犬神家の鍵貸します (犬神 遥 明日の鍵)

穂乃華 総持

前編 友人は慎重に選ぼう!

 期末テストも何とか終了、もうすぐ夏休みを控えたテスト休みの一日目。

 高等部の校舎はいつもより生徒は少なめとはいえ、部活動に勤しむ生徒で賑わっていた。

 この明治から連綿と列なる歴史を刻む女学院は、部活動が全生徒に課された必修なのだ。真面目なお嬢さま校と噂される、そのままの光景にわたしも何だかほっこり笑ってしまう。

 犬神いぬがみ はるか 15歳。れっきとした古典部幽霊部員のわたしは、昨日の悩みは昨日までと、今日も元気に教室の扉を開ける。

「おっはよーーーっ!!」

 その瞬間、両腕を左右からガッシリと捕らわれた。

 右を見れば、トモちゃん 15歳。バレー部所属。

 左はと見れば、サラちゃん 15歳。バスケットボール部所属だ。

 共に一年生ながら次期のエースと目される、170センチを超える高身長。

 わたしの足は宙を泳いだ。



「連行よっ!」

 ノンことノリちゃんの号令一過、そのまま回れ右で教室を連れ出され、捕らわれた宇宙人のごとく廊下を歩かされる。

 前を行くは、身長が150センチにも満たない小柄なノンだ。

 肩を怒らせ、セーラー服のスカートをバッサバッサとガニ股で歩く姿は、懸命に大きく見せようと威嚇する小アリクイ。子ネコか子リスといい勝負だ。

 何ごとっ! と驚きに目を向けた部活中の生徒たちが、わたしたちだと見止めたとたん、それまで通り部活動に戻る。

 わたしたちは、この女学院内部で言われるところの純粋培養なのだ。

 都心の一等地の広い敷地に、幼稚舎から大学部までを修めた女学院。他の学校を一切知らず、幼児期から女の園で育てられた、わたしたちは当に純粋培養。変り者なのも当たり前だと見られている。

 だけど、わたしは違う!

 羞恥心を持ち合わせた、普通の女子高生だ。

 両腕を振りほどこうとジタバタ暴れてみれば――

「おとなしくしなっ!!」

「この裏切り者がっ!!」

 両サイドから激しい声が飛び、ノンがチラリと振り向いて唇の端を歪め、不敵な笑みを浮かべた。

「た~ぷりと全部吐かせてやるわよっ!」

 こうして連れ込まれたのは、我が古典部の部室、社会科資料室だ。



 梅雨の曇天の今にも雨が降りだしそうだというのに、電気も点けられてない薄暗い室内。いつもは中央に置かれている長机が両端に寄せられ、真中にポツンッと一つだけ椅子が置かれている。

 その椅子にドシンッと座らされ、背後を三人が取り囲む。

「ごくろ~さま~~」

 部室の奥から掛けられた、艶っぽい声はマダムこと詩乃ちゃんだ。

 校則でいつもは後ろ頭で結っている髪を左肩から垂らし、窓からの湿った風にゆらゆら揺らす姿は、「これで同じ一年生か!」って思えるほどに、大人の色気をムンムンに漂わせている。

 それでも、彼女も純粋培養――家族以外の男性の前では、一言も話せなくなるという奇特な体質の持ち主だ。それで付けられた、有り難くもない渾名あだなが裏マダム。

 けれど、それがお爺ちゃん先生には「昔の女学生を彷彿させる」と妙に受け、一年生のドン的存在に成り上がっていたりする。

 まぁ、わたしたちには関係ないけどね。

 ムッとして、「あんた、そんなとこに居たら、髪が痛むからねっ」って言ってやろうとした瞬間、ノンに背後から肩を抱かれ、目の前をスマホで遮られた。

「随分と面白いコメを送ってくれるじゃないっ」

 目を寄せて画面を凝視してみれば、昨日のグループラインだ。

 現代視覚研究部で、親には決して見せられないBL漫画を描くことに熱中しているノンが、わたしにSOSを発信したコメとその返信だった。



 ――あんた、明日、ヒマでしょ。ベタ、手伝ってよ!―― ノン


 ハルカ ――婚約者が出来て忙しいの! またねっ――



 さらにノンが指をさっとスラップさせてみれば、それまで参加もしていなかったマダムに、トモちゃんとサラちゃんの続くは続く悲痛なコメントの嵐と、キャンセルされたライントークの電話マーク。

「どういうことだか、聞かせてもらおうじゃないっ!」

 耳元で吐かれる怒気を含んだノンの声に、あっ! と思いながらも「アハハ…」と乾いた笑いで誤魔化してみれば――。

「彼氏どころか男友達もいない、寂しいあんたの何処から婚約者なんて言葉が出て来るんだっ!」

 ノンに怒鳴られ、首を締められた。

「そりゃ、あんたたちも同じでしょっ!」

 抵抗しながらも言い返せば、左右から強い力で腕を捕られてゆっさゆっさと揺すられる。

「どうせ夢か幻かと心配してやれば、返信の一つも無けりゃ、直電も出ないっ!」

「その婚約者とやらの胸で、背中に手を回してタップも出来ないってかっ!」

「ディープキスの真っ最中で、トークも出来なかったかっ!」

「昨日から気になって、部活に集中できないじゃないっ!」

 それでわざわざ部活を抜け出し、待ち伏せてたからユニフォーム姿なのか……「まったく、ご苦労なこった」と思ったが、首を締められ、グランッグランッと揺すられて声も出せない。それを何と思ったのか、二人はさらにヒートアップ!

「それでも黙んまりを続けるってなら――!」

「――あんたの身体に聞いてやるっ!」

 二人にセーラー服の上着に手を掛けれ、

「キスマークの一つや二つ隠してんだろっ」

 無理矢理に巻くり上げられ、おヘソがあらわになれば、

「もっと上かっ! 上なんだなっ!」

 その手にわたしはキャッキャッと抵抗、ブラだけはと胸を抱くようにガードする。すると、のんびしたマダムの声だ。



「もぅ~お、お止めなさいなぁ~」

 そして、ずりずりと椅子を引き摺りながら、

「ハルカのぺったんこの胸なんて見ても、つまらないわよぉ~」

 とっても失礼なことを言いながら、後ろ向きに置いた椅子に横座りし、背もたれの上で重ねた腕にあごを乗せ、下からわたしの顔を覗き込んでくる。

「あんたとわたしは幼稚舎で、タコさんウインナーとハンバーグを交換してからの親友だものぉ~。わたしになら、教えてくれるわよねぇ~」

 その声はのんびりと優しげだが、その顔は伝統ある日本幽霊か幽鬼ってほどに怖い。お岩さんだって、裸足で逃げ出すわよ。

 トモちゃんとサラちゃんなら例え制服を無理矢理に脱がされたって、そこで終了。それ以上やる度胸なんて、この二人には無い。運動部だから多少は乱暴に見えるけど、やっぱり根はお嬢さまなのだ。

 だけど、この娘はやるぞ……幼稚舎からの長い付き合いで、それはよくわかっいる。

 一生掛かっても消せない心の傷を、捨て身でも負わせるような娘だ。

 わたしはゴクリッと生つばを飲み込んで、四人の顔を見回し、しぶしぶ話しだした。


                              つづく

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