「愛なんて所詮、飾りだよ」

“あの子”との出会い

 俺は自他ともに認めるくらい見た目がいい。

 そのせいか、皆、俺の見た目にしか注目せず、最低な男を演じていても女の子は集まって来た。


 それは一見楽なようで、寂しいものだ。なんだか本当の自分が受け入れられないようで、気が付けば内側に潜む臆病な自分を出すのが怖くなっていた。

 だからこそ、俺は軽い絡みやすい男を演じざるを得なかったのだと思う。


 高校時代、俺が多くの女の子と遊んでいたのは、そんな背景からだった。


 あの頃の俺には敵が多かった。不特定多数の女の子と遊んでいたものだから、当たり前のことだろう。

 男子生徒や男性教員のほとんどは俺のことを嫌っていたし、一部の女子からも「軽い男」と陰口を叩かれていたのを知っている。


 俺の悪い噂は学校中に知れ渡っていて、俺はちょっとした有名人だった。



 そんなある日、俺はあの子と出会った。きっかけは渡り廊下でぶつかるという、なんとも陳腐なものだ。


 あの子はぶつかった反動で持っていたパンを落とした。そしてあろうことか、その上に俺の持っていた教科書が落ちてしまう。


 ぐしゃり。


 自然の摂理として、パンの形が無残なものに変わる。あの子は茫然とそれを見つめていて、この出来事がどれだけ彼女にとってショッキングなことなのか、よく分かった。

 俺は慌てて自分の教科書とあの子の落としたパンを拾う。

 

「ご、ごめんね。俺がよそ見して歩いていたから……」


「あ、い、いや、こちらこそごめんなさい。私もよそ見していたから……」


 あの子はそう謝りながらも、明らかに形が変わってしまったパンを見て落ち込んでいた。俺は罪悪感から、思わずある提案をした。


「本当にごめんね。俺が教科書を落としたからパンの形も変わっちゃって。おいしそうな形のまま食べたかったよね。……あ、そうだ。お詫びとして、パンを奢るよ。今買ってくるけど、同じパンの種類で良いかな?」


 俺がそう言うと、驚いたようにあの子は俺の顔を見る。


 その時、俺は初めてあの子の顔をはっきりと見た。純粋に、『可愛い子』だと思った。不謹慎かもしれないけれど、あの子の驚いた顔は特に可愛く思えた。


「え、いや、大丈夫ですよ。パンを落とした私も悪かったんだし、その上に教科書が落ちちゃったのはタイミングが悪かっただけだし……。別に、先輩のせいじゃないので、気にしないでください」


 あの子はそう笑って、俺の手からパンをもらおうと手を伸ばす。俺は反射的にパンを自分の方へ引き寄せ、あの子から遠ざけた。


「いや、これは俺がもらう。今から買ってくるから、ちょっと一緒に来て」


 俺はそう言うとあの子の手を引いて購買へと向かった。初めは罪悪感だった提案が、下心に変わった瞬間だった。


 彼女は驚きで反抗するという思考に至らなかったのか、俺に連れられるがまま一緒に購買でパンを買う。もちろん、俺の奢りだ。


「あの……本当にすみません。パンを驕ってもらうなんて。やっぱり、お金を――」


 あの子がそう言って財布を取り出そうとするので、それを手で制す。


「いいんだよ。俺がしたくてしたことだしね。でも、そんなに気にするんだったら、俺と一緒にお昼ご飯食べてくれない? 俺、一緒にご飯食べる人いなくてさ」


 俺の誘いに、あの子はまた驚いたように目を見開かせる。しかし、それも一瞬で、あの子は可笑しそうに笑った。


「ふふ、変な人ですね。私で良ければ、ご飯、お付き合いしますよ。あ、でもちょっと友達に連絡するので待っていてください」


 あの子はそう言うと自分のスマートフォンで連絡を取る。その様子は、俺の下心に気付いていないようだった。


 ――きっと友達から俺の話を聞いたら、離れていくんだろう。


 なんとなくだけれど、俺みたいな軽い男は好きじゃない気がして、少し寂しく思った。


 そんなことを考えている間に、あの子は連絡を取り終わったみたいだった。

スマートフォンから顔を上げ、眩しいくらいの笑顔で俺に言う。


「お待たせしました。ご飯、どこで食べますか? 天気もいいし、屋上とか?」


 あの子の笑顔に癒されながら、俺は頷いて答える。


「そうだね、屋上、気持ちよさそう。屋上にしようか」


 俺の返事に今度はあの子が頷いて、一緒に屋上へと向かう。俺はこの時、すでにあの子に惹かれていたような気がする。


 あの子は今まで遊んできた子達と少し違う気がした。俺の本質を見てくれるような、ありのままの俺を許してくれるような、そんな気がしたのだ。


 だからこそ、俺はあの子に不釣り合いだと感じながらも、あの子と関わる道を選んでしまった。


 ――今は、その選択に後悔しかないけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る