90.格の違い
傭兵団「黒の翼」の一角であるグループは目的の人物の拉致に成功した。彼らはウィンドガル王国で多少名が知れた傭兵団だ。だから、王城の警備がいかに厳しくとも、目的のいる人物の詳しい場所さえ分かれば容易い事だった。実際にソレを依頼主が用意してくれていた。
「目的の人物を連れて来たぞ」
このグループのリーダーは、王城からそれなりに離れた人気のない森でそう声をかけると、自分達の依頼主であるグランズール帝国の第2皇子であるバルカス皇子が現れた。
「ご苦労。何やらグッタリしてる様子だが……まさか……怪我をさせた訳じゃあるまいな?」
「我々はプロだ。無傷で攫ってこいという依頼内容なら当然無傷で攫ってくるさ。ちょっと針の刺し跡ぐらいはあるがな……」
今回彼らはアリーを無傷で攫うように言われていたので、針に強力な睡眠薬を仕掛け、それをアリーの首元に刺して眠らせて、ここまで連れて来たのだ。
「ふむ。ならいい。やはり最初にこの美しい顔に傷をつけるのは私からでないとな……!」
バルカス皇子は女好きだけでなく、特殊な性癖持ちだったが、リーダー格の男は特に何も思わない。この手のタイプの依頼主は嫌という程見てきたので、別に普通だなと思ってるぐらいだ。
「では……早速受け取らせてもらおう……」
「あぁ……」
リーダー格が仲間に指示し、布に巻かれたアリーをバルカス皇子に渡そうとする。バルカス皇子は舌舐めずりしながらアリーを受け取…………れなかった。
バルカス皇子が手にしたのは布だけで、肝心のアリーは瞬間移動したかのように消えたのだ。これには、「黒の翼」の者達も、バルカス皇子も驚愕で目を見開いた。
「なっ!?これは一体どういう事だ!!?」
すると、どこからか足音が聞こえ、「黒の翼」の面々は瞬時に臨戦態勢をとる。そこに現れたのは、アリーをお姫様抱っこのように抱えている、アリーによく似た女性……アンナだった。
アンナは改めてアリーの無事を間近で確認し、優しく微笑むと、更にアリーに睡眠の魔法を強くかけた。ここから先に行われる殺戮をアリーに絶対見せない為に……そして、近くにあった木を背もたれにして寝かせ、どこからともなく毛布を取り出し、それをアリーにかけ、再び微笑んだ。
が、彼女が優しくする時間はここで終わりだ。アンナはすぐに後ろを振り返ると、底冷えするような目で「黒の翼」の面々やバルカス皇子を睨みつける。
それに圧倒されかけた「黒の翼」の面々は後ずさったが、その迫力を分かってないバルカス皇子だけは叫んだ。
「貴様!?何者だ!?我が花嫁返せ!!!」
そのセリフに、更にアンナはバルカス皇子を睨みと、流石に今度は迫力が伝わったのか、リーダー格の男を盾にするように隠れる。
「下郎に名乗る名前はないわ。まぁ、あえて言うならこの娘の姉よ。さて、投降しろなんて言わない。妹を攫おうとしたアンタ達全員許すつもりなんてないから」
アンナは淡々とそう口にする。その言葉一つ一つがこの場にいる者全員を凍りつかせるような底冷えさがあった。
「ぐっ……!?えぇい!?たかが女一人が偉そうに!?お前達!あの女を倒して我が花嫁を取り戻すんだ!!」
「……あの女の討伐は依頼内容にない。追加報酬をいただくが構わないな」
「ぐっ……ぬぬぬぬ!!?分かった!出す!出すからさっさとやれぇ!!!」
バルカス皇子に命令され、リーダー格の男は溜息をつくと、部下にある事を命じた。
「アレをやれ」
「アレをですか!?いやしかし……流石に……」
「いいから。やれ」
リーダー格の男に命じられ、部下はすぐに頷き、呪文わ唱え始める。
リーダー格の男はこのグループのリーダーを任せられるだけあって、危機管理能力に優れていた。
(あの女……凄く危険な感じがする……!出し惜しみをしている場合ではない……!)
そのリーダーの判断は正しくもあり、間違いでもあった。何故なら、彼らは追加報酬も、今回の依頼金も投げ捨てて逃げるべきだった。女一人だけという状況が、彼の判断力を確実に鈍らせていた。
ドゴォォォぉ〜ーーーーーーーーーーーー!!!!
部下達の魔法が発動し終わると、地面からアイアンゴレームが数十体以上姿を現した。
「どうだ。これが我ら「黒の翼」の実力だ。今ならその女を置いて逃げるなら追わないでやるぞ」
リーダー格の男は最終警告を含んだ脅しの言葉をかけた。しかし……
「ぷっ……!あっははははははははは〜ーーーーーー!!!」
アンナはそれを見て大爆笑した。それはもう腹を抱えての大爆笑。大半の者がこの絶望的な状況で気が狂ったと思った。しかし、リーダー格の男だけは……
(何だ……!?この状況で余裕があるだと……!?まさか……!?この状況を切り抜けられると……!!?)
「あぁ〜!おかしい!この程度の鉄くず人形数十体だけで私をどうにかしようなんて、おかしすぎて涙が出るわ〜!」
アンナは実際爆笑し過ぎて出た涙を拭うと、今度は場を凍りつかすような冷笑を浮かべた。
「私一人でも何とかは出来るんだけど…………そうね……あなた達にはとことんまで絶望ってやつを見せつけたいから……格の違いってのを教えてあげるわ」
そう言うと、アンナは今度はどこからか笛を取り出し、その笛を吹いたが、特に音は鳴らなかった。
しかし、その笛の音は確実に響いていた。ある特定の「生物」に対して……森の動物達は敏感で、すぐに危険を察知し、アンナ達のいる場所から動物の気配がなくなった。
そして、上空からアンナ達の所まですごいスピードで向かってくる、その特定の「生物」が飛来してきた。
『よう!ボス!お呼びですかい!』
『これから何処かへお出かけっすか?』
『バカ!こんな夜中にそんな依頼がある訳ないだろう!』
『ん〜……なんかボス以外に沢山の人間に、たくさんの鉄人形がいるね〜……』
「なっ……!?龍だとぉ……!!?」
数体の龍の登場に、流石の「黒の翼」の面々も驚愕で目を見開く。バルカス皇子に至っては、腰を抜かしてへたり込み、その股間はびしょびしょに濡れていた。
数体の龍が一人の少女に従うように降り立つその様は、まさに新たな地獄絵図だった……
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