第五話 星空の兄弟(童話)

第5話 星空の兄弟


 むかし、むかし、まだ夜空の星に名前がなかったほど、大昔のことです。


 たくさんの星のなかに、八人の兄弟星がいました。


 一番上の大兄さん。二番兄さん。三番兄さん。四番兄さん……と続いて、一番末の星は、みんなから弟星とよばれていました。


 兄弟は、とても、なかよしでした。

 たまにはケンカもしましたが、すぐに、なかなおりします。


 星たちは昼のあいだ、夜の宮殿で休んでいます。


 夜の女神さまが、濃紺のカーテンを空にかけると、星たちの仕事の始まりです。まっくろな夜のカーテンを美しく、かがやかせることが、星の仕事です。


 すると、きげんをよくした月の女神さまが、宮殿のおくから、あらわれます。夜に生きるケモノたちを、やさしく、てらしだしてくれます。


 そのあと、月の女神さまのあとについて、星たちは、ひとばんじゅう、行進します。


 月の女神さまのおともが、星たちの仕事でした。


 八人の兄弟星も、毎日、自分のカンテラをピカピカにみがいて、夜空へとびだし、月の女神さまをおむかえします。


 月明かりのなかで生きる、キツネやフクロウ、ネズミやガ、そのほかのたくさんの生きものを見るのが好きでした。


 ある夜のこと。

 兄弟が雪国のふかい森の上に、さしかかったときです。


 弟星は雪のなかに動く、ちいさな生きものをみつけました。それは、まだ幼い人間の女の子です。


 星たちも人間を見ることはあります。でも、それは夜の早い時間です。こんな夜ふけに、それも、ちいさな子どもが雪のなかをあるいている。そんなことは、初めてでした。


「ねえ、七番兄さん。あそこに人間がいる。なにをしてるんだろう。人間は夜の生きものじゃないのに」


 弟星は自分の前をあるく七番めの兄さんに話しかけました。七番兄さんは、ちらりと下をみて、うなずきました。


「ほんとうだ。人間だな」


「それも、ちいさな子どもだ。あのくらいの子どもは、こんな時間、母親のとなりで寝てるのが、ふつうのはず。ふぶきのなかをあるいてくけど、どこへ行くつもりなんだろう」


「おれたちには関係ない話さ。おまえも、よそ見ばかりしてないで、ちゃんと、あるけよ」


 七番兄さんに、しかられました。

 でも、弟星は、その女の子が気になって、そっちを見ないではいられませんでした。

 女の子は、つよい雪と風のなかを、よろよろしながら、けんめいに歩いていきます。


 弟星は、ともだちの夜風に聞いてみました。


 風の精は昼も夜も、世界中のあちこちにふいてるので、なんでも知っているのです。


「やあ、夜風。こんばんは。あそこにいる女の子、知ってるかい?」


「ああ。知ってる。昨日のばんから、かぞくが、みんな、ひどいカゼにかかってるんだ。あの子より、もっと、ちいさい弟が熱をだして、死にかけてる。今朝がた、父親が薬草をとりに行ったが、まだ、かえってないんだ」


「どうして、かえらないの?」


「とちゅうの森のなかで、ソリが、ひっくりかえってね。足をくじいてしまったんだ。ソリをひく犬も逃げだした」


「それで、あの子が父親をさがしてるのか」


「きっと、そうだろう」


 弟星はカンテラをかかげ、遠くのほうまで見まわしました。星のカンテラは、ずいぶん遠くまで、見わたせます。


 ふかい森のずっと、ずっと遠くのほうに、いました。

 あの子の父親です。足をひきずりながら歩いています。

 女の子のところからは、まだまだ、ずっと遠くです。


「こんな、ふぶきのなかを、あの子は、ちゃんと父親のところまで行けるだろうか」


 子どもの足では、夜明けまで歩いても、そこまで行くことはできないような気がしました。


 ふぶきは、ますます強くなってきます。

 女の子がこごえて動けなくなるのではないか。

 そう思うと、とても、しんぱいです。


 弟星は行進どころではありません。

 たびたび、しっかりものの大兄さんに、ちゅういされました。


「弟星。さっきから、なにをふらふらしてるんだ? ちゃんと前を見て歩きなさい」


 つげぐちしたのは、七番兄さんです。

「大兄さん。弟星は、あそこの人間ばかり見てるんです」


 弟星は、うったえました。


「だって、大兄さん。あの子は病気で死にかけた弟のために、ふぶきのなかを、いっしょうけんめい歩いてるんですよ。手足がこごえて、さむかろうに。雪や風が、はだをさすように、つめたかろうに。

 大兄さんだって、わたしが病気なら、なんとしても、たすけてくれるでしょう?」


 大兄さんは、こまったような顔をしました。


「それはそうだが、仕事が、おろそかになるのはいけない。月の女神さまが、ごきげんを悪くしてしまわれる。宮殿にこもってしまわれたら、夜の生きものたちが、みんな、よわってしまうぞ」


 弟星は、だまりこくって、兄さんたちのあとに、ついていきました。


 だけど、やっぱり、何度も、ふりかえって、女の子を見てしまいます。

 女の子は雪に、うまった植物や、石に足をとられて、何度もころびました。


 そのたびに、弟星はハラハラしました。


 もうじき、夜明けです。

 とても、夜明けまでには、お父さんに会えないでしょう。


(でも、このまま、まっすぐ行けば、あの子は父親と出会う。朝になれば、あかつきの女神さまが来て、太陽の神さまをよんでくださる。人間の生きる昼になるんだ。光のなかなら、あの子も、まよわない)


 そう思っていたのに、たいへんです。

 雪で前が見えない女の子は、森のなかで、まちがった道を歩きだしました。

 あのままでは、お父さんと会えません。

 それどころか、道にまよった女の子は、家にも帰れません。やがて、つかれはてて、オオカミやクマに、おそわれるでしょう。


「そっちじゃないのに。どうしたらいいんだ。あの子に正しい道をおしえることができたら……」


 夜風にたのんで伝えてもらおうとしました。が、夜風は、もう、やんでいました。


 夜明けが来たのです。

 月の女神さまが、大地のむこうに消え、夜の宮殿へ帰っていきました。星たちも、おおいそぎで、あとを追います。


「弟星。なにをしてる? 早く、おまえも来るんだ。いそがないと、夜の宮殿の門が、しまってしまうぞ」


 大兄さんは、さけびました。

 夜の宮殿に入れなかった星は、昼のまぶしい光のなかで、とけて消えてしまうのです。


 弟星も、それは知っていました。


 だけど、弟星がふりかえってみたときーー


 女の子は泣いていました。

 次々に星が消え、まだ日がのぼる前の、くらやみのなか。

 泣きながら願う、小さな声がきこえました。



 ーーお星さま。まって。まだ、行かないでーーと。



 弟星は、ひとり行進のれつをはなれ、かけだしました。


「弟星! どこへ行く!」

「大兄さん! わたしは、あの子をみすてることはできません」


 みるみる、夜の宮殿は遠くなりました。

 兄弟星たちの姿も、もう見えません。


 空には、あかつきの女神さまが、やってきました。

 太陽の神をむかえる前に、光のヤリで、夜の生きものを地上から追いはらうのが、あかつきの女神さまのやくめです。

 夜を守る弟星も、光のヤリでつらぬかれると、身動きできなくなります。


「帰れ! なんじ、夜の守り人よ。いますぐ、夜の宮殿へ帰るがよい!」

「おゆるしください。あかつきの女神さま。いますこしだけ」

「ならぬ。太陽の神が、そこまで来ておられる。帰らねば、そなたの命もないぞ」

「でも、たったいま、あの子には道しるべが、ひつようなのです」


 あかつきの女神は、ようしゃなく弟星の胸を光のヤリでつきさしました。


 弟星は、まっさかさまに、おちていきました。

 ですが、おちながらも、やっとの思いで、女の子に正しい道をしめす、湖のなかへ入ることができました。


 女の子は遠くのほうが明るくなったことに気づきました。

「なんだろう。あの光。なんだか、あったかい。あっちに行ってみよう」


 女の子は、また歩きだしました。

 しばらくすると、かがやく湖にでました。

 湖のほとりで、手をふる人がいます。


「お父さんだ。おーい、おーい、おとうさーん!」


 女の子は、ぶじに父親と会うことができました。


 弟星は、それを見て、安心して、ふかい眠りにつきました。

 まぶしい昼の光も、ここまでは、とどきません。くらく、こおった湖のなかで、弟星の体も、つめたくなっていきました。


 かなしんだのは、七人の兄星たちです。


 兄さん星たちは、七人で、月の女神さまのところへ行きました。


「われらの愛する女神さま。なにとぞ、おねがいです。わたしたちの弟を、もう一度、夜の世界へかえしてください。あの冷たい湖から、ひきあげてください。空の上に、もどらせてください」


 月の女神さまは、かってに行進から、はなれていった弟星に腹をたてていました。兄さん星たちの願いをききいれません。


「そなたらの弟は、自分で道をふみはずしたのだ。いまさら、空へもどらせることはできない」

「そこをどうか、おねがいです。願いをきいてくださるなら、わたしたちは、どんなことでもいたします」

「ほんとに、なんでもするのか?」

「どんなことでも、いたします」


 兄さん星たちが、あまり熱心におねがいするので、月の女神さまも、ようやく、うなずいてくださいました。


「そこまで言うなら、弟星を夜空へかえしてやろう。しかし、決まりをやぶって、道をあやまったのは真実だ。


 今後、わたしの行進に弟星がくわわることは、ゆるさない。わたしがゆるすまで、ずっと、弟星は北の空を守るがよい。旅人の道しるべとなってな」


 そう言うと、月の女神さまは、七人の兄弟星を、大きな、ひしゃくに変えました。

 そのひしゃくで、弟星をすくいあげ、北の空のまんなかに、すえつけました。


 こうして、弟星は、旅人に方角をおしえる北極星になりました。

 七人の兄さんたちは、ひしゃくの形で、弟の外側を、ぐるぐる、まわっています。弟の姿が、旅人にわかるように。

 兄弟星のおかげで、旅人は道にまよわなくなりました。


 たくさんの旅人をみちびいて、兄弟たちは、いまも夜空でかがやいています。




超・妄想コンテスト

『夜空に願いを』

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