃん……」


「ぐすっ……はい?」


「いい加減離れてくれない?」


「嫌です!! 私は今、次郎さん成分が足りなくて瀕死なんです!」


「なんでだよ……」


 お茶を用意している間も愛実ちゃんは俺の背中に抱きついてきた。

 一体この数日間何があったのやら……。


「んで、急にどうした?」


「うっ……私……次郎さんが居ないと生きていけません……」


「急になんだよ……まぁ良いが……それよりももう俺の事は諦めたんじゃないのか?」


「そんなの嘘に決まってるじゃないですか! 私、次郎さんと9日話さないだけでこんないなってるんですよ! 舐めないで下さい!」


「舐めてはいない……」

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