Layer12-√レ―覚悟―


 












 ご飯と鮭の塩焼き。


 それに野菜がたっぷり入った味噌汁を、悠日と美結菜は食べていた。この施設はシイナ専用であり、そのため基本的にメニューは日本食なのだという。今はシイナは席を外していて、白いフロアには悠日と美結菜の二人だけだった。


「それにしてもシイナっていうのは、中々の日本コンプレックスを持った奴だな」


「でもなんか明るい人だから、気がまぎれる」美結菜は微笑んで「ちょっと疲れるけど」と付け加える。


 短い時間の中でとても辛い経験をして、そして衝撃的な事実を知り、それらに翻弄されながらもみせる美結菜の笑顔が、悠日にはとても綺麗に映っていた。


「でも」と美結菜。「私さ。人を殺そうとしちゃった」


 峩との戦いのことだ。


 美結菜は続ける。「あの時のこと、すごくよく覚えてる。ティゼがあの人に殺されたって、なんか感覚的にわかっちゃって。あの人が呼び寄せたマナの規格ももうわかっていたから、それを超えるものを探し出して。それで星の少し深いところまで潜ってみたら、発掘できたのがあの言葉。……あんなにすごい現象が起こるなんて、私も思わなかった」


 確かに凄まじいマナだった。魔女特有のなにかがそれを呼び起こしたのだ。ただ、それよりも悠日は、今の美結菜のその気持ちこそ褒めてやりたかった。


「罪の意識を感じる?」


「うん」


「えらいな、美結菜は」


「え?」


「美結菜自身が殺されてしまうような場面だった。幼馴染も父親もあいつに殺された。復讐しても満たされないくらい憎んでも仕方ない相手だと思う」


「だって……相手がどういう人間とかは関係なくない? 自分が何をしてしまったのかが一番大切な気がする。相手が誰なら許されるとか、それは自分向けの言い訳でしかないよ」


 美結菜自身の言葉なのだろうが、きっと父親から学んだことだろう。


 悠日は、ポンと美結菜の頭に手を置いてやった。「だからこそ、ギリギリのところで相手を守ることができた。……峩は死んでないんだろ?」


「うん。たぶん」そして美結菜は、あの時のことを思い出したようだ。「あの時、声をかけてくれたよね? 悠日がいなかったら私は私を止められなかった。ありがたいけど、すごく情けないよ」


「でも、これからは自分で止められる」


「そうじゃなきゃいけない」


 彼女はすでに覚悟をしているようだった。峩の他にも、記憶が改ざんされた調査員がまだ沢山残っている。これからも美結菜は命を狙われるのだ。

「精一杯がんばる。悠日も守る」


 小さな魔女の唐突な決意に、思わず悠日は笑ってしまった。


 シイナがやってくる。「さて、そろそろ本題に入りたいんだな」


「ご飯ありがとうございました」と悠日。美結菜も合わせて頭を下げる。悠日は続けた。「本題の前に教えてください。というのも、これからおれたちはどうすればいいんですか?」


「僕が今から話す本題とそれが一致することを期待するよ」ニヒルな調子のシイナだった。「さて。ではその本題だ。まずは、今回の魔法使いたちの掃討。次いで〈魔法管理局〉と戦う」


 悠日は首を振った。「今、人を殺してしまうようなことはしないと美結菜と話したばかりです。それはできません」


「それはすごい!」シイナは笑って拍手した。「大したもんだね! それじゃあ自分たちは命を狙われるけれど、君たちは戦わないっていうのかい?」


 これは皮肉だった。確かにシイナの言うとおりだ。


 悠日は考えながら言った。「殺すんじゃなくて戦闘不能にする。つまり──例え襲われても、その人物に付与されている脅威性を解除するってことはできないんですか?」


「いい案だね」今度も皮肉かと思ったが、シイナはアゴに手をあてて真剣な表情になった。「〈紋白端末〉かな。魔法使いたちの〈紋白端末〉は鼻に埋め込まれた高性能仕様だ。でも、魔女にならできるかもしれない」


 シイナの視線が美結菜に向く。


「〈紋白端末〉を〈積層現実〉から孤立させるんだ」


「孤立?」と悠日。


「圏外にするんだよ。それで〈紋白端末〉を無力化できれば、そいつはもう〈積層現実〉を使えなくなる。魔法使いとしては戦力外だ。非戦闘員の僕でも拘束できる」


「でも、どうやるんですか?」悠日が聞く。


「まぁ、そんなこと僕にはわからないんだな!」


 自信満々のシイナに、悠日は彼が一瞬なにを言ったのかわからなかった。脳に残るシイナの声を改めて聞きなおして、ようやくその言葉を理解する──そして失望しかけた。


 シイナは、悠日のその反応を楽しむかのように続けた。「でも、魔女にならわかるかもしれない。というのも、〈積層現実〉には〈第二次層〉という場所が存在することが分かっているんだ」


「〈第二次層〉?」悠日と美結菜は顔を向かい合わせてお互いに傾げてみせた。


 頷くシイナ。「〈積層現実〉の回路網はどうやらその内部でさらに層状になってるようなのさ。僕も〈紋白端末〉を使ってその層を越えてみようとしたんだけど、でもどうもだめだった。でももしその先に進めたとしたら、そこにあるのは……」


「そこにあるのは?」と悠日がうながす。


「なんて言えばいいんだろう。……おそらく、星そのものというか。星の心を開くってやつかもしれない」


「星の心……」美結菜は、その言葉に惹かれたかのように呟いた。


「この星は、魔女の言葉を実現させる」シイナが言う。「それはつまり、より強力な〝魔法〟を使えるようになるってことさ」


 悠日は峩との戦いを思い出した。「強力なマナの現象を、美結菜は起こしました」


「ほらね。すでに僕たちよりも深い場所と繋がっているんだよ」得意げなシイナ。「〈第二次層〉は、きっとその先にある。もしそこに行くことができれば、相手の回線を切断することもできるってわけなんだな」


 シイナと悠日の視線が美結菜に向く。小さな魔女はギュッと手を握りつつも、笑ってごまかした。

「やってみるしかないよね」


「少し休んだらな」と、すかさず悠日は言った。

 美結菜は父親と幼馴染を失ったばかりなのだ。今すぐ彼女に役割を与えてしまっては、あまりに酷だと悠日は思った。いや、そもそもこれ以上まきこむこと自体がよくないのかもしれない。


 けれど彼女は言った。「大丈夫だよ。なにかしてた方が、気が紛れるから」


 そんな美結菜に自分はなにができるだろうと悠日は考えた。自分も美結菜ほど強力なものではなくても〈紋白端末〉により〝魔法〟は使えるだろう。一度は峩から守ってやった時のように、また彼女を守ることはできるだろうか。そのとき悠日は、夢の中で聞いたミルの言葉を思い出した。


「シイナさん。そういえばミルって人から〝魔法使いから除名されるだろう〟みたいなことを言われているんですけど……」


「ミルの推測は正しいだろうね。そうなれば当然、君に割り当てられている〈紋白端末〉は使えなくなる。君も圏外になるってわけさ。君の裏切りを知っている魔法使いは?」


「生きています」それ以上のことはわからない。


「そいつが局に報告しているとアウトだ。〈積層現実〉の恩恵で地球との通信ラグは昔ほど致命的じゃない。〈魔法管理局〉本部に情報がいって指示が返ってくるまでに、早くても一時間ってところだ」


 若干あやしげな推測だが、それでも目安があるのはありがたかった。もし峩が今回のことを誰かに報告していたら、あと一時間前後で悠日は完全に無力になる。そうだとすれば、京介との約束を守り美結菜の力になってやれるのは今くらいだろう。


「それだけあればなんとかなりますよね、シイナさん」


 微妙な笑顔をつくって頷くシイナ。「じゃあ流れを整理してみよう。僕たちはヒカリに〈第二次層〉の探索をお願いする。そしてそこで〈紋白端末〉の回線を切る何らかの手段を見つけてもらわなきゃいけない──もし時間がかかるとすればここの部分だろうね。すぐに見つかるかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。一〇年経っても見つけられない──なんて可能性は考えたくもないけどね。まぁ遅いか早いかの違いでしかないと僕は睨んでいるから、その手段はいつか必ず見つけられるだろう。それでようやく魔法使いたちとご挨拶ができるようになる。あとはその手段を使って彼らを無力化してってやれば、晴れてヒカリは自由の身だ! それどころかアップリスはヒカリの力によってNALEAの監視下から独立もできちゃうだろうね!」


 一時間で成し遂げるのは無理そうな話に、悠日は彼の微妙な笑顔の意味を理解した。〈第二次層〉がどのような場所かはわからないが、そこに行く美結菜を温かく送り出す程度のことしかもう自分にはできないのかもしれない。そう思い至った瞬間、悠日は虚しい無力感を覚えた。あとはこの施設のソファに深く座り、魔女と魔法使いの戦いを見守るだけの存在に甘んじるのだ。……役割が、消えかけている。


「さて、それじゃあお待ちかねの幽離サイコ・アウトだ」シイナが拳を叩いた。


幽離サイコ・アウト?」聞き慣れない言葉に悠日は聞き返す。


「〈積層現実〉の世界に潜るんだよ。そして僕たちはそれに意識を集中させなきゃいけないから、まるで身体が抜け殻になったようになる。ヒカリは経験あるかい?」


 美結菜は首を傾げて記憶を探った。「〈積層現実〉の夢を見たことなら……あるかな。たぶん。たくさんの光が泳いでいて、群れをつくってた」


「〈裏庭ガーデン〉だ。〈第一次層〉とも呼ばれる〈積層現実〉の世界だよ。どうやら大丈夫そうだね──無意識的にせよ、幽離サイコ・アウトは経験してるみたいだ。ただし、僕はともかくヒカリが幽離サイコ・アウトすると、おそらくすぐ奴らに見つかってしまうだろうね──〈魔法管理局〉は〈積層現実〉へのアクセスを監視しているからさ。すると途端に居場所がバレて、魔法使いたちがここに転じてきちゃうんだな」シイナはわざとらしく両手を広げてみせる。


「ここでできないなら、どこでするんですか?」悠日は聞く。


「それについて、実は悠日にお願いしたいことがあるんだ」シイナはそう言いながら、研究室の奥にあるスカイボートを指さした。

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