第0話・・大八木明日香(17)
「許せない、許せない、許せない」
『各務宗二朗』
彼は明日香の父親だった。しかし彼女が12歳の時、ある犯罪を犯して実刑判決が下された。そこから彼女の人生は急転直下していく事になる。
学校では犯罪者の娘と罵られ、数多くのいじめにもあった。連日鳴りやまない電話、家の外壁に張られた無数の張り紙、心無い者からの投石なんかも日常茶飯事で、母親と明日香は憔悴しきっていた。
離婚して遠く離れた街に引っ越した事でほとぼりは冷めたのだが、最近この男が出所してこの街の近くに来ているという話を母親から聞かされた。
『多治見宗助』
ある日明日香が某サイトにアクセスしていると、衝撃的な書き込みがあった。
「山之上高等学校の全裸お着換え動画萌え~」
一体誰が誰の…そう思ってその動画サイトを開いて検索してみると、確かにそこにはそれがあった。しかもよりによって明日香や他の部員が水着に着替えているシーンだ。
写されているのは首より下の露わな姿ではあった。が、しかし他の部員と比較するまでもなく身長が低い明日香は、顔までがしっかり写し出されていた。
翌日、その映像からカメラの位置を特定すると、確かにそこにそれはあった。この犯人は一度だけでなく何度も繰り返しその動画を撮影しているのだ。そこで一晩見張ってやろうと遠くから見ていたら、ひとりの男が周りの目を気にしながらカギを開け入っていくのが確認できた。それが多治見先生だった。
その手にカメラはなかったが、何やら持っているのが分かった。それはMicroSDカードに間違いはなかった。この男は毎日そうやって飽きもせず盗撮しては悦に浸っているのだ。
『山下冬人と赤羽双喜』
去年の秋の事だった。昼休みに明日香が渡り廊下を歩いていると、二人の生徒が外に設置してある体育倉庫に向かっているのがその視界に入った。その二人が同級生の山下と赤羽なのはすぐに分かった。
山下が日常的に赤羽に酷い仕打ちをしていることは、同じ学年の生徒なら周知の事実であり、これから起こるであろうことは明日香には容易に想像できた。
日頃から目に余るとは思っていた。自身も虐められた過去があるため、その苦しみが他人事とは思えなかったからだ。
それでも他の生徒の眼前でそれを止める事は出来なかった。引っ越してきてからの明日香は、極力目立たないように目立たないようにと生きてきたからだ。しかし、今は人目の付かないところに連れ去られている。
体育倉庫は校舎からは死角になっており、あたりを見回してみたが、他にこの場にいる生徒もいなかった。
止めに行こうと思った。
明日香は小柄ではあったが、水泳で鍛えた筋肉は男子部員からも一目置かれており、部活もしないで体育館の裏で先生の目を盗んではタバコを吸っているような山下になら、いざという時も力負けはしないという自負もあった。
山下一人が相手なら…
二人が体育倉庫に入ったのを確認してから、明日香は足早にそこに向かった。
「そこで何してるの!」
扉を開けるなりそう云い放った。始めの勢いが大事だと思ったからだ。
しかし、その瞬間明日香の体は強張った。
椅子に座る山下。その向かいに正座させられている赤羽。その二人だけではなかった。赤羽の両腕を斜め後ろから取り押さえている者が二人いた。山下の取り巻きたちは先にここに来て二人を待っていたのだ。
明日香は踵を返してそこから逃げようとした。
「取り押さえろ!」
山下の声がすると同時に、明日香は二人の男子にその両腕を掴まれた。扉の陰にも二人の取り巻きが立っていたのだ。赤羽が逃げられないように…
背後で扉の閉まる音が重々しく響いた。
「さて、どうしてやろうか」
それは、山下冬人という連続強姦魔を誕生させるきっかけとなった。
この時両手両足を4人の男子に押さえつけられ、その上には山下がいた。赤羽はこの時逃げようと思えば逃げられた。助けを求めに行こうと思えば行けた。なのに…
赤羽はその場を動かなかった。怖かったからかもしれない。しかし明日香を見る赤羽の目は好奇に満ちていた。
『南由香』
明日香が誰よりも許せない人物、それが南だった。
自身は南から特に酷い仕打ちを受けたわけではない。酷い仕打ちを受けたのは、大好きなお兄ちゃんだった。と言っても、明日香は一人っ子で、実際に兄がいる訳ではない。お兄ちゃんと言うのは、隣に住んでいる12歳年上の
真知田は引っ越してきたばかりの明日香の事を可愛がってくれた。それまで誰からも冷たくされていた明日香にとって、それは唯一の心の拠り所だった。
真知田に彼女がいることは知っていた。紹介もされたことがある。市内では知らないものはいないという位の美人で有名な彼女。それが南由香だった。だから、中学に上がったころ、真知田に惹かれていく自分の気持ちを必死に抑え込んできた。ずっと、ずっと。
ある日曜日の事、真知田の家に強面の男が二人尋ねてくるのを見掛けた。しばらくすると玄関先からその男達の怒号が聞こえてきた。嫌でも聞こえてくるその声から、この二人が借金の取り立て人であることはすぐに分かった。
明日香は心配になって、二人が帰った後に真知田の家に向かった。真知田は明日香には心を許していて、何でも話してくれる。そこで知った。真知田が手を出してはいけないところからお金を借りてしまっていることを。
「どうして…」
尋ねる明日香にしばらくは黙っていたが、やがて真知田はその重い口を開いた。
南自身は高給取りではなかったが、衣類、装飾品、その全てをブランドで固めないと気が済まない性分で、それを真知田に求めていたのだ。
真知田自身は身にまとうものには興味がなく、ただただ南の笑顔が大好きなだけだった。だが、本人にそう告げると南は怒るのだった。
「私に三流品を身に付けろって言うの!?」が口癖のように聞かされていたのだ。
彼女のためと思って膨らんでいった借金。そして後に決定的な一言が告げられる。
「妊娠したから中絶費用出して」
借金返済のために早朝から新聞配達、日中は会社員、夜は居酒屋の皿洗いと休む間もなく働いていた真知田は、ここ数か月ほど南とは会っていなかった。
身に覚えのない妊娠。一瞬許そうとも思ったが、それまでの疲れも相まって口に出たのが「もう、終わりにしよう」だった。
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